〈13話〉襲撃者
「あれ、ここに埋めておいたはずのマリガー石像が無い」
「は?ふざけたこと言わないでよ」
マリガー事件から4日後の昼、ロアとのタイマン中に俺は埋めておいたはずの石像が掘り返されていることに気がついた。
もともと埋めておいた場所の土が盛り上がり、辺りに土が散乱している。
「ここに埋めてたんですよ。なあ、もちもち?」
「んまんま!」
「じゃあなんで無いわけ?」
「いやー、そんなこと聞かれてもちょっと、、」
知らないものはどうしようもない。
明らかに不審ではあったが、俺には手の打ちようがなかった。
「魔獣が掘り返したんじゃないですか?ほら、弱い魔獣は結界に反応しないじゃないですか」
「確かにここの結界は魔力量によって侵入者に対する反応が違うから、弱い魔獣は普通に入ってくることもあるけど、なんで魔獣が石像を掘り返すんだよ」
「なんででしょうねえ」
「んだその反応は!」
適当に返していると、ロアが急に振り向いて俺の顔面めがけて拳を繰り出した。
すかさず体をねじり攻撃を避け、次にくる左足での蹴りを腕の甲で受け止める。
魔殻があると体術の幅が大きく拡がった。これまでは避けるしか出来なかった攻撃も、魔殻によって受け止めることが出来る。
「避けんな!ガードすんな!」
「無理ですって!」
石像のことを思い出したロアの機嫌が悪くなり、タイマンがさらに過酷になるだろうと覚悟する。
こんな時にリーシェが来てくれれば良いのにと思った。
リーシェは月に一度程ログハウスに様子に見に来てくれていて、世界で起こっていることを教えてくれたり、美味しい食料を持ってきてくれたりした。
リーシェが来るとロアはいかにも従者のような立ち振る舞いに変わり、一度は多重人格を疑った。
「そう、いえばっ!リーシェ様に、石像のこと、聞けばっ、何か、わかるか、もですね!」
ロアとのタイマン中に普通に話すことなどできるわけもなく、息を切らしながら話しかけた。
「あ?そりゃそうだろっ!リーシェ様のことナメんなよっ!ぶち殺すぞ!」
「えちょっと、それやばい!」
ロアは右の拳に魔力を集中させ、俺の腹に会心の一撃をねじ込んだ。
ロアの攻撃によって魔殻が砕け、二十メートル後方までぶっ飛んだ。
「う、ゔぉえ」
「待ってごめんやり過ぎた」
地面に伏して無様に腹を抱える俺を見てさすがにロアも怒りを収めた。
「んまんま!」
ロアが駆け寄るより早く、もちもちが俺の元へ来て治癒を施してくれる。
「あ、ありが、とう、、、」
「ほんとにごめんって。まあでも、実際の敵はこうやって、魔力を一箇所に集めて攻撃してくるから、その分魔殻も状況に応じて部分的に厚くしないとダメだよ」
治癒魔術を施しながら気まずそうに言い訳をするロアの話を聞いて、確かに今のは俺の対処が甘かったなと反省する。
「ありがとうございます、俺の不注意なんで気にしないでください」
「今日はもう休みにしよ。明日は森の深くまで入る予定だし」
ロアの提案で今日の稽古は控えることにした。
といっても、室内に入ったあとは一度風呂で汗を流し、その後自室で魔術書を読むので休みというわけでは無い。
日が暮れ始め、そろそろご飯を作ろうと席から立ち上がり背伸びをした時、机の上で大福のような形で眠っていたもちもちの頭の上に突如変な触角が生えて、左右に揺れた。
「ん、んま!んま!」
もちもちが起き上がり何かを訴えていた。
「なんだお前。それ、アンテナみたいだな、なんか受信したのか?」
冗談を含みながらそう聞いた瞬間、外で爆音が轟いた。
「ロアさん!なんですか今の音は!」
「アキ!ちゃんと生きてる!?」
もちもちと共に急いで一階に降りると、ロアは既に巨大な斧を取り出し魔殻を纏っていた。
「結界が壊された。今、近くに何かが来てる」
ロアの表情には焦りが浮かんでいる。
「結果ってそう簡単に壊れるものなんですか?」
「リーシェ様の結界は強力なはずだけど、実際破られた。つまり、結界破り専門の術士か、もしくは魔王が来てる可能性がある。気を引き締めろ」
