不死身の騎士と死霊術師(中編)
「――ラック、かわいそうにね。今、解放してあげるわ」
近衛騎士であるこの俺、ラック=ベルシと対峙する死霊術師の老婆オーディはそんなことを宣わった。
が、俺にとっては全く意味不明な言動だ。
「あんだ、そりゃあ? ……お前に憐れまれる筋合いはねぇよ!」
俺はそう叫び返しながら、ゾンビを二体まとめて斬り捨てた。
それからは死闘だった。
いつもの俺なら、バッサバッサとゾンビ共を斬り伏せていくところだが、今回はゾンビ共の質が高い。加えて、中に手練れの剣士が紛れていやがる。
ゾンビ共の雑多な攻撃に紛れて、時折俺の命に届きかねない鋭い剣閃が襲ってくる。
何体かのゾンビを斬り伏せた後、それを放つ者の正体が掴めてきた。
隻腕の老剣士。その剣筋は、正当な剣技を修めてきた騎士のものと遜色ない。
何度か切り結んだ結果、俺は彼がゾンビではないと確信した。
……この聖剣で斬りつけても、ゾンビと違って塵にならなかったからな。
「じいさん、片腕でよくやるな! 死霊術師の手先なんかやめて、この国に仕えないか?」
俺がそう言うと、その老剣士は呵呵と笑った。
「ワッハッハ! 片腕はあなたに斬り飛ばされてしまいましたからな! お誘いについては、否とお答えしておきましょう」
「俺に……? おいおい、冗談にしては笑えねぇぜ。じいさんと俺は初対面だろう?」
俺のその言葉に対して、老剣士はフッと寂しげな笑みを見せた。
「――では、そういうことにしておきましょう」
そう言った後、老剣士はすっと右手に持った剣で天頂を指し示した。
すると、ゾンビ共も俺から離れて動きを止める。
……何のつもりだ?
それから老剣士が言ったことは、俺にとって予想外であり、願ってもない申し出だった。
「あなたと、一対一で戦いたい」
そう。老剣士は俺に決闘を挑んできたのだ。
「……そりゃあ、俺にとっちゃありがたいが、いいのかい?」
俺の問いに対して、老剣士が頷く一方で、死霊術師の老婆は明らかに狼狽していた。
……こいつら、打合せとかしてなかったのかよ?
「パール! 話が違うじゃない!」
「すいません、オーディ様。……ですが、私も決着を付けたいのです」
二人は大声で議論をしていたが、結局はオーディが折れた。
「……くっ! 仕方ないわね……。でも、不利になったら手助けさせてもらうわよ!」
「それで結構」
どうやら話はついたらしい。
ぶっちゃけ、老剣士の提案は渡りに船だ。
さっきまでみたいに、ゾンビ達の陰からチクチクとやられる方が、万一がありそうで怖かった。
「……参ります!」
「悪いが、手加減はできないぜ!」
「無論! 気兼ねは不要!」
老剣士は強かった。
剣技だけなら俺と互角だっただろう。
だが、俺には無尽蔵にも思える体力がある。
戦いは徐々に、俺の優位に傾いていった。
――カィィンッ!
