第71話 世話焼き
「私が、人類と魔王種の共存を実現させる……?」
そう呟くホムラは、困惑を隠せない様子であった。
突然の展開、提案。これで理解が追い付く人間など、この世界線に居ないだろう。
「ああごめん、いきなりこんなコト言われても混乱するよね。順を追って説明するよ」
そう言って別世界のトオルは、自分の胸を指差して話を続ける。
「人類と魔王種の共存が大厄災の発生を阻止し、この世界を救う――俺がそう思った根拠としては、俺の住む世界線の話が関わってくるんだ」
「……?」
「俺の嫁さん、さっき紹介したと思うんだけど。実はみんな魔王種なんだ」
配信にも流れた、別世界のトオルを取り囲む獣耳の生えた女性たち。
それらはみな、魔王種であるとトオルは暴露した。
「俺は色んな世界線を放浪する内、とある世界に辿り着いた。――数多の世界を滅ぼす大厄災。それが通り過ぎた跡の、跡地とも呼べる場所だった」
あらゆる文明が、文化が、生命が滅びつつある世界。
ホムラはトオルの表情に、偽りではない悲しみの感情を確かに見た。
「人類の築いた文明なんてとっくに崩壊してた。日本もアメリカも、国という国は全部滅んだ。地形だって滅茶苦茶に荒らされて、魔素汚染で人類が住める場所は殆ど残っていなかった」
「----」
「それに、現地の人にとって災厄はまだ終わっていなかった。世界中のダンジョンが崩壊して、下層、深層クラスの魔物が地上を跋扈するようになっていたんだ」
下層クラスの魔物の強さは、ホムラも身をもって知っている。
ダンジョンごとに強さの格差はあれど、それが地上をうろついているとなれば、地獄絵図と化すことは容易に想像できた。
「俺も流石にこの状況を放っておけなくてね。見かねて魔物の討伐に乗り出したんだ。……そこで出会ったのは、彼女たち魔王種だった」
「地上に、魔王種が」
「ああ。彼女たちも被害者だったんだ。ダンジョン内で安寧な生活を送っていたところを、大災厄のせいで地上に引きずり出されて、帰れなくなった」
当時の出来事を思い返すように、トオルは写真を取り出して懐かしそうに眺めていた。
「魔王種にも様々な性格の個体がある。人類に協力的な個体もいれば、変わらず敵対的な個体もいる。最初は敵対してたけど、後に人類と和解した固体もいるよ」
「じゃあトオルさんは、その魔王種の方たちと一緒に?」
「ああ、世界の復興作業に勤しんだ。どうにか力を合わせて、こうして他の世界線に召喚されるようになるまで復興できたよ」
世界の滅亡とは即ち、他の誰からも世界線が観測されなくなることを指す。
そうなれば当然、他の世界から召喚されることもなくなってしまう。
今回のように別世界から召喚されるということは、ある程度繁栄し、情報量を保った世界線であるという証拠になるのだ。
「そうする内に情が芽生えちゃってね。俺もこの世界線に骨を埋める事にしたんだよ。そこからは色々あったなー、人類と魔王種の共存を目指したり、災厄の残滓と戦ったり……で、それを支えてくれた嫁さん達と結婚したってわけ」
「それは……すごい人生ですね」
「でしょー? ……で、俺がその人生から学んだ経験則なんだけど。世界線規模で何か大きな事を成し遂げるためには、やっぱり人手が必要なんだよ」
少し脱線したが、トオルはようやく本来伝えたかったことを語り始める。
「人手といっても、誰でもいい訳じゃない。ある程度世界線に影響力を持った人材だ。
俺のようにただの個人が、どれだけ力を持っていたとしても、出来る事には限界がある。それはこの世界の俺にとっても変わらない。
……そして今のこの世界線には、人材が圧倒的に不足している」
「そ、そうなんですか?」
「俺が見る限り、ホムラちゃんはきっとこの世界線において、屈指の実力者なんだろう。配信のコメント欄やこっちの俺の様子からも、そんな雰囲気がうかがえた」
「自分で言うのもあれですが……多分私より強い人間は、現地の人には居ないと思います」
「だろうね。それがまずい。人類側の実力が圧倒的に不足してるんだよ」
現在のホムラでは、深層の存在に太刀打ちできない。
それは自他ともに認める事実だ。ともなれば、他の人類が対抗できるはずも無い。
ならば、深層クラスの魔物が地上に跋扈するという、大厄災が訪れたならば?
