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語らぬ真実

人の波に飲まれながら、ジークは不満げに眉をひそめていた。日が傾き、街の喧騒が夕刻の色に染まっていく。


「……今日一日中探し回ったけど、ほとんど収穫がないな」


「いや、違う。知っているのに、言わないんだ」


レイブンがそう呟いたその声は、どこかにじむように静かだった。


宿屋の主、万屋の若旦那、広場の語り部、商人ギルドの書記――どれも一様にこう答える。


「ああ、クローディア嬢か。昔はよく顔を出してたけど、今は姿を見ねえな」

「噂で聞いた?……悪いが、うちは関わらない主義なんでね」

「さあ、知らんな。名前だけなら洒落た響きだが」


あまりにも“揃いすぎている”。その言葉はまるで、一冊の台本でもあるかのようだった。


ジークが低く呟く。


「誰かが意図的に隠してるか……本人が、完全に姿を消してるか。どっちかだな」


「あるいは、“誰も語らない”という契約があるのかもしれない」


レイブンの声は静かだったが、その瞳には明らかな苛立ちが宿っていた。


「……これだけ情報が封じられているとなると、クローディアは“ただの商人”ではないな」


二人は街の広場の縁に腰を下ろした。行き交う人々の喧騒が、妙に遠く感じる。


ジークが空を仰ぎ、ぽつりと漏らす。


「情報の国ってのは、静かに殴ってくるんだな」


レイブンは小さく笑ったが、それは疲労の混じったものだった。


「メルノリーは“聞かれたことには答えるが、それ以外は黙っている”――そういう国だ」


「……それが“信頼できる”ってことか?」


「少なくとも、“信用はできない”けどな」


やや皮肉めいた会話が、沈む夕日に吸い込まれていく。だがそのとき――


ジークがふと顔を上げる。


「……なあ、レイブン。気づいてるか? さっきからあの爺さん、俺たちの行く先々に現れてる」


レイブンが視線を巡らせると、確かに――市場、万屋、そして今は広場。昼間、万屋で話しかけてきた奇妙な老人が、またしてもそこにいた。


「……ついてきてる?」


「違う。向こうが“先回りしてる”。こっちが探してる相手を、知ってる」


レイブンの目に光が宿る。


「……動こうか。次は、あの爺さんに話を聞こう」


二人が近づくと、老人はふと顔を上げて、にこりと笑った。


「おや、ようやく来たか。……若いの、よほど熱心に歩き回っておったな」


「あなた……」


「まあ座れ。話くらい、聞いてやろう」


半ば導かれるように、二人は椅子に腰を下ろした。レイブンが静かに切り出す。


「……クローディアを探しています」


「ほう、そいつはまた懐かしい名前じゃ」


老人は、あたかも通りすがりの話のように、肩を竦めてみせた。


「前任のメルノリー外交官じゃろ? 今はアルゼノートの交渉官も兼ねとる。あやつは利に聡く、軍との関係も悪くない……」


わざとらしく口を止め、笑みを浮かべる。


「ま、メルノリーなんぞより、あやつに会いたいならアルゼノートに行った方が早かろうて」


ジークがやや前のめりに声を上げる。


「簡単に行ける相手じゃない。だからこそ、ここで手掛かりを探してるんだ」


レイブンも冷静な声音で続ける。


「……ただ、僕たちがメルノリーに来たのは、クローディアの情報だけが目的じゃありません」


「ふむ?」


「三国同盟。……その実態を確かめるためです」


その言葉に、老人の目が細くなる。だが笑みは崩れなかった。


「三国同盟……噂では聞いとる。確かに。それ以上でも以下でもない」


「それ以上は“知らない”と?」


「知らんの。……“知っている”と“聞いたことがある”の差は、大きいぞ、若いの」


そう言って、老人は目を細め、椅子に身を預けた。


「わしから言えるのはそれだけじゃ。……が、一つ忠告しておこう」


「忠告?」


「クローディアの名を掘るのは……この街では“風”を乱すことになるかもしれん。風が変わる時は、立つ場所をよく見極めることじゃよ」


ジークがふと呟く。


「……風が吹く前に、どこに立つか、か」


「うむ。いい感覚しとる」


老人はにやりと笑い、まるで何かを試すように、静かに目を細めた。


老人は地面に棒でなにやら描き始めた。雑多な線の交差の中に、ぽつんとひとつ、円が浮かび上がる。


「“情報”は糸のようなもんじゃ。絡み、結び、やがて縒られて“意図”になる。……誰がどの意図で動いとるか。それを見極めれば、自然と見えてくる」


レイブンが小さく息を呑んだ。


「……つまり、“意図”を辿れと?」


「そうじゃ。なぜこの国の人間が彼女について語らないのかじゃ」


老人は一瞬だけ真顔になったが、すぐに笑みに戻った。


「ほれ、これ以上喋ると口が乾くわい。……あんまり年寄りを問い詰めるでないよ」


そう言って、帽子を目深にかぶると、立ち上がって軽く手を振った。


「おぬしら、いい目をしとる。“目”を使うがええ。耳よりも、のう」


そして、夕焼けの雑踏の中へ、ゆっくりと背を向けて歩き出した。


ジークがぽつりと呟く。


「……言葉を濁してるが、何か知ってるのは間違いねえな」

「うん。けど――あの人、教えなかったわけじゃない。教え“方”を選んでる」


レイブンの目に、強い光が宿る。


「“彼女について何故だれも話さないのか”……それが、鍵だ」

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