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嵐の前の静けさ

投稿遅れまして申し訳ございません。PVも投稿していない日でも途切れることがなくいつも見てくださっているんだなと嬉しく思っております。これかも投稿が遅くなる事もあると思いますが待ってていただけると幸いです。これからもどうぞよろしくお願いいたします。

壁も天井も無彩色の石でできた、光すら冷たく反射する密室。


扉が閉じられ、外からは完全に隔絶されていた。円卓の中心には一脚の椅子があり、そこにクローディアが座っていた。


周囲には、黒いローブに身を包んだ数人の保守派の人間その姿はまるで裁く者たちのようだった。


「オルクスが……レグニアに与した」


保守派の一人が、鋭い視線を投げる。


「この情報、真実か?」


「確認済みです。彼女の戦闘記録と、現地の監視からの報告が一致しています」


クローディアの声は冷静で、一切の感情を感じさせなかった。だが、赤い瞳の奥では、明らかな警戒と探るような思考が光っていた。


「貴女が派遣した者だろう。なぜ裏切った?」


「……それを、私が把握していれば、今ここにはいません」


「言い訳か?」


別の老議員が椅子を軋ませて立ち上がる。



「貴女は改革派へのスパイとして我々から送り込まれた。その上で“赤服”という危険分子を用い、外へと動かした。結果、我らの情報が敵に流出した。──これは許されざる失態だ」


場に張り詰めた空気が満ちる。


しかしクローディアは揺れなかった。長い金髪が静かに肩に流れ、紅の瞳が一人一人を見据える。



沈黙。



「オルクスの行動は予測不能だった。ですが、彼女の寝返りは単なる裏切りとは思えません。……何か、外部からの要因がある。誰かが──彼女を動かした」


「レグニアの誰かか、それとも他の第三者か」


「調査中です」


クローディアの語調に、微かに苛立ちが滲んだ。彼女にとってもこれは、明確な“想定外”。それが何よりも彼女自身を苛立たせていた。


「貴女には、赤服に“消させた”改革派の名士もいたはずだ。もしその情報がレグニアに渡ったなら……この国の根が、暴かれることになる」


「私の任務は未だ終わっていません。改革派の中枢にも、アルゼノートにも、私は食い込んでいる。……情報の流出が事実なら、回収手段は私にあります」


「信じろと?」


「私をここまで使ってきたのは、あなた方です」


しんとした沈黙が広がる。数秒後、保守派の一人が口を開いた。


「……次に失敗したら、君の赤い目を、そのまま壁に飾ることになるぞ」


「その時は、どうぞお好きに」


クローディアは席を立った。踵の音が石床に響き、扉へと向かう彼女の背には、誰の声もかからなかった。



重い扉が閉まると同時に、クローディアは足を止めた。石造りの冷たい壁にもたれ、ゆっくりと息を吐く。


「……っ」


指先が微かに震える。普段の彼女なら決して見せない“人間らしい”揺らぎ。


「オルクス……あんた、なにを考えてるの……?」


低く搾り出すような声。金髪が揺れ、瞳の赤が怒りに滲む。


裏切り──それは、想定の中にあった。だが彼だけは違った。


忠実すぎるほどの殺戮者で、命令に疑問を抱かず、ただ結果だけを積み上げる。

“感情”など持たないはずだった。


「レグニアに行く理由が、どこに……誰かが──」


言葉を止め、壁を殴った。硬い音が階段に響いたが、誰もその声を聞いてはいない。


(……考えるのは後。今日は、アルゼノートでの会議もある)


