夜襲
投稿が遅れてしまい申し訳ございません。評価・ブックマークありがとうございます。完結まで必ず書き切りますのでどうぞこれからもよろしくお願いいたします。
あたりがすっかり暗くなった頃。
レイブンとジークは人気のない夜道を、宿へと向かっていた。
「クローディア……おそらく、メルノリーからアルゼノートに送り込まれたスパイだろうね」
「スパイじゃなかったとしても、メルノリーとの繋がりは確実だろうな」
レイブンの言葉は仮説に過ぎなかったが、あの場にいたメルノリーの人間たちの反応――
それが、クローディアとこの街の間に確かな関係があることを裏付けていた。
「ジーク、明日は――ッ」
レイブンが何かを言いかけたその瞬間、一陣の風が頬をなでた。
いや、違う――風ではない。殺気だった。
「レイブンッ、大丈夫か!?」
ジークはすぐにレイブンの前に立ち、剣の柄へと手を伸ばす。
次の瞬間、薄暗い路地の影から現れたのは――仮面をつけた三人の男。
屈強な体格に、無駄のない動き。その気配だけで、ただのチンピラでないことが分かる。
「ジーク。ビンゴ、だったみたいだね」
レイブンの頬を一筋の血が伝う。
「……ああ、そうみたいだな」
ジークは鋭く男たちを睨みつけ、静かに剣を抜いた。
同時に――一人の男が勢いよく飛び込んでくる!
単純なナイフの袈裟斬り。だが、ジークにとっては容易に見切れる攻撃だった。
「甘ぇよ」
軽く後方へ跳び、足元の石を蹴り上げる。
石は男の顔面を直撃し、苦悶の声が漏れた。
その隙に、両脇から残る二人がジークへと突っ込む。
「来いよ……!」
ジークは左の男へ向けて剣を振り上げた――だが、それはフェイント!
男が反射的に防御に入ったその瞬間、ジークは体をひねり一回転。
右の男へ、鋭い横薙ぎの一閃が走る。
刃は深々と食い込み、男の体を吹き飛ばした。
「――まずは一人、だな」
ジークの剣から、鮮血がぽたりと地面に落ちる。
二人の男が互いに目配せを交わした。
無言のうちに連携を確認し、一人が正面から、もう一人が後方へと回り込む。
「挟撃か……悪くない」
ジークは剣を握り直すと、スッと腰を低くした。
戦士の呼吸。心拍を静め、視界が鮮明に広がる。
背後から迫る足音――その気配が一気に殺気へと変わる!
「――遅ぇよ!!」
ジークは地を蹴り、正面の男に突進。
奇襲に面食らった男が咄嗟に防御を取るも、ジークの動きは止まらない。
ガキィンッ!
刃と刃が激しくぶつかり合う。その瞬間、ジークはわざと重心を崩し、体ごと男にぶつかった。
「ぐっ……!」
バランスを崩した男をそのまま地面に押し倒し――
腹部に向け、無慈悲な突きが叩き込まれる。
「……二人目」
倒れ伏した男の体から剣を引き抜くと、すぐに反転。
背後から斬りかかってきた最後の男の剣を、ギリギリで受け止めた!
金属の軋む音。力比べになれば、ジークに分がある。
「てめぇが最後だな」
ジークは剣を押し返しながら、肘打ちを男の顎に叩き込んだ。
顎が跳ね上がり、男の体勢が浮く――その一瞬の隙。
「――終いだッ!!」
鋭い踏み込みから放たれた斬撃が、男の胸元を一直線に裂いた。
刃を引き抜き、血を拭う暇もなく辺りを見回す。
……敵の気配は、もうない。
「ふぅ……」
ジークが息を整える横で、レイブンが静かに歩み寄る。
「ありがとうジークやっぱり頼りになるね」
「まぁ主を守るのが俺の仕事だしな」
ジークは鼻で笑いながらも、剣を鞘に収めた。
「今日はもう面倒は勘弁だ、さっさと宿に戻って寝ようぜ」
「賛成、明日はマリクに会いに行こう」
朝日が差し込むと同時、レグニア行きの馬車に揺られる二人の姿があった。
車輪の軋む音に揺られながら、ジークは窓の外を睨むように見つめている。
「眠れなかったの?」
「……あんな襲撃のあとで、のんきに寝られるかよ」
「まあ、そうだよね。僕は逆に、疲れで爆睡しちゃってたけど」
レイブンがあくび混じりに笑う。
夜が明けても、昨夜の出来事は二人の胸に重く残っていた。
あの仮面の男たちの正体。そして、狙い。
クローディアの動きも含め、情報が足りなさすぎる。
「マリクのところで、洗いざらい確認しよう。あいつなら、何か掴んでるかもしれねぇ」
「そうだね。むしろ、掴んでなかったら怒っていいよ」
ジークが笑う。レイブンも笑う。
だが、その目は決して笑ってはいなかった。
――数刻後。
レグニアの市街地。
表通りを一本外れた先にある、古びた石造りの建物。その地下。
