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赤服の少年

硝煙の匂い、人を斬る感覚、助けを乞う悲鳴――

そういうものには、もう慣れてしまった。

この手が何を奪い、どれほどの怒りを買ってきたか。

そんなのは、どうでもいい。


今はただ、退屈を潰しに来ただけ。


レグニアとの国境。

焚き火の灯りがちらつく夜の野営地に、三つの影。

見張りの兵士だろう。あくび混じりの無警戒さが目につく。


「気が抜けてる。国が滅ぶのも時間の問題だね」


草を踏む音を殺して接近。

一歩、また一歩と、音もなく距離を詰め――


「誰――」


言いかけた瞬間、首元を走る銀の閃き。

返事を聞く前に、一人目は喉から血を噴いて崩れた。


「な、なんだ……ッ!」


二人目が剣を抜くよりも速く、暗器を投げる。

左肩を貫いた鉄の針が、筋肉を裂く。武器を持てない。


三人目の叫びを遮るように、足払いで地面に叩きつける。

ロングナイフの刃が、冷たく首に添えられた。


「……動かないで。喉の太さと刃の角度、もう計算済みだから」


男は震えながら何かを言おうとしたが、オルクスは聞いていなかった。

焚き火の赤い光が、血で濡れた白服に反射する。


「……ジーク。レイブン」


その名を、ぽつりと呟いた。


「レグニアの子供たちだって聞いたけど、どれくらい強いんだろ」


興味本位。それだけ。

だがその問いには、誰も答えられない。

そのまま、ナイフの刃が静かに、喉元を引いた。


返り血を避けることもなく立ち上がり、焚き火を背に踵を返す。


「ま、いいや。直接見に行けばわかるか」



―――――――――――――――――




まだ空が白み始めたばかりの頃。市場の片隅、パン屋の裏路地に立ち止まる影ひとつ。


白い服は血痕を拭ってもまだ赤黒く染み、朝霧にぼんやりと滲んで見えた。

歩きながら、通りを眺めている。

穏やかな声が、通行人の挨拶に混じって流れる。


「……さて。ジークとレイブン、ね」


口元だけで笑いながら、オルクスは道端の子供に小銭を投げた。


「ねぇ、坊や。最近“変な子供の兵士”を見なかった? 例えば、銀髪で目つきが悪いとか、ボロ着てるのに変に目立つとか」


「えっ? えっと……ジーク兄ちゃんのことかな? この前、クレイグ様と戦って――」


「ありがと。十分だよ」


ふわりと頭を撫で、オルクスは踵を返す。すでに方向は決まった。あとは会いに行くだけ――


「おっと」


小路の出口で、目の前に立ちはだかる男。ぼさぼさの黒髪、胡散臭い笑みを浮かべていた。


「赤い服の殺し屋……オルクスだな」


「……誰?」


「情報屋だよ、坊や。ジークとレイブンを探してるってことは、始末しに来たんだろ?」


一瞬、沈黙。

次の瞬間、オルクスの手が動く。指先から閃いた銀の針がマリクの額を狙って飛ぶ――が。


キィン!


「甘いな。俺を誰だと思ってんだ」


マリクの手に握られた小型ナイフが、飛針を弾き落とす。

二人の間に、ぴりついた緊張が走る。


「知ってるんだ、二人のこと。それから僕のことも。……じゃあ、消さないと」


「へぇ……」


マリクの目元から笑みが消える。街の喧騒が遠のいていく。

二人を包む空気だけが、やけに冷たく、鋭い。


直後オルクスが踏み込んだ。


銀の閃光が、交錯する。

跳ねるような身のこなしで、オルクスは壁を蹴って宙を舞う。

それを追うように、小柄な男のナイフが、風を切って突き上げる。


「君、さっきからずいぶん静かだねぇ。そういう殺し屋って、だいたい性格が悪いよね?」


「……うるさいよ。邪魔しないで」


地面に着地した瞬間、オルクスがもう一発、暗器を投げる。

マリクは即座に身を捩り、袖に仕込んだ刃で弾く。


「“クローディアの秘密”を知った人間を、始末してんだろ?」


オルクスの手が止まる。


ほんの一瞬。その隙を狙って男が踏み込む――が、オルクスは逆に懐へ滑り込んだ。

至近距離。ロングナイフの切っ先が、相手の喉元を狙って突き出される。


「今回はそうだけど」


さらりとした口調で、オルクスは言う。


「クローディア様が命じたなら、誰でも殺すよ」


マリクは鼻で笑った。


「なるほど、侵略者らしいな」


「――あははっ、そうだね」


オルクスが笑う。刃を引くタイミングをずらしながら、目だけが獣のように光る。


「でもお兄さんはさ、秘密を知ってるのに、僕らの情報網に引っかかってないんだ。相当腕が立つみたいだね。……ワクワクするなっ!」


「情報屋稼業は危険と隣り合わせなんでな。心得くらいあるさっ」


軽口を叩きながらも、男は退き足で距離を取る。口調とは裏腹に、全神経がオルクスの動きを追っていた。


その時、不意に鐘の音が遠くから響いた。

街の巡回兵が近づいてくる気配。


マリクが目を細める。「おっと、時間切れかな」


オルクスは、すっとナイフを引いた。獲物を逃したわけでもなく、単なる興味の喪失のような、そんな雰囲気で。


「さてジークとレイブン二人はすぐそこかな」



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