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フィクサー

夜風が窓を叩き、薄く開いた窓から冷気が忍び込んでくる。

ライアは窓際に立ち、月明かりを浴びながら、静かに国の行く末を案じていた。


コン、コン――

部屋をノックする控えめな音。


「……入れ。」


扉を開けたのは、クローディアだった。

夜着の上に簡単なマントを羽織り、慎ましやかに頭を下げる。


「夜分に申し訳ございません、ライア様。」


ライアは肩越しに彼女を見やり、唇の端をわずかに上げた。

「随分と無茶をしたの、クローディアよ。」


クローディアは静かに微笑む。

「いえ、全てはメルノリーのためです。これくらい、どうということはありません。」


ライアは窓を閉めると、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。

そして、ぽつりと呟く。


「しかしのう……あのオルクスちゃんが、まさかレグニアに寝返るとはのう。

お前さんへの忠義は本物じゃったはずじゃが――まあ、全てを教えていたわけでもないからのう。無理もないか。」


クローディアの瞳が、かすかに陰る。

「……はい。まさかオルクスが裏切るとは思いませんでした。何があったのか、現在調査中です。」


ライアは、どこか遠い目をして呟いた。

「なぁに……わしが思うに、レグニアの童に何か言われたんじゃろう。」


「童……ですか?」


「ああ。」

ライアは目を細め、まるで遠い記憶を思い返すように語る。


「あの子は、戦争孤児じゃ。戦の悲惨さを、この目で見てきた子じゃ。

レグニアには――民を捨てんとする、奇妙な童がおる。

……何か、心を動かされたのかもしれんの。」


クローディアは言葉を失った。

誰よりも忠誠心の強かったオルクスが、裏切りを選んだ理由。

それは、裏切りではなく――新たな「守るべきもの」を見出した結果だったのかもしれない。


ライアは静かに続けた。


「……まあ、これも流れじゃ。誰を責めても仕方ない。

問題は、わしらがどう動くか、じゃ。」


クローディアは、ゆっくりと頭を下げた。


「はい。すべて、承知しております。」


夜風がまた窓を揺らす。

戦の足音は、すぐそこまで迫っていた。



―――――――――――――――――――――――――――――――




マリクは、夜風に揺れるカーテンの向こうから、病室にすべり込んできた。

眠るジークとオルクスを一瞥すると、起きていたレイブンににやりと笑いかける。


「……なぁ。三国同盟が、最初っから破綻してたって言ったら、どうする?」


レイブンは、ベッドからそっと身を起こし、静かに問い返した。


「どういうことだい?」


マリクは、部屋の隅に腰掛け、指を鳴らして話し始めた。


「いやね、これがまた複雑な話でな。まずはクローディアのことから話そうか。」


レイブンは無言で頷き、ジークも目を覚まして、むくりと顔を上げた。


「クローディアは、メルノリーからアルゼノートへのスパイ。

さらに保守派から改革派へのスパイってのも、まぁ当たってる。

──けどな、さらにもう一つある。」


レイブンが眉をひそめた。


「……さらに?」


ジークがいぶかしげに口を挟む。


「それは一体誰なんだよ?」


マリクはニヤリと笑って、答えた。


「“虎将”と謳われる知将、ライアだよ。」


ジークはぽかんと口を開けた。


「は? なんだよそれ、どういうこったよ。」


マリクは肩をすくめ、からかうように言った。


「ジーク、阿呆なお前にもわかるよう説明してやるよ。

──実はな、保守派ってのもまた腐りきった連中なんだよ。

自分たちで利益を独占して、賄賂に不正、汚職のオンパレード。」


ジークはむっとした顔で睨みつける。


「……だからって、なんでライアがそこに絡むんだよ。」


「簡単なことさ。」

マリクは指をぱちんと鳴らした。


「ライアは、そんな腐った連中に嫌気が差してた。

心からメルノリーを憂いてたんだよ。──お前らと同じようにな。」


レイブンはじっと耳を傾ける。


ジークがさらに食いつく。


「……それで、クローディアはどう関係あんだよ?」


マリクは小さく笑って、続けた。


「クローディアはな、もともと小さな商人の家の娘だった。

実家は小さな町工場──評判も良くて、町の人たちからも慕われてた。」


ジークがぼそりと言う。


「……ほんと、普通の家庭って感じだな。」


「だがな。」

