第75話 奇跡は
「だから、何」
「……」
「店長も同じ? それがどうしたっていうの。私はただ復讐を成し遂げたいだけ。もしかして店長……いえ、トオルさん。私を邪魔するつもりなの?」
「シラユキちゃん。このダンジョンコアは、君が元の世界に帰れる手掛かりになるかもしれないんだ。だから破壊するってのは――」
「かもしれない、でしょ」
「――――」
「その顔を見れば分かるわ。私が帰れる可能性なんて、奇跡でも起こらない限り有り得ないって事は。気休め程度に言っただけでしょう?
――そんな気休めは要らない。
せっかくこの世界での生活を受け入れ始めたのに、ようやく現実を受け入れ始めたのに……
そんな曖昧な希望で、私を惑わせようとしないで」
「シラユキちゃん」
「ここで復讐さえ成し遂げられなかったら、これまでの私の人生と苦労は何だったの?
私はこれ以上、何も成し遂げられないままでいたくないの。だからそれを壊して、私は復讐を成し遂げる。これまでの私の人生に、一つの決着を付けたいのよ」
……やはり、今のシラユキちゃんは冷静さを失っている。
確かにダンジョンコアが手掛かりになるというのは、俺の希望的な観測だ。
ダンジョン自体が崩落したからだろう。俺が見る限り、元の世界線との繋がりは断たれてしまっている。
しかし、可能性はゼロではない。
シラユキちゃんのように人間が転移するのと、ダンジョンコアが転移するのとでは話が違ってくる。特にダンジョンコアについては、詳しい奴に心当たりがある。
だが今のシラユキちゃんは、復讐に囚われてしまっている。
このままではその一筋の可能性を、一時の感情で壊してしまうことになる。
それだけは、阻止しなければならない。
俺と同じ過ちを、繰り返させないためにも。
「俺には、シラユキちゃんの復讐心は分からない。だからその復讐を否定したりはしない」
「だったら」
「でもシラユキちゃんは、一時の感情で冷静さを欠いている。その状態で、今後の人生を左右するような選択をしようとしてしまっている。……それは俺が過去にやらかした過ちと、同じ状況だ。だからシラユキちゃんが同じ轍を踏まないように、俺の話を聞いてほしいんだ」
「……、――」
シラユキちゃんが押し黙る。俺の真剣さを感じ取ってくれたのだろうか。
その隙に、俺は自らの昔話を話す。これはいわゆる、失敗談だ。
「俺も、今後の人生を左右する重大な選択を迫られたことがある」
「――――」
「当時の俺は感情を、自分の夢を優先して選択した。その結果、俺は元の世界に帰れなくなった。――死ぬ程後悔してるよ」
「――――」
「結局、その夢すらも諦めて、俺は当てもなくダンジョンや世界線を彷徨う羽目になった。――そんな経験は、シラユキちゃんにはしてほしくないんだ」
そっと、シラユキちゃんの手を握る。白い指先は冷たくなっていた。
大切なものが見えなくなってしまっているシラユキちゃんに、俺が傍に居る事を気づいてもらうために、その指先を強く握りしめる。
「シラユキちゃん。俺は君に同じ失敗をしてほしくない。感情のままに選択して、元の世界に帰れる可能性をふいになんてしてほしくないんだ」
「…………」
「ダンジョンコアについて、詳しい奴に心当たりがある。だからその選択は、そいつに見せてからでも遅くはない。復讐を否定するわけじゃない。ただ冷静に、もう少し待って欲しいだけなんだ」
「…………」
「だから落ち着いて。俺が傍に居る。いつもみたいな冷静さを取り戻してくれ、シラユキちゃん」
「……………………」
やがてシラユキちゃんは。
「……無理だよ」
絞り出すように、声を漏らした。
「ここで何もできなかったら、私は私でなくなっちゃう……
何もなくなった私に再び現れたチャンスを、ただ眺めて待つだなんて、私にはこれ以上耐えられない」
「何もなくなったわけじゃない。俺がいる」
今のシラユキちゃんに聞こえるように、はっきりと大きな声で伝える。
「多くの物を失ったかもしれない。けれど俺と出会えた。俺も料理と暴力ばっかりで、あんまり頼りにはならないかもしれないけれど。それでも、支えにはなれると思う。いや、なりたいんだ」
俺に料理を教えてくれた人は、彼らは、全てを失った俺を支えてくれた。
だから俺もそうでありたい。誰かにとっての『止まり木』でありたい。
今、道に迷っている目の前の少女に、手を差し伸べろ。
「シラユキちゃんが崩れそうになった時は、俺が支える。また前みたいに、美味しい料理をご馳走するよ。――世界は悲劇ばかりじゃない。幸運や奇跡だっていくらでもある。色んな世界を見てきた俺が保証する」
「……ッ」
「こうしてダンジョンコアが現れたことも、俺と出会えたことも……シラユキちゃんの幸運、奇跡の一つだ。
だからもう一回くらい、奇跡は起きるさ。それを信じて、俺ともう少し踏みとどまってみないか」




