第86話 洗脳って怖いよね
「っ、今のは……!?」
「シドウさんは洗脳されていたんですよ。記憶と認識を改ざんされて、ダンジョンで行われていたメロン栽培について思い出せないようにされていました」
上級回復ポーションは、こういった軽度の洗脳にも効果がある。
より深いレベルで洗脳されていたら効果がなかったかもしれないが、杞憂だったようだ。
まあ、ここまで大規模な洗脳だと一人一人の洗脳にコストも掛けてられないだろうしね。
「確かに……俺は、何かおかしな認識を……ダンジョンでのメロン栽培についても、確かに覚えがあった。なのに何故俺はその事を忘れていた……!?」
「シドウさん、大丈夫ですか!?」
「ゆっくり深呼吸して落ち着いてください。あなたが悪いわけじゃありませんから」
洗脳が解けた直後のフィードバックで、記憶が混濁しているようだ。
数分程でシドウさんは落ち着きを取り戻した。
「お見苦しい所をお見せしました……よろしければ、説明をいただけませんか」
「もちろんです。――ざっくりいうと、今みたいな洗脳や認識操作を世界規模で行なっている連中がいます」
この世界線において、権力者や研究者を操り背後から支配している存在。
普段なら笑い物にされてしまうような話だが、こうして実演した今、シドウさんは俺の話を深刻そうな表情で受け止めざるを得なかった。
「世界規模で……!? それは本当の話ですか!? 一体誰が、何の目的で」
「正体についてはぶっちゃけわかってません。けれど目的についてはおおよそ察しはつきます。ダンジョンに関する技術発展の阻止でしょう」
これは、俺がこの世界線の異常性に気づいた時点で推測していたものだ。
ダンジョン配信が流行している割には、ダンジョンに関する技術レベルが低すぎる。まるで誰かが意図的に、技術の発展を阻止、或いは方向性を操作しているかのように。
実際、そうした例は他の世界線でも聞いたことがある。
「この世界線には、明らかに人類の足を引っ張って技術発展を妨げている奴がいる。今回のダンジョンメロン栽培も、ダンジョンに関する技術開発と判断されたんでしょう。そしてその事実を消すために夕張ダンジョンを襲撃し、関係者を洗脳した」
「っ……本当に、そんな事が」
「残念ながらマジです。現にこの世界線は、明らかにダンジョンに関する発展が遅れてる。ダンジョンを使った別世界線への移動技術もなければ、魔力を使った兵器もない。探索者のレベルも軒並み低い。……いいようにおもちゃにされてますよ、コレ」
「……! トオルさん、じゃあさっき夕張ダンジョンで見たモンスターっぽいのは」
「洗脳を行なっている連中の仲間……いや、召喚体かな? 個体の知能はそれほど高くなさそうだったし、誰かの指示を受けて動いてるって感じだったな」
残念ながら召喚者との繋がりは切られていたので、飼い主の特定はできなかったけど。
あのユニークモンスター、正直シャドウマスターよりちょっと強いくらいの雑魚だったが、この世界線の人間にとっては十分な脅威だろう。
そして仮にそれを使役しているとすれば、まず間違いなくこの世界の存在ではない。
「サカガワさん。正直私は、まだ理解が追いついていない部分もあります。しかしこれだけは尋ねておきたい……!
いるのですか、貴方以外にも、別の世界線から来た上位存在が」
「いるよ」
そしてシドウさんも、その事実に気づいたようだ。
混乱からの立ち直りが早い。流石に組織の偉い人だけはあるなあ。
「……やはり、そうでしたか。腑に落ちました」
「ん?」
「失礼ながら、以前貴方の事を調査していた時期がありました。その際、貴方の背後にいる支援者の存在に気づいたのです」
……ん?
ああ、もしかしてクライさんが初めて店に来た時の事かな?
じゃああのクライさんの行動は、目の前のシドウさんの指示によるものだったのか。
「国外、恐らくアメリカ……そこから何かしらの支援を受けている可能性までは探れました。しかしそこから先がわからなかった。その時点で我々は、もう一人の転移者の存在を疑っていたのです。……我々の目を掻い潜り、貴方にインフラ等の支援を行なえる存在。それはもう、この世界の人間にできる所業とは考えづらい」
「そこまで辿り着いてたんだ。正解ですよそれ」
思ったより深い所まで探られてたな……日本の情報機関は割と優秀らしい。
もう隠す事でもないので、俺は素直に認めた。
「俺とシラユキちゃん、それと俺の支援者。現状俺が把握してて地上にいる、別世界からの転移者はこれだけかな。でも多分、他にも干渉してる奴はいるよ。今回の洗脳騒ぎを起こした奴とかね。地上にいるかまではわからんけど」
「クソッ、とんでもない厄ネタを……ああ失礼。いずれにせよ早急に手を打つ必要がありますな。技術の発展阻止、これは明確に我々の世界に対する敵対行動だ」
うーん、まあ多分犯人は、この世界をいずれは滅ぼすつもりなんだろうけど。
でもなんでこんな回りくどい真似してるのか、そこがわからないんだよね。
そして現地の人類が行える対策は、現状限られている。
「そう身構えなくても大丈夫ですよ。俺が何とかしますので。現に今、今回の事件について俺の支援者と話をつけてる所です」
「――――」
……ん?
なんかホムラちゃんから視線を感じたような。
気のせいかな。
「非常に助かります。しかしなぜ、サカガワさんは我々を味方してくれるのですか?」
「俺の店に客が来ないのはこの犯人のせいだからです。犯人が技術の発展妨害なんてしなければ、下層にも探索者がいっぱい来てた筈なんです!」
「単純に事前の調査不足が原因だと思うけれど?」
「やめてシラユキちゃん。俺にそんな現実を突きつけないで」
そして俺は亜空間から、箱に入った上級回復ポーションを取り出した。
「はいこれ、使ってください。軽度の洗脳ならこれを飲めば解ける筈です。情報操作は多分偉い人や研究者とかに集中してると思うんで、怪しいと思った人に片っ端から飲ませてください」
「……はっ? いや、これ上級回復ポーション……あの、もしかしてその箱一杯に?」
「この箱は空間を拡張してるので、見た目より一杯入ってますよ。大体千個ぐらい? とりあえずこのくらいで」
「えっ……えぇ……」
なんかシドウさん、ドン引きしてない?
「トオルさん。私の時もそうでしたが、一本数十億の代物をこれだけ手渡しされたら誰だって困ると思います」
「そんなもんかな? ウチのシャドウマスター君がよく出してくれるから、腐る程余ってるんだけど」
「シャドウマスターを自販機か何かと思ってない?」
◆
とまあ、後はシドウさんと今後の方針の細部を詰めていき。
一旦協会でも緊急会議を行うということで、その場はお開きになった訳だが。
「トオルさん! これなんかどうでしょう! 似合ってますか?」
「トオルさん。店の中での衣装について相談なのだけれど」
現在俺は、ホムラちゃんとシラユキちゃんと一緒に、東京のアパレルショップにやって来ていた。
二人の美少女が、どんな衣服が似合うかと俺に交互に尋ねてくる。
どうしてこうなった?




