〈14話〉呪縛
ロアの肺を確実に貫いた剣は、後方から轟速で投げ込まれたものだった。
ロアからの指示を無視して階段を駆け上がり、すぐに家の扉を開けてロアの元まで走る。
オークの頭からずり落ち、紫色の血溜まりの中に横たわるロアを抱き上げ名前を呼ぶ。
「ロアさん!」
「ァ、キッ」
ロアにはまだ意識があった。
しかし、おそらく肺が負傷していて上手く呼吸が出来ていない。
すぐに手当をしないと助からない。
ロアを両手で抱えた状態で足に魔力を集中させ、一気にログハウスまで戻った。
もちもちはその間、俺の肩にしがみつきながらロアに治癒を施していた。
地下室に入り施錠してから魔水晶で外を確認するが、敵の姿は見えなかった。
ロアが着ているスーツライクのジャケットを脱がしてからシャツをナイフで切り裂き、胸にある傷口を確認する。右の胸の内側付近に、細い剣で貫かれた傷が痛々しくその存在を主張している。
「もちもち、ロアさんに治癒を!」
「んま!んま!」
もちもちは必死でロアに治癒を施したが、回復の兆候がなかった。
何故だ。
傷が深すぎる?
それでも多少は回復するはずだ。
あの剣に何か仕掛けられていた?
魔水晶で落ちている剣をよく見ると、剣には黒色の魔力が充満していた。
あれは呪縛の類だ。
以前、本で読んだことがある。
呪縛の籠った武器は、相手に何かしらのデバフを与える力がある。
ロアを貫いたあの剣には、おそらく傷口の治癒無効化といった呪縛効果があるのだろう。
傷口をよく見ると、そこには呪縛剣と似たような黒い魔力がこびりついていた。
呪縛に対処する手段は二つ。治癒魔術の上位である解呪魔術による正統解呪か、呪縛武器の破壊による強制解呪だ。
「ロアさん、少しだけ耐えていてください。あの武器ぶっ壊してきます」
ロアは声を発しない代わりに、俺の服を力なく掴んだ。
「大丈夫です。信じて」
誰にでもわかる虚勢だったが、それでも笑顔でそう言った。
絶望の中で笑える特技は、子供の頃にユキと一緒に身につけている。
服を掴んだロアの手をそっと握り、せめてもの助けになればと少し自分の魔力をロアに流した。
その時、肺にある傷口が少し塞がった。
「え、なんで、、呪縛の類じゃないのか?」
俺が魔力を流すのを辞めると傷がまた開き、ロアが苦しそうに音のない声を漏らす。
それに気づき、もう一度魔力を流し込む。
「よく分かんないけど、とりあえずあの剣はぶっ壊してくるから、もちもち、ここは一旦頼んだぞ」
「んまんま!」
「なんだ、何かくれるのか?ってお前治癒辞めんなよ!」
もちもちは治癒を一度解除してから俺のポケットにビー玉ほどの白い球体を入れた。
もちもちが治癒を辞めた一瞬、ロアの傷口が再び開いた。
その様子を見て、一つの推測が脳内に生まれた。
「もしかして、俺の魔力を使ってお前が治癒をかければ、解呪もできるんじゃないか?」
「んま?」
治癒魔術は、術師の魔力と治癒対象者の魔力を両方用いる魔術だ。
もちもちの治癒は厳密には魔術では無いらしいが、それと酷似した性質を持つのであれば、俺の考えにも可能性がある。
俺がロアの体内に流した魔力と、もちもちの治癒が融合して、何らかの変化を起こしている。
ロアともちもち
ロアと俺
この二つのパターンでは傷は塞がらなかったが、
『俺ともちもち』の時に傷は少し塞がった。
「もちもち、ちょっといいか。そのまま治癒続けててくれ」
「んま!」
俺はロアに魔力を流すのを辞め、もちもちの頭に手を乗せて、もちもちに向かって魔力を流した。
「ん、んまんまんまんま!」
俺の推測は当たっていた。
理由は分からないが、もちもちが俺の魔力を受け取り、その魔力で治癒を行うと、貫かれていた胸の傷が直ぐに塞がった。
「なんか分かんないけどとりあえず解呪できたぞ!」
「んまっ!んまっ!」
「ちょっと、騒が、ないで、、」
もちもちの手を掴みぶんぶんしていると、ロアが口を開いた。
「ロアさん!大丈夫じゃないと思いますけど大丈夫ですか?」
解呪に成功して傷も塞がり、一命は取り留めたが、未だに体へのダメージは残っているらしく、苦しそうな表情を浮かべている。
「ごめん。私が、迂闊だっ、た」
「そんなことないです。そもそもロアさんが居なかったら、あのオークにも勝ててないでしょうから」
「まだ、敵がいる。あれは、ザリア、の、手下」
ザリアの手下?
まさか、ザリアがこの場所を特定したのか。
「大丈夫です。俺が行きます」
動揺は隠し、冷静を繕う。
「勝てるわけ、ない」
「時間ぐらいは稼げます」
敵の姿はまだ見えていない。
俺たちの出方を見ているのだろう。
しかし、このまま全員で地下室にこもっていても、敵がここに攻めてきたらいよいよ隠れる場所が無くなってしまう。
「結界が破られたら、リーシェ様に伝わるんですよね?」
「そう、だけど、、来て、くれるかは、」
「絶対来ますよ。だって、ここにはロアさんがいるんだから」
リーシェは絶対駆けつけてくれる。
そんなことは普段のリーシェとロアの様子を見ていればわかる。
ロアがリーシェのことを心から好きなように、リーシェもロアの事を普段から気にかけていた。
「行ってきます。治癒瓶もここに置いておくので、何とか耐えてください」
ロアはそれでも俺を引き止めようとしてきたが、立てないほどに摩耗した体力では、それも叶わない。
「んまんま!」
「お前はここにいて欲しいんだけど」
「んま!」
「わかった。一緒に行こうぜ相棒」
もちもちを肩に乗せ、地下室を出る。
外は既に日が落ち、夜の闇が緊迫感を上昇させる。
「出てこいよカス野郎!ぶっ殺してやる!」
威勢よく叫んでみたが、声は震えていた。
森の奥の木々がざわめくのを感じ身構えていると、森の奥から人影がゆっくりと姿を現す。
「あの女は死んだのかい?まあ僕の使い魔を殺したわけだし、おあいこ様だね」
背中に大きな蝶の羽を生やし、長くストレートに流れる金髪を靡かせながら森から出てきたその『男』は、口元に下卑た笑みを浮かべていた。




