夜明け
いつも読んでくださりありがとうございます!新しく別の小説も書き始めましたのよろしければ読んでみてください!最近PVも100を超える日が増えてきて嬉しい限りです。これからもどうぞよろしくお願いいたします。
「クレイグ……“東国無双”。大陸の東で、あなたを超える者はいないと聞いたよ」
オルクスの口元が、不気味に釣り上がる。
「あなたなら……僕を“本気で”楽しませてくれそうだッ!」
三本の針が、鎧の隙間を正確に縫って放たれる。狙いは首、太腿、そして眼――すべて異なる箇所だが、どれも致命を狙った鋭い投擲。
だが、それらはすべて空を切った。まるですり抜けたかのように。
――読まれていた。
そう察した瞬間、すでにオルクスはクレイグの懐へと踏み込んでいた。
「脇はね、太い血管が通ってるんだ。うまく刺せば、一発で終わる」
切り上げられるロングナイフ。しかし、それもまた空を切る。
ッ――!
「少年、その齢にしては見事だが……まだ甘いな」
低く唸るような声と共に、クレイグの拳がオルクスの腹を撃ち抜いた。
「ぐっ……!」
その衝撃で吹き飛ばされるも、オルクスは即座に距離を取る。腹を押さえる気配すらない。
「後方へ飛び、衝撃を分散させたか……見事だ」
「いやぁ、流石だね……やっぱり強いな、あんた」
言葉とは裏腹に、オルクスの目に宿る光はさらに鋭くなる。
腰のもう一本のロングナイフを抜いた、その瞬間。
纏う空気が変わった。
「――ここからが“本気”だよ」
まるで消えたかと錯覚する速度。
直後、銀閃が走る。
遅れて響く、金属が弾ける音。
「……これも見切るのかよ」
受け止められた刃。そのまま流れるようにカウンターが返る。
「ぐっ……!」
胸に一文字の傷が刻まれ、オルクスの身体が大きく後退した。
「――舐めないでほしいな。まだまだッ!」
オルクスの姿が、瞬時にぶれる。
次の瞬間――クレイグの背後に現れていた。
音速を超える斬撃が一閃。
だが、またしても捉えきれない。
「なら……もっと早く!」
声と同時に、四方八方から斬撃が襲いかかる。
「これならどうだいッ!」
まるで豪雨のような連撃。
絶え間なく、容赦なく降り注ぐ斬撃の嵐。
その速さ、まさにオルクスの真骨頂。
周囲の地形さえ削り、崩れ始める。
そして――ついに、斬撃は止んだ。
土煙が舞い、沈黙が場を支配する。
流石のクレイグも、今度ばかりは――そう思われた。
だが。
彼は、何も変わらぬ姿でそこに立っていた。
「スピードに全てを懸けた攻撃……見事だった」
「ば、馬鹿な……! あれを全部、見切ったのか!」
「潜ってきた“修羅場”が違うのだよ――ッ!」
重く、鋼のような拳が、オルクスの胸を打ち抜いた。
命こそ奪われなかったものの、もはや彼に立ち上がる力は残されていなかった。
「――まだ終わってない! クローディア様の役に立つまでは……ッ!」
「もう、終わったんだ。命を無駄にするな」
ジークが、そっと手を差し出す。
「甘いなッ! 僕を助けたら、またお前らを狙うだけだ。それに……僕が死んだって、どうせお前らの国はクローディア様に消される!」
その叫びを、静かな声が遮った。
「――平和の第一歩は、許すことだと思うんだ」
レイブンの瞳は、真っすぐに彼を見据えていた。
「僕は、君を許すよ。そして、もう戦争も起こさせない」
「……上の人間ってのは、ほんと馬鹿ばっかりか?」
「僕は君を殺しにかかった人間なんだぞ?」
「それでもだよ。最初に言ったでしょ? “歴史は繰り返すべきじゃない”って」
レイブンの声に、迷いはなかった。
「僕は、君を許す。アルゼノートも、メルノリーも、クベル独立領も……なんとかしてみせる」
「……できるもんなら、やってみろよ!」
「――やってみせるさ。必ずね」
