〈9話〉共同生活
ロアとの共同生活が始まって数日、俺は完全にロアのお世話係になっていた。
リーシェがいる時には早起きだったロアだが、二人になってからは朝起きてこなくなり、俺は早くに起きてランニングをこなした後で風呂を沸かしてからロアを起こしに行く。
三度目のモーニングコールでようやく起きたロアは風呂へ向かい、その間に俺は朝食の準備をする。
朝食を済ませたら掃除と洗濯を行い、それからロアとの稽古が始まる。
稽古内容は単純で、ロアとのタイマンだった。
身体が動かなくなるまでボコボコにされ続け、ロアの休憩しながら俺に治癒魔術をかけ、俺の回復が終わり次第またそれの繰り返しで一日が過ぎた。
夜は夕食を食べたあとで、疲労を労う間もなく魔術についての勉強をした。ロアは俺に大まかな魔術の基礎を教えると就寝し、俺は日付が変わる頃に死んだように眠った。
その間、もちもちはひたすらに食べて走って寝ていた。時には俺の稽古に遊び感覚で混ざったり、勉強する俺の膝の上で形態を変化させていたりもした。
もちもちの体は自由自在に形を変えることができるようで、雪玉みたいになったり豆腐みたいになったり、薄い紙みたいになったりした。
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「お前、なんでそんなに頑張ってんの?」
過酷な日々が一週間ほど続いていたある日の夜、勉強前に筋トレを挟んでいた俺にロアはそう聞いた。
「珍しいじゃないですか、ロアさんから話しかけてくれるなんて」
ロアはこの一週間、ほとんど俺と雑談をしていない。
リーシェからの命令だから仕方なく、という感じで稽古と魔術の勉強は手伝ってくれていたが、それ以外では風呂を沸かせだの茶を入れろだの、そういった類の事でしか口を開かなかった。
「うるさい、純粋に気になっただけ。この一週間お前を見てて、魔力も扱えないわけじゃないけど2年鍛えても一般人程度にしかならないだろうし、筋力だって元が良いだけで、これから世界を巡れるようにするにはまだまだ足りない」
ロアはリビングのソファで、1週間を通して仲良くなったもちもちを撫でながら続けた。
「人間の寿命は魔族と違って短い。魔族にとっての2年ならなんてことない数字なんだろうけど、私たち人間にとって、2年間先がどうなるのかも分からない環境の中でお前みたいに毎日馬鹿みたいに動き回れる奴はそう居ない」
出会ってから1番長く言葉を発したであろうロアは今までのように俺を皮肉るような顔ではなかった。
「そりゃ辛いですけど、俺がこの世界で弱いからこそ、先が見えない環境だからこそ、早く強くなろうって思えて行動できてるんだと思います」
事実を話した。正直、2年間この生活が続くのは俺としても非常に気が滅入ることではある。でも、それで少しでも先の状況が好転するのであれば弱音を吐いている暇は無い。
「俺、助けたい人がいるんです。1度はもう無理だと諦めていた人が居たんです。でもこの世界に来てから、その人がまだ生きていると知りました。だから、今度こそその人を救えるように今は強くなる必要があります」
「アサギリって名前の人の事?」
「ロアさんも知ってるんですね」
「ザリアの城から逃げた先の洞窟でお前とリーシェ様が話しているのを聞いてたから、そうなんかなって思っただけ」
「本名は朝霧ユキで、前の世界で俺が1番仲の良かった人なんです。でもユキは、俺が高校に上がる前に会えなくなって、しばらくして死んだと聞かされました」
高校という単語が理解出来ているのか分からないが、ロアは特に説明を求めなかった。
「でも実は生きてて、そのヒントがこの世界にあるって事?」
「はい。神とリーシェ様からはそう聞いてます」
「なんか、不思議な話だね」
実際、あの二人がどこまで本当の事を言っているのかは俺には分からない。
もしかしたら既に朝霧ユキは死んでいて、でも俺を動かすためにその名前を利用しているだけかもしれない。
「不思議で意味不明で、でも、生きてるって可能性が少しでもあるなら、俺は探しますよ」
「愛だね」
「過去への贖罪です」
もちもちがロアの元を離れ俺の所に駆け寄り頭の上に乗った。それをロアは羨ましそうに目で追い、その後で俺の事を睨んだ。
「それに、さっき俺が馬鹿みたいって言ってましたけど、ロアさんだってそんな時期があったんじゃないですか?」
そう聞くとロアは俺とかち合った視線を逸らしてバツが悪そうに紅茶を飲んで黙秘した。
ロアは俺と同じ普通の人間だった。歳は20と俺より3つ下で、それでいて案外普通の女性だった。甘いものが好きで紅茶とお菓子をよく嗜み、一日に多くて3回は風呂に入ることと口の悪さを除けば大学生と何ら変わりはないように思える。
しかし戦闘力に関して言えば、ロアはそれはもうとてつもないほどに強かった。俺が弱すぎるという状況を加味しても、20年生きていた中で普通に身につく力でない事は確かだ。魔王であるリーシェの側近の従者であるのもおかしい。
歴史の勉強をしていてわかったことだが、人間はローバルで生活しながら勇者軍を支援し、魔族と関係を持つことは基本的に無いとされていた。それほどにこの世界の戦争は人間と魔族の間に亀裂を走らせていた。
それなのに若い人間の身で魔王の側近となってる彼女にはそれなりの事情と物語があるのだろう。
「ロアさんは、歳と能力が比例していないように見えます。格闘術も魔術も、どれも本で学んだ一般人のそれとはかけ離れてる。今の俺と同じようにどこかで力をつける期間があったはずです」
無言のロアに対してもう一度声をかけると次はブツブツとキレの悪い返事を返した。
「別に、そんな時期、なかった」
話したく無いのであればそれで良い。俺の過去だって好んで話したいとは思わない。
「まあとにかく、ロアさんにはすごく感謝してます。毎日稽古をつけてくれているおかげで俺も日々学ぶことが多いです。ありがとうございます」
そう言って筋トレの汗を拭き取り、風呂に入ろうとリビングを離れようとした時、ロアが口を開いた。
「私は元々、名家の生まれなの。リアスタールの名はローバルでは知らない人がいないぐらいにね」
少しでも俺に気を許してくれたのかは分からないが、ロアは自分の過去を俺に話してくれる気になったようだ。
「名家で有名って、すごいじゃないですか」
「名誉なことなら良かったんだけど、あいにくリアスタールの名は悪い意味で有名なの」
そう語るロアの目元には暗い影が浮かんでいた。
ロア・リアスタール。
彼女は王に使える身でありながら唯一人間に敵対して惨殺された一族の生き残りだった。
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