第74話 分水嶺
「祇園寺ダンジョン? あそこ広いわりに敵が強いし、たいした資源やドロップアイテムもないでしょ? 正直、他のダンジョン潜ってた方がよっぽど得だね」
……他の探索者に尋ねてみても、返ってくるのは同じような答えだった。
あれだけの爪痕を残しておいて、祇園寺ダンジョンは人類に大した恩恵をもたらさなかったのだ。
探索者が殺到したのも最初の頃だけで、旨味がないと判明してからはすっかり人気が無くなっていた。
それでも私には、祇園寺ダンジョンに潜る必要があった。
ダンジョンのどこかにあるコアを見つけ、私の手で破壊する。そうすれば祇園寺ダンジョンは消滅する。
喪われたものが戻ってくるわけではないけれど、そうでもしなきゃ私の気が済まない。
だけど探索者になって分かったのは、私には探索者としての才能が無いという事。
一人じゃ探索もおぼつかない有様だ。探索者になってお金を稼ぐという計画は早々に破綻した。
だから共に探索する仲間が必要だった。特に、祇園寺ダンジョンに一緒に潜ってくれるような仲間が。
でも、こんな旨味のないダンジョンで、私のようなお荷物を抱えて探索してるパーティーなんて、簡単には見つからない。
ようやくパーティーが見つかった頃には、災害発生からずいぶんと時間が経っていた。
「私は戦闘だと、足を引っ張っちゃうから……サポートに専念する。荷物持ち、調理、パーティーの金銭管理。何でも言って」
そう言って、私は言われた通りにパーティーのサポートに尽力した。
大学も辞めて、バイトと探索者を掛け持ちしながら、両親の入院費を稼ぐ毎日。
何度か探索をしたけれど、ダンジョンコアの場所は全く見当がつかない。
時間だけが無情に過ぎ去り、心身が摩耗していくのを感じていた。
そして、臨界点が訪れる。
◆
祇園寺ダンジョンを探索中、激しい揺れに見舞われた。
「な、なに……地震!?」
ダンジョンは地上とは隔絶した異空間だ。
地上で地震が起きても、ダンジョンの中では何ともない。
だからこの揺れは、ダンジョン起因によるものだった。
「やばい、足場崩れるっ!」
「早く地上へ! このままじゃ生き埋めになっちゃう!」
「シラユキさん、早く!」
パーティ―の中で一番身体能力が低く、荷物持ちまでしていた私が逃げ遅れるのは、当然の帰結だった。
崩れる地面に足を取られ、転倒してしまう。
「あっ……」
致命的なタイムロス。
それは私も、彼らにもわかったのだろう。
「――シラユキさん、ごめんっ」
パーティ―メンバーは、私を置き去りにして地上へ向かう。
……その選択はきっと間違っていない。
私を助けて全滅するより、現実的で合理的な選択だ。
ダンジョンでは時に、非情な選択肢を迫られる事がある。
それは私も理解していたつもりだった。たまたま今日、私の番が回ってきただけ。
だけど。
「悔しいなぁ……」
私は、結局何も果たすことができなかった。
料理人にもなれず、経営を手伝うこともできず、両親に恩返しをすることもできず。
故郷も両親も救えない。夢も叶えられず、無様に足掻いてここで死ぬ。
(ごめんなさい、お父さん、お母さん)
――だから私は、最期まで醜く足掻き続ける。
「……最期くらい、ちゃんと私の言う事聞いてくれる?」
今まで散々迷惑を掛けてきて、探索でも扱いきれなかったスキルだ。
もう一心同体のようなものだし、今更恨み言を言うつもりは無いけれど。
それでも私の悪あがきには、最期まで付き合ってもらうから。
私は、抑え込んでいた自身のスキル【冬術士】を発動させる。
全身が凍り付き、分厚い氷の結晶が私を包み込む。
激しい地割れや落石から身を守れる程の、強固な氷の棺。
それを生み出した代償に、私は急激な疲労感に襲われる。今まで全力でスキルを使った事なんてなかったから、仕方がない。
(次に目覚める機会なんて、あるのかどうかも分からないけれど……)
視界と思考が暗黒に沈む。
天地の感覚も、時間感覚も分からなくなる中で、私はおぼろげな意識で祈った。
(私は今度こそ、何かを成し遂げたい)
そして、私の世界は閉じられた。
◆
◆
◆
(一人称視点)
「――――」
シラユキちゃんの、突然の告白。
未練と後悔に濡れたその生涯は、このダンジョンコアに恨みを抱くには十分すぎる経歴だと思えた。
「だから、店長……それを渡して。私は今度こそ、成し遂げなきゃいけないの
そのダンジョンコアを壊して、私の復讐を終わらせる」
幽鬼のような表情で、シラユキちゃんが冷たく告げる。
きっとこれは、祇園寺のダンジョンコアだったのだろう。
それがダンジョンの崩壊と共に、シラユキちゃんと同じくこの世界線に流れ着いてしまった。
このダンジョンコアは、シラユキちゃんの未練の象徴なのだ。
「…………」
分水嶺だった。
これを渡すのは簡単だ。だけどそれだけじゃきっと足りない。
ここで発する言葉を、間違ってはいけない。俺の直感が、そう告げていた。
だから俺は。
真剣に、真正面から、シラユキちゃんに応えたいと思う。
「シラユキちゃん。俺も同じなんだ」
シラユキちゃんは、俺に自らの過去を話してくれた。
ならば俺も、同じように答えるべきだろう。
「俺も、全てを諦めた事がある。夢も故郷もかなぐり捨てて、当てもなく突っ走っていた事が」




