〈15話〉改造召喚師 ルアンリクス
「お前のクソみたいな呪縛はもう解いた。残念だったなオカマ野郎」
「オカマ?何を言っているか分からないねえ。人間の使う言葉は稚拙で汚らわしく、美しくないから嫌いだよ」
櫛で前髪を整えながら男はそう言った。
「それに、嘘をつくのも良くない。貴様のような劣等種が僕の持つ剣の呪縛を解呪できるわけが無いだろう?」
高身長で細身の体型に似合う白のタキシードを羽織ったその男が俺を見る顔には、明らかに嫌悪の感情が張り付いている。
「誰だよお前」
「はあ、これだから人間は」
「あ?」
オカマ野郎は俺の質問を無視してため息をついて言った。
「まず下等な種族の貴様が名乗れ」
「は?まあいいよ、俺は、」
「いや!やっぱり僕から名乗ろう。魔族の慈悲にひれ伏せ人間」
なんなんだこいつ。
異常なほどの差別主義者なのか?
「僕はルアンリクス!ザリア軍第三部隊長であり、貴様ら人間に制裁を下す者だ!」
両手を広げ空を仰ぎ見ながら『ルアンリクス』と名乗った男の体から魔力が溢れ出た。
威圧しているのだろう。
そしてロアの言っていた通り、やはりザリアの仲間だった。
来たのが魔王本人でなくて良かった。しかしそれならどうやってここの結界を破ったのだろう。
「俺はアキ。こいつがもちもち」
俺の名前を聞きルアンリクスは表情を変えた。
「お前がアキだと?聞いてる情報と見た目が違うな。もっと非力な人間の印象だったが」
ルアンリクスは大袈裟に思考する素振りを見せ、俺ともちもちを交互に見てどこか納得したように頷いた。
「まあ良い、やっと見つけたぞスズキアキ!」
「俺のことはザリアから聞いたのか?」
「いや違う。貴様の監視を任されていた牢番を買収して情報を聞き出した」
「俺の事はまだ公になっていないのか?」
「貴様が脱走した日、騒ぎを聞きつけて多くの兵が動いただろ?流石にザリア様も貴様の存在を隠せなかったが、容姿などは公表しなかったし、探すことも禁止した」
「じゃあなんでお前は俺を探してたんだよ」
「僕は貴様のような下劣な人間を誰よりも早く見つけて、裁きを下したいだけだァ!」
こいつ、やばそうだ。頭が。
「なんでこの場所が分かったんだ?どうやって結界を破った?」
「いっぺんに質問してくるなよ下等種族。まあ、僕は慈悲深いからね、一つ一つ答えてあげよう。一つ目はね、こいつのおかげだよ」
ルアンリクスは手元に出した魔法陣から1匹の魔獣を召喚した。
「マリガーか!」
数日前にロアの部屋に置かれていたマリガー石像と同じ大きさのマリガーがルアンリクスの横で羽ばたいていた。
「こいつは元々魔力も貧弱で使い物にならないが、僕が手を加えれば探知機の役割ぐらいこなせる様になる」
本来、マリガーは自身を石化する能力など持っていない。おそらくそれもこのオカマ野郎がいじくったのだろう。
マリガーは自分でログハウスに入って情報を集め、見つかる前に石像に化けて、埋められた後で自分で土から出てルアンリクスの元へ帰ったのだ。
それに、先程の異質なオークもルアンリクスの使い魔であるとすれば、
「お前、改造召喚術師だな」
この世界には、魔獣を使役する使い魔の中に、使役した魔獣に改造を施し変異体を作り出す悪質な術師が存在する。
おそらく彼もその類の術師なのだろう。
「あのオークは元々、東の荒地に生息するムグルドという土地でオークの長を務めていたんだがね、あの豚と来たら、ハハッ!」
ルアンリクスは腹を抱えながらげらげらと汚い声で笑った。
「力が欲しいと言うから、ハッ!僕の魔術を使ってやったのに、ハハッ!不可に耐えられなくてあんな様になりやがった!ハハッハッ!」
明らかに異常者だ。
「あのオークの魔力は実に気持ち悪かっただろう?色々な魔獣を体内に埋め込んだからな!」
魔力の違和感はそれだったのか。
「次は、ええと、結界の破り方だっかな?」
「そうだ」