俺の聖剣の一振りを受けきれず、老剣士の右手から剣が離れ、くるくると空中を舞った。
そのときにはもう、老剣士はぜいぜいと肩で荒い呼吸をし、息も絶え絶えな状態だった。
「パール!」
死霊術師の悲痛な叫び声が聴こえた。
「あばよ」
だが、俺は敵に掛ける慈悲なんざ持ち合わせちゃいない。
俺は素早く聖剣を袈裟懸けに振り、老剣士に止めを刺そうとした。
そのときだった。
老剣士が、ずっと服の袖に隠したままだった左腕を高く掲げた。
――このときまで、俺は気づかなかった。
肘から先が失われた老剣士の左腕の断面に、分厚い鉄製の防具が仕込まれていたことに。
――パキィィンッ‼
それは、俺の愛用する聖剣が半ばから折れてしまった音だった。
――なんてことだ。
……これじゃあ、陛下に顔向けができない。
そんな思いが胸を過ってしまったからだろう。
俺はほんの一瞬、呆けてしまっていた。
そして老剣士は、そんな俺の明らかな隙を見逃すような凡夫ではなかった。
「うおぉぉぉっ‼」
老剣士は折れた聖剣の切っ先に顔面を傷つけられながらも、怯みもせずに俺に全身で体当たりを仕掛けて来る。
俺はそれを真正面からまともに食らってしまった。
老剣士に突き飛ばされ、俺は地面に仰向けに転がった。
「オーディ様、後はお願いします……」
老剣士はそう言うとドサッと地面に倒れ込んだ。
その胸には折れた聖剣が突き立っている。
俺が老剣士に体当たりを受けたとき、咄嗟に突き刺したのだ。
「……パール、あなたの犠牲を無駄にはしないわ」
死霊術師オーディの声が、いつもよりずっと近くで聴こえた。
いよいよ勝負を懸けてきたのだろう。
……ひょっとしたら、ここまでが彼らの筋書きだったのかもしれない。
俺は待機していたゾンビ共に両手両足を拘束されて、すっかり身動きが取れなくなってしまった。
いつもなら、たとえ聖剣が手元になくても、数体のゾンビごときに遅れは取らないのだが、ゾンビの質が高いことと、パールとの死闘でダメージを負っていたことが俺に不利に働いた。
……やべぇな。万事休すか。
「……おい、やめろ。こっちに来るな」
俺の制止の言葉を聞きもせず、オーディがゆっくりと歩み寄って来る。
……ああ、俺はこのまま為す術なく、彼女の手に掛かってゾンビにされてしまうのか――
そういえば、彼女の顔をこんなに間近で見るのは初めてのことだ。
意外にも、目鼻立ちの整った綺麗な容貌をしている。
若い頃はきっと美人だっただろう。
よくよく見れば、薄く化粧までしていやがる。
結構な齢だろうに。それでも女ってことか?
――ズキンッ!
……クソッ。また頭痛だ。いったい、何だって言うんだ……
オーディが俺の顔に片手を伸ばし、頬に触れてきた。彼女の温かな体温を感じる。
「やっと、あんたに手が届いた……」
オーディは感極まった様子でそう言った。
敵同士とはいえ、思えば長い付き合いだからな。俺には理解できないが、何かしら感じ入るところがあるらしい。
……まだ、もう少し……時間を稼がなければ……
「……ババアの癖に案外、美人なんだな」
俺が不意にそんな言葉を口にすると、オーディは目を丸くした。
「……驚いたわ。まさか今頃になって口説かれるなんて。――どうせなら、オーディって呼んでくれる?」
彼女も満更でもないらしい。
俺は運気が巡ってきたのを感じ、内心でほくそ笑んだ。
オーディは何かを確かめるかのように、俺の両手両足を含む全身の数箇所に手を触れる。
「オーディ、あんたはいったい何者なんだ?」
俺が訊ねると、彼女は手を止めて俺を見る。その顔に柔らかな微笑を湛えて。
「今さら私に興味が出てきた?」
「純粋な疑問さ」
何かを期待するようなオーディの問いに、俺は誤解の余地のない答えを返す。
「だってなあ、別に西門からじゃなくたって城には入れるだろう? なのに、他の門にあんたが現れたって話は聞いたことがない」
それは事実だった。
西門以外の門に死霊術師が現れたなどという話は、少なくとも俺は一度も聞いたことがない。
それなのに、彼女は俺の科白を聞いて、なぜか表情を曇らせるのだった。
「――あんたがそういう話をしたのって、いつ、誰となんだい?」
それは奇妙な問いだった。
――なぜそれを、あんたに答えなきゃならない?
そんな反発心も生じたが、会話を続けるのは俺も望むところだ。
俺は記憶の中の靄に手を入れる。
「誰とって、そりゃあ――」
だがそこで、俺は答えに詰まる。
――思い出せない。
昨夜か一昨夜にも話したはずの、同僚の騎士の顔と名前が。
俺は突然、激しい頭痛に襲われる。
「……グワァァッ……!」
「ラック! 大丈夫!?」
オーディが気遣わしげな様子で俺の額に手を触れる。
……ああ、彼女はどうして敵である俺のために、それほど親身になれるのか。
俺はこれから起こる事への罪悪感で、胸が潰されそうになる。
――トスンッ
そんな音がしたのは、その直後のことだ。
背中から衝撃を受け、オーディは前のめりになった。
「ラック……?」
呆然と俺の名を呼ぶ彼女の左胸は、折れた聖剣の切っ先によって背中から貫かれていた。
(後編に続く)