マリクの声に、わずかな苦味が混じる。


「ある日、その町に新しい工場ができた。

クローディアの家と同じ『魔鉱石燃料』を扱う工場が、な。」


ジークがきょとんとする。


「魔鉱石燃料……?」


レイブンがそっと補足した。


「魔鉱石燃料っていうのは、日用品や機械に幅広く使われる、

──工業に革命をもたらした資源のことだよ。」


「なるほどな。馬鹿だからよくわかんねぇや。」


ジークは、ぽりぽり頭を掻いた。


レイブンは苦笑し、マリクも肩をすくめる。


「……阿呆のことは置いといて、続けるぞ。」


マリクは一拍置いて、ベッドの脇の椅子に腰を下ろすと、足を組んで煙草を弄びながら、話し始めた。


「……でな、クローディアの家は昔ながらの職人気質で、良いもんを丁寧に作ってたわけだ。

でも、新しくできた工場は違った。最新技術で大量生産、質より量ってやつだな。

しかも、そこの裏には──メルノリーの保守派がついてた。」


ジークが眉をひそめる。


「……それってつまり……」


「そうだよ。新工場には補助金がバンバン降りた。

クローディアの実家は、あっという間に潰された。

……全部、政治とカネの力でな。」


レイブンが静かに目を伏せた。

ジークは、拳をぎゅっと握りしめた。


「クローディアは……国を豊かにするためじゃなく、自分達の利権のために民を犠牲にする連中がいるって、嫌というほど知ったってわけだ。」


マリクは、煙草を指で弾いて笑った。


「だからこそ、クローディアは政治家になった。

……メルノリーを変えるためにな」


その時、ベッドの向こうから、控えめな声が上がった。


「……クローディア様、そんな過去があったなんて……。」


半身を起こしたオルクスが、ぽつりとつぶやいた。


マリクはそれを見て、にやりと笑う。


「おうおう、こないだの殺し屋、ずいぶんといいツラになったじゃねぇか。」


オルクスは、目を伏せながら小さく笑った。


「……色々、あったんだよ、情報屋さん。」


「へぇ。そいつは初耳だな。」


マリクは笑いながらも、煙草を放り投げると、すぐに真顔に戻った。


「──ま、話を戻すとだ。

クローディアは腐敗した政治を正すため、まず保守派に取り入った。

そこで多くの実績を上げた。……それこそ、目障りな奴を消す、なんて手段も辞さずにな。」


オルクスは黙ったまま、顔を伏せた。


マリクは続ける。


「信用を得たクローディアは、とうとう保守派の核心部に食い込むことに成功する。

──で、同じ志を持つ者たちと徒党を組み、メルノリーを変えようと動き出した。」


マリクはぐっと身を乗り出した。


「──とはいえ、政治の世界は甘かねぇ。新参者だけじゃどうにもならねぇ。

やっぱり、後ろ盾が必要だったわけだ。」


レイブンが息をのむ。


そこで担ぎ上げられたのが──ライアだったわけだ。」


「ライアはな、古株の軍人で名前も通ってる。

国民からの信頼も厚い、いわば“英雄”みたいな存在だ。

……そんな奴が動けば、誰だって耳を傾けるってもんさ。」


マリクは煙草を弄びながら、皮肉っぽく笑う。


「要するに──三国同盟を水面下で操ってたのは、ライアだったってことだ。」


マリクの声には、どこか諦めに似た色がにじんでいた。


「保守派も、改革派も──この戦争を機にぶっ潰して、メルノリーを変える。

それがライアの考えだ。そして、そのために三国同盟を“利用”してるってわけだ。」


静寂が落ちた。


レイブンはゆっくりと顔を上げると、低い声で言った。


「……そんなことのために、レグニアを巻き込んでいるのか。」


その声には、抑えた怒りと、深い悲しみが滲んでいた。


マリクは、煙草を咥えたまま、面白そうに肩をすくめた。


「でもな──どうやらライアの奴、レグニアを潰す気はねぇみたいだぜ。」


レイブンが目を細める。


「それは、どういうこと?」


マリクは椅子に深く座り直し、膝の上で煙草をくるくる回した。


「簡単な話さ。

──『自分のケツは自分で拭く』ってことだよ。

メルノリーの問題は、あくまでメルノリーで解決する。他国には手出しさせない、ってな。」


レイブンは黙って耳を傾けている。


「元々、三国同盟を組んだのは改革派の連中だ。

でも、ライアにとっちゃ、外の国──特にレグニア──を巻き込んでいい理由にはならなかったってわけだ。

だからな、メルノリーは──三国同盟から抜けるそうだ。」


ジークが目を丸くする。


「は? さっき三国同盟を利用して潰すって言ったばっかじゃねぇか!」


マリクはニヤリと笑った。


