第73話 シラユキヒョウカ
「こりゃ、ダンジョンコアか? ……ああ、そういう事か」
シラユキの登場に固まっていたトオルは、マモンの叫び声で我に帰ると、まるで現実逃避でもするかのようにダンジョンコアに目を向けた。
それだけで、目の前の魔王種が一体何をしたのか、何を企んだのか。おおよその内容を察したようだった。
「魔王種ってのはどいつもこいつも……ちょっと力を手に入れたら、すぐに調子に乗る。もう個人の性格というより、種族の特性として考えるべきじゃ――」
「――店長。それ、渡して」
しかしまたしても、トオルはシラユキの言葉によって現実に引き戻された。
底冷えするような冷たい声色。まるで仇敵を睨みつけるようにして、シラユキは視線をダンジョンコアにやっていた。
「……え? どしたのシラユキちゃん。そんな怖い顔して」
「それ、ダンジョンコアなんでしょう? それも、私が崩落に巻き込まれたダンジョンの」
「――――」
「渡して」
その言葉でようやく、トオルはシラユキの精神状態が危うい状況である事を悟る。
これが渋谷ダンジョン以外のダンジョンコア、つまり別世界から流れ着いてきた物であるという事までは、トオルも把握できていた。
しかし、それとシラユキとの関連性。そしてそれを見たシラユキがどんな反応をするか、というところまでは、頭が回っていなかったのだ。
「もしかしてこれ、シラユキちゃんと何か関係が」
「――ええ、あるわ。大ありよ。それは前の世界で、私がずっと探し求めていたモノ……私の故郷と家族を奪った仇敵なのよ!!」
◆
(シラユキ視点)
「私、料理人になるのは諦める」
中学生になりたての頃、私は両親にそう伝えた。
スキルの暴走による、無差別に周囲を凍結させてしまう体質。
成長に伴って暴走の頻度は減ったが、もう近所の人には私の体質がバレてしまっている。
そんな危険人物が厨房に立つ店なんて、お客さんが怖がってしまうだろう。
……それが現実。夢は夢であって、誰もが叶えられる訳じゃない。
私だけじゃない、夢を諦めてしまう人は、他にも沢山いる。
だから、この決断は何も間違っていない。
子供のように夢を見る時間は終わったのだ。だから私は、現実を見据えた大人にならなければいけない。
「経営の勉強をしようと思うんだ。そうすれば、裏方としてこの店を支えられるかもしれないから」
私が本当にやりたい事は、この店を栄えさせる事。
別に私自身が、店を継ぐ必要はない。料理じゃなくても店を支える方法は幾らでもあるし、経営面でのサポートもその内の一つだ。
だから、私の選択はきっと間違っていない。現実的に、自分のできる範囲でやりたい事をこなすだけだ。
◆
それから私は、必死に経営学の勉強をした。
小学校は体質のせいで不登校気味だったので、遅れた分を取り戻すために一日中机に齧り付いた。
その甲斐あってか無事に高校、大学受験にも合格して、大学で本格的な経営学を学ぶことになった。
大学は私の故郷、京都から離れた場所にあり、私は下宿して通う事になった。
「じゃあお父さん、お母さん、行ってきます。帰ってきたら、また美味しい料理を食べさせてね?」
そんな軽口混じりの挨拶を交わして、私は一人実家を離れた。
しばしの別れだ。次に来る時は、今度こそ私も両親の、そしてこの店の力になりたい。
そんな決意を胸に秘めて、私は上京した。
両親と会話は、これが最後になった。
◆
『速報です。京都市の祇園寺周辺で、ダンジョンが発生しました。周辺では高濃度の魔力が噴き出し、魔力中毒による死傷者が多数出ているとの情報が入っています。危険ですのでダンジョン周辺には近づかないように――』
テレビに映るそのニュースを、私は呆然と眺めていた。
画面には、私のよく知る故郷の街並みが映っていた。
視認できる程の高濃度の魔力。それがガスのようにダンジョンから噴き出し、一般人を寄せ付けない死の空間に変貌させていた。
――両親の店が、魔力の渦に飲み込まれていた。
あの時、叫び出さなかった自分を褒めてやりたいくらいだった。
同時に、あの光景を見ても冷静さを保っている自分がいる事に気づいて、冷徹な人間だと自嘲もした。
そんなくだらない感傷は、故郷が近づくにつれて不安で上書きされていった。
大丈夫。まだ両親が巻き込まれたと決まった訳じゃない。
連絡がつかないのも、何か事情があっての事だ。
お店の事は残念だったけれど、両親が無事ならまだやり直せる。
まだ、何も恩返しできてないの。
こんな体質の私を、大人の振りをする捻くれた子供だった私を、見捨てないでくれた両親。
お店の味が、家庭の味が、今になって何度も思い出す。
あの料理をまた食べたい。私にとっては世界一の料理。両親が作ってくれた料理は、どれも優しい味がした。
帰ってきたら食べさせてねって、約束したじゃない。
私、大学でいっぱい勉強したんだよ。
経営学だって、大学でトップの成績を出せるようになったの。
教授にも褒められて、将来はうちのゼミに来ないかって誘われたりもした。
だから、もうすぐ私も力になれる。お父さんとお母さんと一緒に、お店を支えられるんだ。
もう少し、もう少しだけ待ってほしいの。
だから。
だからお願い。無事でいて。
◆
両親は意識不明の重体で発見された。
◆
「残念ながら……現代医学では、ご両親を治すことは難しいと言わざるを得ません」
「――――」
「上級回復ポーションでもあれば別でしょうが……時価数十億とも言われる代物を用意することはできません。ましてや、二人分ともなれば」
「――――」
「シラユキヒョウカさん。あなたの選択は二つです。安くはない費用を払い続けて、いつかご両親が目を覚ます奇跡を待つか。もしくは、ご両親の生命維持装置を取り外すか」
「――――」
人生は、いつだって選択の連続だ。
十九年しか生きていない私でも、それくらいの道理は理解できている。
その中でもこの選択は、格別だった。
きっと今後一生、これ以上のものは無いだろう。
両親は、最後まで避難誘導に尽力していたそうだ。
自分の身を顧みず、他の人を安全な場所まで誘導し続け、そして力尽きた。
祇園寺ダンジョンが出現して半年。
魔力災害は収束したが、両親は一向に意識を取り戻さないでいる。
「あなたの人生にとって、重大な選択です。この場で選べとは言いません。
ですが、一つアドバイスをさせて頂くならば。
……どうか冷静に、現実的な判断を。あなたの人生は、あなたのものです。
今のあなたが一番優先するべきことは何なのか。それをよく考えてみてください」
医者のその言葉が、半年前から凍りついてしまった私の心に、ゆっくりと浸透する。
私は今、何をやりたいのか。
大人になって、現実的に考えて、何を優先すべきか。何をするべきなのか。
「私は」
自然と、言葉が出ていた。
それは医者に伝えるためではない。自分自身への宣言だ。
「私は、探索者になります。
私が一番やりたいことは、両親を、そして故郷とお店を取り戻すこと。
だから私は、探索者になってお金を稼いで、回復薬を買い取ります。
そして祇園寺ダンジョンを攻略して、ダンジョンコアを見つけ出して破壊します」
……無理だよ、そんなの。
だって私は、諦めることしか知らないんだから。
そのくせいつまで経っても、夢の残滓に縋り付く。
いつまで経っても、私は大人になれない。




