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風の吹く先

広場を離れ、石畳の細い道を歩く二人。あたりは人通りもまばらになり、聞こえるのは革靴の足音と、遠くの鐘の音だけ。


「……なあ、レイブン」

ジークが不意に声を上げた。


「今日一日中探し回ったけど、クローディアについて話す奴がほとんどいなかったな。そもそも“名前を出すことすら避けてる”感じだった」


「うん。誰もが彼女を“いない人間”として扱ってる。でも、ただの前任者だったなら、ここまで“避ける”必要はない」


レイブンは立ち止まり、背後の広場を一度振り返った。


「……つまり、“触れてはならない過去”だということだ」


ジークが眉をひそめる。


「過去を話すと不利益が生じる、ってことか?」


「そうだとすれば――彼女はいまだに“この国に関係がある”可能性がある」


レイブンの声に、少しだけ緊張が混じる。

「普通、アルゼノートに渡った外交官なら、そのまま“よそ者”扱いされて終わりだ。でも違う。彼女の名は消され、影だけが残ってる」


「……まさか」

ジークが一歩踏み出して、声を潜めた。


「メルノリーからアルゼノートへの……スパイ、ってことか?」


沈黙が落ちる。レイブンは目を伏せたまま、ゆっくりと頷いた。


「そう仮定すれば、すべて辻褄が合う。“なぜ誰も語らないのか”。そして、“なぜ好々爺があの問いを残したのか”」


「それなら、クローディアは“三国同盟”を崩すどころか、操作する立場にあるかもしれない……?」


「――その可能性は、否定できない」


路地の影が深くなる。風が再び吹き、遠くで市の鐘が鳴る。


「この国は、言わない国だ。聞かれたことにしか答えない。なら……次に聞くべきは、“誰がクローディアをここから送り出したのか”だ」


ジークは静かに頷いた。


「なら、俺たちのやることは一つだな。“影”の中にいる奴を、引きずり出す」


「――その先に、彼女の“本当の立ち位置”があるはずだ」





――――――――――――――――――




メルノリーの城その上層階の窓の外には、遠くまで広がる街の灯り。

夕暮れの余韻が空を染め、風がそっとカーテンを揺らしていた。


年老いた男――あの好々爺が、静かに窓辺に立っている。

椅子には腰かけず、手を後ろに組み、ただ黙って街を眺めていた。


「……風向きが変わったのう」


誰にともなく呟いたその声には、わずかな愉快さと、深い警戒が混じっていた。


「追い風じゃ。あの二人の少年には――きっとな」


扉が静かに開く。

入ってきたのは、軍装をまとった若い武官。精鋭の香りを纏った、切れ味の鋭い男だ。


「――“虎将”殿。無断でこの部屋を使われるのは困りますぞ。ここは城の上層、政務官以外の立ち入りは……」


「部外者が入れるような場所じゃない、とな? まったく、お主は昔から律儀じゃのう、」


好々爺は振り返らずに笑った。


武官の男は眉をひそめた。


「……やはり、あなたでしたか。ライア殿」


その名が静かに放たれた瞬間、空気が一変する。

好々爺――否、「虎将」と呼ばれたライアは、ようやく振り返った。


顔に浮かぶのは、街中で見せていたあのとぼけた笑みではなかった。

冷静で、沈着で、それでいてどこか哀しみを含んだ眼差し。


「名前を隠したつもりはなかったさ。むしろ、お主たちが気づかんとは思わなかった。今のメルノリーが“よくも悪くも均されすぎた”証よ」


武官は無言のまま立つ。

敬意と疑念がないまぜになった視線をライアに向けた。


「……ならば、なぜ彼らに関わったのです。あなたの立場であれば、三国同盟を維持することが最優先のはずだ」


「儂はな、もう随分と前に“この国”に愛想を失くしたんじゃよ」


ライアは窓辺に戻り、再び街を見下ろす。


「いずれにせよ此度の三国同盟は宰相率いる改革派が目論んだこと儂らではない。だから、追い風を与えたまでよ」


武官の目が細められる。


「……彼らを利用するおつもりですか」


「いや、利用できるほど若くも賢くもない。ただ――見ておるだけじゃ。あの風が、どこへ吹き抜けていくのかをな、もしかしたら嵐を呼ぶかもしれんの、」


再び、部屋を吹き抜ける風。

街のざわめきが遠く響く中、ライアの姿はもう、ただの“好々爺”ではなかった。


それは、戦乱の影を見つめてきた一人の歴戦の将の、静かな観察者の姿だった。


今回虎将ライアが登場しました。この名前はアルゼノートの三国同盟会議の時にちらっと出てきた名前です覚えていた人は「おっ!」となってくれていると嬉しいです!

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