第76話 シラユキヒョウカのリスタート
(シラユキ視点)
「こうしてダンジョンコアが現れたことも、俺と出会えたことも……シラユキちゃんの幸運、奇跡の一つだ。
だからもう一回くらい、奇跡は起きるさ。それを信じて、俺ともう少し踏みとどまってみないか」
店長は……トオルさんは、真っ直ぐに私を見つめて、そう言った。
トオルさんの表情は分かりやすい。
嘘をつく時はすぐ顔にでるし、割と子供っぽい所もある。短い付き合いでも、これだけ身近に接していれば私にも、それくらいはわかる。
故に、分かってしまう。
今のトオルさんが、何一つ偽りない、本心からの言葉で向き合ってくれているのが。
こんな私に向き合ってくれたという喜びと、迷惑をかけてしまっているという自責の念と、復讐心と希望がごちゃまぜになって、私は自分が何を考えているのか、もうよくわからない。
きっとトオルさんの言うとおり、今の私は冷静ではないのだろう。
だったら、それでもいい。今はこの人に、私のありのままの姿を、感情を見てほしい。
「かえりたい……」
ずっと押し込めていたその言葉と一緒に、熱い涙が零れ落ちていく。
きっと私は、みっともない泣き顔をしているのだろう。
やっぱり私は、まだ大人にはなれない。
「おとうさんと、おかあさんにあいたい……またあのおいしいごはんがたべたい! ぜんぶうばった、あのダンジョンコアもこわしたい!!」
「ああ」
「さみしい。つらい。くるしい。……じぶんがじぶんでなくなるのが、こわいの」
「ああ」
前の世界線で何も果たせなかった私は、この世界で生まれ変わった気分でやり直そうと思っていた。
でも、やっぱり前の私を綺麗に忘れて、一からやり直すなんてできなかった。
後悔も、苦しみも、全部ひっくるめて今の私があったのだから。
それを否定する事……目の前に現れた復讐の機会を逃すことは、これまでの苦難の人生を、自分を全て否定して、殺してしまうような気がした。
……ああ、そっか。
私は、怖かったのか。
復讐心なんかよりも、自分が自分でなくなる恐怖の方がずっと大きかったのだ。
トオルさんにありのままの感情をぶつけて、ようやくわかった。
「怖がる必要なんてないよ」
「っ」
「シラユキちゃんは、シラユキちゃんだ。クールビューティーで、いつも冷静で、ツッコミが上手くて、うちの店のスタッフで、大事な仲間のシラユキちゃん。
その事実は、何があっても変わらない。その事実を否定することは、時間を操れる俺にだってできない。
もちろん、シラユキちゃん自身にだって」
……あぁ。
どうしてこの人の言葉は、こうも容易く私の奥底に入り込んでくるんだろう。
「俺も馬鹿だからさ、あんまり具体的な事とか、賢い事は言えないけど……
さっきも言ったように、シラユキちゃんを支えることなら、俺にも何かできると思うんだ。……シラユキちゃんが、自分が変わってしまう事を恐れているなら、俺はそれを取り除きたい」
トオルさんの言葉が、視線が、体温が。
冷たい私の中に入り込んで、じんわりと優しく温めてくれる。
……現在進行形で、私が変わっていくのを感じる。
あれほど恐れていた自身の変質が、今は不思議と怖くなかった。
「トオルさんは」
「ん?」
「どうしてそこまで、私に肩入れしてくれるの……? どうしてここまで世話を焼いてくれるの?」
それは、以前にも問いかけた質問だった。
トオルさんは、少し恥ずかしそうな笑みを浮かべて、答えてくれた。
「……かつての俺と、同じ境遇に見えたから、かな。
俺もシラユキちゃんも、故郷に帰れなくなった者同士だし、他にも色々似てる部分があってさ。
俺はシラユキちゃんに、かつての俺を重ね合わせているんだと思う。だから放っておけなかったんだ」
それは以前と同じ解答のように聞こえて、でも違うように思えた。
トオルさんが隠していた本心を曝け出してくれたみたいな気がして、無性に嬉しくなってしまう私が居るのを自覚してしまった。
「世話焼き、なんだね」
「そうかな? 我ながら自分勝手な動機だと思うけど」
「私は、それでもいい。……ごめんね、トオルさん」
色んな熱と感情が荒れ狂って、私が崩れて新しい私になっていく。
きっとそうなるには、そして私が、新しい私を受け入れられるまでには、まだ時間が必要なんだと思う。
……多分、人はそれを繰り返して大人になっていく。だから変化を止めてしまった今の私には、いつかさよならをしなければならない。
「おっと」
「……少しだけ、時間を頂戴」
私はトオルさんにもたれかかるように、胸元に顔を埋める。
ぐちゃぐちゃの泣き顔をこれ以上見られたくないのもあったけれど……今はトオルさんを、支えてくれる人の存在を直に感じていたかった。
ごめんね、今の私。
きっと、いつか。後悔と復讐に囚われてしまった今の私は、溶けてなくなってしまうかもしれない。
今も燻る復讐の念も、故郷に帰りたいと思う気持ちも、もしかしたらいつかは無くなってしまうのかもしれない。
私はそれが怖い。今でもその恐怖は完全には消えていない。
けれど今の私には、支えてくれる人がいるみたい。
私一人じゃ耐えられない現実にも。誰かが支えてくれれば受け入れられる気がするの。
それに……恐怖を乗り越えて、変化を受け入れた先に。
一筋の希望があるかもしれないって、気づかせてくれたから。
「私、待ってみる……トオルさんと一緒に、もう少しだけ」
「……。ああ」
「だからもう少し、このままで……時間を、ください」
最後の方は、声が震えていたと思う。
でも、もう隠す気になんてなれなかった。
私はトオルさんの傍で、思いっきり泣いた。
こんなに泣いてしまったのは、生まれて初めてかもしれなかった。
◆
(一人称視点)
「なあ、儂らいつまで静かにする必要があるのじゃ?」
「シッ! アルちゃん静かに! 今邪魔したらほんとに不味いよ!」
「死にたくないィィ……」
……あ、完全に魔王種の事忘れてたわ。
もうお話するようなムードじゃないし、とりあえず亜空間に収納してまた今度にしよう。