薄暗く、湿った空気が立ちこめるその空間に、燻った煙草の匂いと機械油の香りが混じっていた。
「よう、情報屋マリク。起きてるか」
ジークの声に反応して、ソファの陰から一人の男が姿を現した。
緩く結んだ黒髪に、薄汚れたシャツ。
寝癖がついたままの頭を掻きながら、片目だけでこちらを見てくる。
「朝から来るとは聞いてたが……もうちょい寝かせてくれよ、坊っちゃん」
「寝てる暇なんてねぇだろ。昨夜、仮面の連中に襲われた」
「……チッ」
マリクの目が鋭く細まる。
「そいつは……いよいよ、ヤベェな」
レイブンが一歩進み出て、静かに問いかける。
「マリク、クローディアのこと。詳しく教えて。できれば……あの女の“過去”も」
マリクはしばらく黙っていたが、やがて溜め息をつき、煙草に火をつけた。
「……あの女か。名前を出すなら、覚悟しとけよ。あれに関わった連中は、みんな“消えて”んだ。静かにな」
一筋の煙が、地下の薄明かりの中にゆっくりと立ちのぼる。
さて、どこから話そうか……まずは、メルノリーの“現状”から語るべきだな」
マリクはくゆらせた煙草を灰皿に押し付け、静かにレイブンたちを見やった。
「メルノリーの現状……?」
レイブンが眉をひそめる。
「ああ。今、メルノリーはちょっと面倒な内情を抱えててな。政治が真っ二つに割れてる。保守派と改革派――それぞれが対立して、国内はピリピリした空気だ」
「保守派と改革派……?」
ジークが首を傾げる。
「そうだ。保守派は、昔ながらの交易と商業路線を重んじる連中だ。外交を重視して、戦争には関わらず、堅実に外国と協調していこうって考え方。対して改革派は……最近の戦乱をチャンスと見て、武器の輸出や傭兵の派遣で金を稼ごうって勢力さ。いわば“戦争ビジネス”の推進派ってとこだな」
「そんなことが起きていたのか……」
レイブンの顔が曇る。メルノリーは中立と安定を掲げる商業都市国家のはず――その裏で、そんな対立が起きていたとは。
「でも、クローディアとどう繋がる? 彼女が戦争に関わってるのは分かるけど……ただのスパイじゃ説明がつかない」
「それがな、クローディアは“ただのスパイ”じゃねぇ。むしろ、どっぷり裏に染まってる」
マリクは椅子に背を預けると、声を少し潜めて続けた。
「クローディアは元々、保守派の人間だ。だが、改革派に潜り込むために送り込まれた“スパイ”でもある。そして今度はその立場を利用して、改革派の看板を背負ったまま、アルゼノートにまで派遣された。つまり――二重スパイってわけだ」
「つまりどういうことだ? 二重って……どっちの味方なんだよ?」
ジークが頭を抱える。
「ま、そうなるわな。だが、坊ちゃんの方はもう気づいてるんじゃねぇか?」
レイブンは静かに頷いた。
「……ジーク、裏で糸を引いてるのはクローディアじゃない。“保守派の中枢”だ。この状況、保守派にとって都合が良すぎるんだよ」
「都合……?」
マリクは指を鳴らして、壁に貼られた図を指し示した。
「三国同盟。アルゼノート、クベル独立領、そして例のメルノリーが治める領地……この同盟が戦争で勝利した場合、戦後の利権は当然、メルノリーの“改革派”に入る――はずだった。だが、今の構造を見てみろ」
マリクは指で図をなぞるように続ける。
「クローディアは“改革派の顔”として動いてるが、中身は保守派だ。そしてこの同盟が勝てば、利権の分配も“表向きは改革派”、実際には“保守派”に流れるよう仕組まれてる。さらに、彼女が同盟の中心人物ってことにしておけば……戦果はそのまま“保守派の功績”になる」
レイブンが目を細めた。
「つまり、勝てば保守派の政治的地位が圧倒的になる。戦争の成果で改革派を丸ごと取り込んで一掃できるってことだ」
「そういうこった。逆に負けたとしても、“改革派が戦争を煽った”ってことにして失脚させればいい。要は、どっちに転んでも“保守派が勝つ”って仕組みになってるんだよ」
「……どこまでも汚いな」
ジークが吐き捨てるように言う。
「戦争が起こるたびに、誰かが得をする。誰かが仕組む。で、死ぬのは何も知らねぇ兵士と民だ」
マリクは無言で煙草を吸い込み、吐き出した。
「……お前らがどう動くかは知らねぇ。だがクローディアが動いてるってことは、そろそろ“本番”が近い。気をつけろよ。相手はただの政治家でも、ただの女でもねぇ」
「……ああ、分かってる」
レイブンの声が低く響いた。
「僕たちは、彼女の影の中にいる“本当の敵”を見つけなきゃならないんだ」