最初の仲間
仲間を集める――そう決めたものの、始めは何から手をつけてよいか分からなかった。
だが、幸運にも出会いは突然訪れる。
それは、領都の市場を視察した帰りのことだった。
「おい、やめとけって!」「あいつ、相手が悪すぎる……!」
人だかりができていた。通りの一角で、少年同士の争いが起きていたのだ。
だが、その中心にいたのは明らかに“子供”の範疇を超えた動きと気迫を見せる、一人の少年だった。
粗末な服を着て、やせ細ってはいたが――その身のこなしは獣のように鋭く、力強かった。
「うおらっ!」
彼は大柄な少年を相手に、足払いをかけて倒し、その隙に素早く棒を突きつける。
「っ……ま、参ったよ!」
倒れた相手が手を挙げると、少年はようやく棒を下ろした。
周囲は一瞬沈黙し――そして拍手と歓声が巻き起こった。
(……あいつだ)
心の中で、確信のような何かが芽生えた。
この世界で“生き残る”力を持った者。俺に必要な“仲間”だと。
「君、名前は?」
俺が声をかけると、少年は振り返り、少し警戒した目で睨んできた。
「……ジーク。ジーク・バルナードだ。用がないなら帰れ、坊ちゃん」
その反応に、俺は笑ってしまった。
「用ならあるよ。君に、俺の仲間になってほしい」
「はぁ?」
ジークは露骨に顔をしかめる。
「冗談じゃねえ。貴族の道楽に付き合う気はねえんだ。俺は食っていくだけで精一杯なんだよ」
その言葉に嘘はなかった。ボロボロの靴、手にできた無数のマメ、そしてその眼に宿る必死さがそれを物語っている。
俺は、一度うなずいた。
「だったら、君の力を“正当な形”で使えるようにする。父に話して、正式にレグニア領の兵として雇ってもらう」
「……無茶言うなよ。あんた、まだ子供だろうが」
「けど、“領主の息子”でもある」
そう言って見せたのは、父から渡されていた小さな紋章のペンダント。
ジークの表情がわずかに変わる。
「本気、なんだな……」
俺は深くうなずいた。
「君の力が必要だ。もし、まだ迷いがあるなら――俺と一緒に、」
その夜レイブンは父の執務室の扉を叩いた。
「父上。お願いがございます」
いつになく真剣な表情を浮かべる息子に、領主アルベルトは静かに頷いた。
「話してみろ」
レイブンは深く一礼し、まっすぐに父の眼を見つめる。
「市場で見つけた少年、ジーク・バルナードを、レグニアの兵としてお迎えしたいのです。彼には剣の才能があります。必ず、我が領の力となります」
一瞬の沈黙ののち、アルベルトは目を細めた。
その視線は、あたかも“子供の夢”を聞くようなものだった。
「……レイブン。お前はまだ六つになったばかりの子供だ。政治も戦も、民も、この国の重さも知らぬ。そんなお前が見出した少年を、どうして私が信用できる?」
その言葉に、レイブンの唇がぎゅっと結ばれる。
しかし、ひるむことなく一歩前に出た。
「だからこそ、見てほしいのです。彼の力を。僕の目を――信じてください!」
そのまっすぐな言葉に、父アルベルトは一度だけ目を伏せ、ふうと小さく息をついた。
「……よかろう」
一拍の後、父は口を開いた。
「だが、ただの試しでは意味がない。ジーク・バルナードには、我が領最強の剣士“クレイグ・フォルテン”との一騎討ちを命じよう」
レイブンの目が大きく見開かれる。
「クレイグは、歴戦の猛者である。貴族であれ平民であれ、一人の兵として使うには、それ相応の覚悟と力が必要だ。もし彼がそれを示すことができれば、正式に兵として扱おう」
その声音に、情はなかった。まるで“突き放す”ような口調だったが――その目の奥には、何か別の光があった。
(……どうせ、突破できはしない。だが――)
アルベルトの内心には、別の思いがあった。
“わずか六歳の息子がどこまで本気で物事を考えているのか”
“凡人が、どこまで牙を向いてくるのか”
“そして、自分の息子が何を見ているのか”
それを――確かめてみたいと思ったのだ。
レイブンは一礼し、静かに告げた。
「ありがとうございます、父上。きっと証明してみせます」
父の背に向かって、そう言い残すと、執務室の扉が閉じられた。
重い扉の向こうで、アルベルトは小さくつぶやいた。
「……やってみせろ、レイブン。もし本当にその少年が牙を持っているのなら――」
日が昇った頃レイブンは、屋敷の裏庭にいるジークのもとへ足を運んだ。
まだ見習いの服すら着ていない彼は、素振りを繰り返していた。陽の下で汗を流すその姿は、必死さそのものだった。
「ジーク」
レイブンの呼びかけに、ジークが振り返る。
少し期待に満ちた表情だった。だが、それはすぐに曇ることになる。
「父上に、君のことを話した。……正式に試験を受けさせてくれることになった」
「……マジか! で、何すればいいんだ?」
レイブンは少しだけ目を伏せ、それから静かに口を開いた。
「――相手は、クレイグ・フォルテンだ。うちの領でも最強の剣士」
ジークの顔から血の気が引いた。
「……は?」
「彼と一対一で戦って、“兵としての力がある”と認められれば合格。そういう条件だった」
ジークは目を見開き、乾いた笑いを漏らした。
「……ははっ、なるほどな。やっぱりそういうオチか」
レイブンが小さく眉をひそめる。
「どういう意味だ?」
ジークは剣を地面に突き立て、そのまま腰を下ろした。
「お前の親父さんさ、最初から俺なんか採用する気なかったんだよ。最強の剣士に挑めなんてさ、“門前払い”の代わりに試練って言葉を使ってるだけだろ。平民のガキに“奇跡が起きたら考えてやる”って、そういう話じゃねぇか」
その目には、怒りではなく――虚しさが滲んでいた。
彼は知っているのだ。どれだけ努力しても、越えられない“生まれ”という壁があることを。
だが、レイブンは一歩、彼に近づいた。
「ジーク。確かにこれは“無理難題”かもしれない。でも、俺は……君にそれを越えられる可能性があると、本気で思ってる」
ジークが目を上げる。
そこには、何の打算も、誇張もない、まっすぐな眼差しがあった。
「君が勝たなくてもいい。倒せなくてもいい。ただ、“あの人に届く一撃”を見せてくれ。俺は、それを信じて、父上にかけあったんだ」
ジークはしばらく黙っていた。
やがて、ふっと笑った。
「……信じすぎだろ、お前」
「なら、信じた者の顔に泥を塗るな」
レイブンのその一言に、ジークの肩がぴくりと動く。
「……チクショウ、なんか燃えてきたわ」
立ち上がったジークは、再び剣を握り直した。
「やってやるよ。無理だって笑われても、俺が“レイブンの仲間”だって、見せてやる」
太陽は高く昇り、彼の汗と決意を照らしていた。