前者の脅威は不明だが、魔王が来ているのだとすれば状況は最悪ということになる。
「どうしますか?逃げるか戦うか」
「アキはもちもちと一緒に地下室で待ってて」
ロアはそう言うと単独で玄関から飛び出した。もちもちと一緒にカーテンの隙間から外を見ると、そこには巨大な魔獣、いや、魔族が立っていた。
顔は豚のような見た目をしているが、頭には二本の羊の角が生えている。
全長は十五メートル以上はあるだろう。
おじさんのボテ腹のような腹部を携えているが、足や腕の筋肉の筋肉は本物で、その体からどこか違和感のある魔力を放っていた。
魔族の周りの木々がなぎ倒されて、足元の地面はその重量によって深く足跡を残している。
「あの見た目に近いのは、確かオークだよな。でも、本で見たオークの群れの頭には角なんて無かったし、そもそもあいつはデカすぎる。それに、武器がハンマーって」
巨大なオークはその体に相応しい、いかついハンマーを肩に担いでいた。
「んまんま!」
もちもちも違和感を感じているようだった。
何よりやばいのは、あの魔族の明らかな異常性だ不格好な目は充血し今にも破裂しそうなほど飛び出ていて、口からはヨダレがだらだらと際限なく溢れていた。
事情は分からないが、とにかくまずはあのオークを対処しなければならない。
ロアに引っ込んでろと言われた以上、勝手に外に出るわけにもいかない。
緊急時のためにと教えられていた地下室に入り、何か役立ちそうなものを探した。
体感にして5分程だろうか。
外からオークが振るっているであろうハンマーの音が何度か響き大地を揺らした。
地下室に置かれている魔力装置を起動して室内の明かりをつけ後、装置を魔水晶に繋ぐ。
魔水晶とは、親の魔水晶に魔力を流すことで、事前に設置しておいた子の魔水晶と繋がって特定の景色を映し出す魔道具で、いわば防犯カメラの役割を果たす。
子の魔水晶は、起動すると声の指示に従って浮遊することで、視点の移動を可能にする優れ物だ。
外にある子の魔水晶から戦況を見て、思わずその光景に見入った。
ロアは、その華奢な体とは裏腹に、魔力で肉体を強化して巨大な斧をまるで体の一部の様に扱っていた。
オークが振り下ろすハンマーより速く、ロアは斧で腹の肉を削る。オークの魔殻も相当に強力のはずだが、ロアの攻撃がそれを上回っている。
サブで使っているサバイバルナイフを二本取り出してオークの目に投げ飛ばし視界を奪った。
オークの視力が回復する前に正面から裏に回んで膝裏に斧を叩き込み、体勢が崩れたその隙に跳躍して肩から右腕を切断した。
いや、強いのは知ってたけど、まじで強いじゃん。
森での戦闘から帰還しても疲れを全く見せていなかった理由がわかった。
この森の中にロアと互角にやり合えるものなどいないのかもしれない。
視力に加え片腕と膝の自由を失ったオークはその巨体を地面に横たえた。
「お前、誰の使い?」
オークの頭に飛び乗りその上で斧を突き立てるロアの白い髪には、オークから流れた汚い紫の血が飛び散っている。
「お、オレは、ムグルドのお、長。それが、ホシイ。おま、お前の、オマエのような、全然だ、ダメだ。ガキに、まけな、、やだ、やめ、てく。まけ」
「壊れてるな。もう良いよ。おやすみ」
ロアは意味のわからないことを話すオークの頭に斧を振り下ろし、大量の血と共にオークは完全に生命活動を止めた。
「おい、見てるかアキ!もう終わったから出てきて良いぞ!」
子の魔水晶の方に向かって叫びながら手を振るロアは、美しくも残酷だった。
「あ?なんだこれ、このオーク、まさか」
ロアが何かに気が付き、オークの額に視線を落とした時だ。
「んまんまんま!」
何かを訴えるもちもちの方を見て気づく。
もちもちに生えている触角が、まだ左右に揺れていた。
その触角が襲撃に反応しているならば、もう引っ込んでも良いはずだ。
またすぐに魔水晶に目を向けて、叫んだ。
「ロアさん!後ろ!」
親の魔水晶から声を子の魔水晶に届けることはできない。あるいは、届けられたとしても間に合わなかっただろう。
後方から飛んできた剣に、ロアが貫かれた。