「──そう、だからややこしいんだよ。」


マリクは指先で煙草を弾きながら、さらに続けた。


「さらにだ。

──メルノリーが三国同盟を抜けるって話を聞いたクベル独立領も、同盟から抜けることになった。」


ジークが目を瞬かせる。


「……ってことは……」


マリクはニヤリと笑って指を立てた。


「つまりだ、これで──アルゼノートとレグニアの一騎打ちってわけだ。」


レイブンの瞳が鋭く細まる。


「このタイミングで三国同盟が解消された……。これは、好機だよ。」


マリクは軽く肩をすくめる。


「メルノリーが前日に抜けたことで、クベルもかなり動揺したんだろうな。

とはいえ、先に宣戦布告したのはアルゼノートのほうだ。

だから、メルノリーもクベルも──『もう関係ねぇ』ってスタンスを取るだろうさ。」


「明日にでも、和議の申し出が来るはずだよ。」












バンッ!と乱暴に扉が叩き開けられた。

重い足音と共に、カイル──アルゼノートの総帥が、怒気を滲ませてクローディアに詰め寄る。


「クローディア!!」


勢いよく机を叩き、彼女に怒鳴りつける。


「何故、メルノリーの同盟離脱を認めたッ!!

お前は、アルゼノートの外交官だろうがッ!!」


クローディアは微動だにせず、整った表情を崩さない。

その冷静さが、逆にカイルの怒りを一層煽った。


「──あれは、メルノリー側から正式に通達されたものです。

私は、状況を報告し、対応を協議すべきだと進言しました。

……ですが、カイル様が即座に『蹴り返せ』と命じられた。」


「それで何故、勝手に承認した!!」


カイルが顔を真っ赤にして吠える。


クローディアは静かに答えた。


「……拒否すれば、三国同盟そのものが無理矢理継続され、

後々アルゼノートが『裏切り者』と呼ばれる可能性が高かったからです。」


「何だと……?」


「情勢を見誤れば、レグニアとの単独戦に加え、

クベルやメルノリーを敵に回すことになったでしょう。

そのリスクを回避するために、私は”外交官として”、

最も被害の少ない選択肢を選びました。」


カイルは言葉を失った。

拳を強く握りしめ、血管が浮き上がる。


クローディアは、淡々と続ける。


「……これは、私情ではありません。

アルゼノートの国益を最優先に考えた結果です。」


カイルはギリギリと歯噛みしながら、クローディアを睨みつけた。


「……お前、誰の味方だ?」


静かな問いに、クローディアはふっと微笑んだ。


「国を思う者の味方です。」


クローディアの冷ややかな一言が、カイルの最後の理性を吹き飛ばした。


「……衛兵ッ!!」


カイルは怒声を上げた。


「この女を捕らえろ!! 拘束して尋問にかけろ!!」


すぐに数人の衛兵たちが駆け込んでくる。

彼らは剣を抜き、クローディアを取り囲んだ。


しかし──。


「やれやれ、女一人に大層な騒ぎだな。」


静かで、よく通る男の声が響いた。


次の瞬間、入り口の影から一人の男が現れた。


ぼさぼさの赤っぽい茶髪。

隙だらけに見えるが、一歩踏み出しただけで空気が一変する。

手に持つのは、巨大な十字槍。


「誰だ貴様──!」


衛兵たちが詰め寄る間もなく、男の十字槍が閃いた。

一撃。

ただ一撃で、数人の衛兵が吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。


絶句するカイル。

クローディアは、わずかに微笑んで男を見た。


「お前……その槍……!」


カイルは喉を震わせ、声を絞り出す。


「まさか、メルノリーの……絶槍のアレフ……ローヴェルト……!」


男──アレフは、肩をすくめた。


「さて、どうだろうな。」


その余裕すら漂わせる態度に、カイルは確信した。

目の前にいるのは、噂に聞く「絶槍」──かつて戦場で数百の兵を単騎で蹴散らしたとされる、伝説の男。


クローディアは、ゆっくりと歩み寄ると、淡々と言い放った。


「……カイル様。これでお分かりでしょう。

私はメルノリーの人間。

──最初から、アルゼノートを裏切るために送り込まれたスパイです。」


カイルの顔が見る間に青ざめていった。



今回大きく話が動きました、正直この展開は好き嫌い別れると思うので良かったよと言う方は評価や感想をお願いいたします。また順次書いていきますのでこれからもどうぞよろしくお願いいたします。

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