彼女の頭の中で、もう一つの任務が浮かび上がる。改革派としての顔。

そして、“スパイ”としての顔。


「……その前に、情報だけは押さえておく」


クローディアは拳を握りしめ、顔を上げた。


「オルクスの理由を探る。それが先。あとは、会議の最中でもどうにでもできる」


その瞳には、もはや迷いも恐れもなかった。

保守派の命令でもなく、改革派の任務でもない。

“クローディア個人”の意志が、今そこに芽生え始めていた。



アルゼノートの地下にある軍議室。壁も天井も無機質な石造り。ここは戦に関して話す場。クローディアは僅かに遅れて入室した。


彼女は無表情のまま円卓の定位置に腰を下ろした。


既にアルゼノートの指導者カイルは席にあり、クベル独立領、メルノリーの外交官の姿もあった。


「おやおや、ようやくお嬢さんの登場かね。いやはや、これはこれは……何かあったのかのぉ?」


ひときわ場違いな、軽い声が会議の空気を撫でた。

虎将ライア――柔和な笑顔、年季の入った軍服。小太りの体に乗ったその目だけは、獣のように鋭かった。


クローディアは軽口に頷いて返した。


「申し訳ございません、少々トラブルがございまして」


「ほほうトラブルとはの、戦の前に不吉じゃのぉ」


彼女は笑わなかったが、答えなかったことが肯定と同義になるのは承知の上だった。

カイルが咳払いし、ようやく空気を締め直す。


「戦略確認に入る。レグニア東部の防衛線はここ数日で再編され、想定よりも早く対応してきている。我らの動きをある程度察知したと見て間違いない」


クローディアの視線が地図上を滑る。赤いマーカーが、明朝動き出す予定の部隊を示していた。


「だが予定通り明日明朝より作戦を開始する」


カイルは地図の前に立ち、手を背に組んだまま、不敵に口角を上げた。


「――数では我が方が圧倒的に上だ。兵も装備も、士気も整っている。正直な話、これで負ける方が難しい戦いだ」


参謀の一人が小さく笑い、別の者は頷く。


「防衛に回る国は常に一手遅れる。ましてやあの小国だ、底は見えている」


クローディアは表情を崩さなかったが、その指先は無意識に机上の端を叩いていた。


「……油断は、禁物です」


その一言に、カイルはやや眉をひそめるも、すぐに笑みを戻す。


「心配性だな、クローディア。まあいい。慎重なのは悪いことではないからな」


彼の口ぶりには余裕があった。まるで、勝利はすでに確定しているかのように。



―――――――――――――――――――――








夕暮れの光が、病室を静かに染めていた。

ジーク、レイブン、オルクス――それぞれが白いベッドに横たわり、傷を癒している。


ジークが、包帯を巻かれた腕で額をぬぐう。

「……体が、鉛みたいだ」


「当然だよ」

隣のレイブンが、枕に銀の髪を広げたまま、静かに答える。

「無理をしすぎたんだから」


ジークは小さく笑いかけたが、すぐに顔をしかめた。

その様子を見て、オルクスが呻くような声を上げる。


「……君たち、少し静かにして……頭に響く……」


「悪かったな」

ジークが苦笑する。


一瞬の静寂。

レイブンが、天井を見つめたまま口を開いた。


「……この前、アルゼノート侵攻に関する会議があった」


ジークとオルクスが同時にレイブンへ視線を向ける。


「アルゼノートの侵攻、ほぼ確実と判断された。

本隊の動きも確認されてる……ここ数日で、戦火が広がる可能性が高い」


淡々と告げるレイブンの声に、オルクスの喉がわずかに震えた。


「……クローディアは……」

オルクスは、胸の奥を押さえるように言った。

「無事で、いてくれるだろうか」


その言葉には、ただの情だけではない、止められなかった悔いがにじんでいた。


ジークが、ぐっと拳を握りしめる。


「俺も……戦う」

燃えるような眼差しで、力強く言った。

「もう誰にも、好き勝手はさせない」


「ダメだ」

レイブンが、すぐに遮った。

その銀の瞳が、静かにジークを射抜く。


「今は動けない。

父上たちを、信じるしかないんだ」


ジークは歯を食いしばり、悔しそうに視線を伏せる。

オルクスも、苦悩を押し殺すように目を閉じた。


病室には、ふたたび静寂が落ちた。


レイブンは、そっと身を起こし、窓の外を見た。

朱に染まった空の向こうに、黒い雲がゆっくりと広がっていく。


「……明日は、雨が降るな」


静かな声が、夕闇に溶けた。―


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