【第1話】カフェでの提案
かつて北海道・ポロテ山を所有していた冠木家。
商売の失敗により山は手放されたが、時を経て、めぐりめぐって一族のひとり・冠木秋男の手に戻ってきた。
ある春の日、秋男は親族の雪子に「この山を、次の世代のために役立てたい」と提案する。
大学受験を控える孫・装太の進学支援を含む、親族の子どもたちへの贈与計画——
それは静かに、けれど確かに、家族の時間を動かし始めた。
だが、善意から始まったその提案は、やがて家族内の思惑や価値観の違いに巻き込まれ、二転三転していく。
信頼、誤解、そして再び向き合う勇気。
小さなカフェで交わされた一言が、ある家族の未来を変えていく——
静かな余韻と、ささやかな希望を描く、現代フィクションの物語。
春の陽射しが差し込む、静かなカフェの窓際席。
雪子は少し緊張しながら、テーブルの向かい側に座る従兄の秋男を見つめていた。
「久しぶりだね、雪子。元気にしてた?」
秋男は柔らかな笑顔で言いながら、コーヒーに砂糖を入れた。
雪子は小さくうなずきながら、湯気の立つカップをそっと両手で包んだ。
「今日は、急に呼び出してしまってごめんね。ちょっと話しておきたいことがあってさ。」
秋男の声音に、雪子は自然と背筋を伸ばす。
どこかいつもと違う、まじめな雰囲気がにじんでいた。
「装太くん、来年大学受験でしょ?」
「ええ。本人なりに頑張ってるみたいよ。」
「それでね……提案があるんだ。」
秋男はカップを置き、真剣な眼差しで話し始めた。
「昔、うちの叔父さん——雪子のお父さん、冠木二郎さんが持っていたポロテ山の土地、回り回って僕が持つことになったんだ。」
「えっ? あの山を……秋男さんが?」
「うん。その一部をね、これからの世代のために活かしたいと思ってる。
たとえば、子どもや孫たちの教育資金として。装太くんにも、大学進学が決まったら必要な費用を渡そうと思ってる。」
雪子の手が止まった。
目の前のカップから立ち上る香りが、ふいに遠くへ消えていくような気がした。
「……それは……ありがたいけれど、本当にいいの?」
「もちろん。僕自身、教育が人生を変えるって信じてるんだ。だからこそ、応援したい。」
秋男の目には、迷いのない光があった。
雪子は黙って深くうなずいた。
装太に、この話をどう伝えようか。
言葉を探しながら、カフェの窓の外に目をやると、春風が街路樹の若葉を優しく揺らしていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
この物語はフィクションですが、家族のあいだに流れる静かな想いや、小さな提案が人生をゆっくり動かしていく、そんな時間を描いていけたらと思っています。
次回は、雪子が秋男の言葉を装太にどう伝えるのか。
彼の未来が静かに動き出す瞬間に、ぜひご一緒ください。
▼登場人物のご紹介(第1話時点)
•冠木二郎
雪子の父で、今は亡き人。昔、北海道にある「ポロテ山」という山の土地を持っていましたが、商売がうまくいかず手放すことに。それでも、家族の心の中には今も大切に生きています。
•冠木秋男
二郎の親族で、少し離れたところから見守っていた存在。縁あって、かつてのポロテ山を再び所有することになり、「この土地を、次の世代のために使えたら」と、親族に贈与する話を持ちかけます。
•雪子
二郎の娘。今は子育てを終え、孫たちの成長を見守る日々。4人の孫がいて、なかでも装太の進学のことを、心の中でずっと気にかけています。
•装太
雪子の孫で、高校3年生。大学進学を目指して日々努力している、ちょっと真面目で、ちょっと繊細な少年です。