「その第一歩が、“君を許すこと”なんだ」
クレイグは三人を抱えて医務室へ向かった。
「全く次期当主は豪胆なお人だ、しかしそういう人間が世界を変えるのかもしれませんな」
早朝。
朝日が差し込む医務室に、静かな空気が漂っていた。
白いベッドが三つ並び、そこに並んで眠るジーク、レイブン、オルクス。
一番に目を覚ましたのは、ジークだった。
「う……ん、ここ……医務室か……?」
隣を見ると、レイブンがまだ寝息を立てている。さらにもう一つ隣、オルクスも静かに目を閉じていた。
その時、ふいにオルクスがぼそりと呟いた。
「……あー、寝起きで言うのもなんだけど……言っといた方がいいと思ってさ……」
ジークがぼんやりと振り向く。
「なんだよ、改まって」
「僕、実は……女の子なんだよね」
――
「えぇええええええええええっ!? 女の子だったの!?」
医務室にジークの全力の叫び声がこだました。
隣のレイブンが目を覚まし、少しだけ目元をこする。
「おはよう……何か騒がしいなぁって思ったら……やっぱりジークだったよ……」
ジークは額に手を当て、信じられないものを見るような目でオルクスを見つめる。
「いやいやいや! 俺、お前のことずっと“アイツ”呼ばわりしてたのに!? しかも普通に脱ぎ捨てた服とか拾ってたぞ!?」
「いや、それは……別にいいけど……ちょっと今思い出すと恥ずかしいな……」
オルクスが小さく赤面する。
「……ふふ。いい朝だね」
レイブンが、そんな二人を見ながら笑った。
ジークの叫び声がようやく落ち着いた頃、レイブンがふっと笑った。
「昨日まで殺し合ってたとは思えないね、はは……」
ジークが頭を抱えながら呻く。
「えっ……てことは俺、女に負けたのかよッ!? うわあああああ……!」
オルクスが肩をすくめて、少し悪戯っぽく笑う。
「はは、流石にプライドがあるんだ?」
「あるわッ!戦士として当然だろ!」
そのやり取りを見ていたレイブンが、少し首を傾げる。
「……ねぇ、ジーク。なんか……雰囲気違くない? オルクス」
ジークも改めてオルクスを見て、眉をひそめる。
「あー……うん、なんだろうな。急に柔らかくなったっていうか……毒が抜けたというか……」
オルクスは小さく笑って、ベッドに寝転がったまま空を見つめる。
「まあ……肩の力、抜けただけかな。ずっと殺されるか、殺すかの世界にいたからさ。こんなの、久しぶりだよ」
少しの静寂の後、レイブンが静かに呟いた。
「……なら、これからは違う世界を見せるよ。君にも、僕たちにも」
しばらく笑い合っていた三人だったが、ふいにオルクスの表情が真剣なものへと変わった。
「……僕さ。クローディア様にも、本当は戦争なんてやめてほしいって思ってるんだ」
レイブンとジークが驚いたように彼(彼女)を見る。
「いや、大陸中で……もう、僕みたいな孤児を増やさないためにもね」
ジークが鼻を鳴らす。
「……随分と素直じゃねぇか」
オルクスは少しだけ照れたように笑ってから、レイブンを見た。
「昨日、君が言ってたじゃん。“許すことが次の一歩に繋がる”ってさ。……あれ、ずっと頭の中に残っててさ。僕も、これからのこと……考えるようにしようって、思ったんだ」
その目はどこか遠くを見ていた。
「今までは、強さが全てだと思ってた。他者を踏みつけても生きていくしかないって……でも、違った。君たちと戦って、そう思えたんだ」
レイブンはゆっくりと頷いた。
「その気持ちが、きっと未来を変える一歩になるよ。僕はそう信じてる」
その日、医務室の窓から差し込む朝日が、三人を静かに照らしていた。
もうそこにいたのは、「赤服のオルクス」ではなかった。
ただ一人の、名もなき孤児でもない。
これからの未来を、自分の意思で歩む――
そんなひとりの「オルクス」だった。