「それは簡単だよ。僕の保有する改造使い魔を数体同時に結界にぶち当てて、命と引き換えに結界の魔力障壁より強い魔力を用いて穴を開けてもらったのさ」
どこまで行っても救えない奴だ。
自分の事が大好きで仕方がないのだろう。ずっと前髪を気にしていたり、いちいちポージングにこだわったりしている素振り全てが癪に障る。
幸い、べらべらと話を続けてくれているおかげで時間はかなり稼いだ。
このまま戦闘を避けてリーシェが来るまで持ちこたえようと思ったが、そう上手くは進まないのがこの世の理だ。
ルアンリクスはひとしきり笑った後、急に顔面を素面に戻し俺を睨んだ。
「制裁には苦痛が伴う。小便漏らして泣くなよ?」
ルアンリクスが魔殻を纏った。
戦闘開始の合図だ。
地下室を出る前に既に魔殻を纏っている俺は、全速力でルアンリクスめがけて突っ走った。
俺の今回の目標は耐えだ。
なのに何故全速力で前に突っ走ったのか、理由は単純だ。
主導権の確保。
その一点に全てを注ぐ。
どうせ相手の攻撃を見てそれに対処するなんてこと、ロアを除いて初の対人戦となる俺に出来るわけがない。
相手も俺を殺せないようだし、初手で俺が動けば反撃せずに様子を見てくるだろう。
それに何より、、
「お前、肉弾戦タイプじゃないだろ!」
召喚系の術師は、使い魔の召喚に大きくリソースを使うため近接戦闘に弱い事は本で学んでいる。
「ナメるなよ人間!」
ルアンリクスはすかさず魔法陣を空中に展開しようと構えた。
「もちもち、俺の魔力を吸って閃光を放てるか?」
「んま!」
他者から魔力を吸い取る魔術は、俺には出来なかったがロアが何度も嫌がらせで俺に使っていたため、もちもちも扱えるようになっている。
俺が魔力装置で、もちもちが魔水晶の役割を果たせば良い。
「んまー!」
直後、俺から魔力を吸いながらもちもちがとてつもない光をルアンリクスに向けて放った。
俺の放っていた閃光とは段違いの光がルアンリクスの視界を奪う。
「うわああああ!貴様!」
“最初は相手の視界を奪え”
ロアが教えてくれたことだ。
“そして敵の背後に回り込む”
大丈夫。さっきも実践して見せてくれた。
本来であれば、次は相手の機動力を奪う。
しかし、ルアンリクスは地上ではなく、蝶の羽で宙に浮いている。
“浮いている敵は投擲系で攻めるか、、それが無理なら”
何としても地面にたたき落とす!
足に魔力を集め、勢いよく地面を蹴ってルアンリクスの元まで跳躍する。
なんとかルアンリクスの背後に迫り、後頭部をぶん殴ろうとしたその時。
ルアンリクスが振り返り、拳に魔力を集めたせいで完全に無防備になっていた俺の腹を、その長い足で蹴り飛ばした。
高いヒールの靴を履いた足から繰り出された蹴りは内蔵の奥まで悲鳴を上げさせ、そのまま地面に叩き落とされた。
ずっと肩にしがみついていたもちもちも、地面へぶつかった衝撃でころころと転がってしまう。
「ハハッ!視力を奪えば居場所が分からないとでも思ったのか劣等種!」
ルアンリクスは地面に這いつくばる俺を見ながら笑った。
「僕は視力の限界など、とうの昔に超越した身だ。君はバガラガを知っているかい?」
バガラガ。
光の届かない深海で生活する水魔獣。
バガラガは視力ではなく、肌の感覚で空間を把握する。
オカマ野郎、自分の身体までいじってんのか。
「僕の所まで迫ったのは褒めてあげるよ。でも、ここからは僕の番だ」
ルアンリクスは再び魔法陣を展開し、全長十メートルほどの大きな蛸のような魔獣を召喚した。
「こいつは相手を捕獲して制裁を下す時にもってこいの奴なんだ。水魔獣繋がりだしね、演出は大事にしないとね」
召喚された水魔獣、名前は確かオルダゴン。
こいつも改造を施されているのか、本で見た姿とは様子が違っていた。
色が変色して皮膚が爛れている。触手も普通より多い。
「さあ、裁きの時だ」
オルダゴンの長くて太い触手に腕を絡み取られ宙ずりにされた俺を見て、ルアンリクスは目を細めて静かに感情を燃やした。