「このままじゃ間違いなく破滅だ。何の抵抗も出来ずに世界は滅ぶ。俺の言いたい事、分かるかな?」
「……人手が足りないから、魔物に……魔王種に協力してもらうんですか?」
「その通り。実際俺の世界線は、それに成功したからここまで復興できた」
将来訪れるであろう破滅に備えて、人類と魔物が手を結ぶ。
この世界線では、鼻で笑われるような思想だろう。しかし別世界のトオルは、大真面目にその思想をホムラに語った。
「魔王種が生息するのは、基本的に深層以降。つまりそこまで潜れるほどの探索者でなければ、魔王種と接触する事すら出来ない」
「……だから私に、共存の立役者をしろと?」
「それしか方法が無い。君は俺から見ても、十分な素質を持つ探索者だ。この世界線において、代わりになる人材はきっといないだろう。--君にしかできない役割なんだ」
「…………」
「この世界の俺はそこを理解してないのかもしれないな。全部自分で抱え込んで、一人で解決するつもりだ。俺も嫁さん達と出会う前まではそうだったから、なんとなくわかるんだよ」
「----」
「いいかいホムラちゃん。俺は決して、完璧超人なんかじゃない。普通に悩むし、失敗もする。それになまじ力を持ってるせいで、余計にこじらせちゃったりするんだ」
そう語るトオルの姿は、まるで出来の悪い弟の世話を焼く兄を見ているような――
ホムラにはその姿が、大人びているように見えた。
「俺はこの世界には居られない。それに俺から言っても素直に受け取らないだろうし、代わりにホムラちゃんに頼む。どうか、この世界の俺を支えてやって欲しい」
「私が、トオルさんを……」
「君はこの世界の俺にとって最も身近で、実力の近い人間だ。君なら俺の意識を変えることができるかもしれない。……何があったか知らんが、どうもこっちの俺は、魔王種を嫌ってるように見えたからな」
ホムラは知る由もないが、この世界のトオルと別世界のトオルとでは、魔王種に対するスタンスがまるで違う。
この世界のトオルが魔王種を奴と呼んで割とぞんざいに扱うのに対し、別世界のトオルは君と呼び、あくまで一人の生命として尊重しているように。
「俺一人で抱えるんじゃなくて、身近な存在の助けを……魔王種の力を借りるんだよ。そうでもしないときっと、この世界線は滅亡から逃れられない。それを気づかせてやって欲しいから、俺はホムラちゃんに声を掛けたんだ」
「そ、そう言われましても……私は具体的には、何をすれば!?」
「ん、そうだな……とりあえず、魔王種と仲良くなるところからかな? ほら、アルとレヴィっていう二人組の魔王種居たでしょ。あの子たちとかうってつけなんじゃないかな。比較的人類には友好的な態度に見えたし」
(え、そうだったかなぁ……)
気弱なレヴィはともかく、人類を見下す言動が垣間見えるアルの方は、果たして友好的だろうか……?
そんな事を内心考えたホムラだったが、よく考えれば目の前に居るのはトオルだったので、「自分とは感覚がだいぶ違うのかもな」という結論に達し、考えるのを止めた。
「……私にそれが出来るのか、あなたが語った内容が真実なのか。それは今は考えても仕方がないので、置いておきます。けれどこの会話の内容は、ちゃんと覚えておきます」
「ああ、慎重な判断だ。今はそれでいい。けれど恐らく、決断の時はそう遠くない日にやってくるぜ。それまでには、ちゃんと答えを用意しておいた方がいい」
「ところでこの話、遠回しにトオルさんと魔王種の結婚を勧めてたりしません?」
「してないしてないしてない! 俺も自分の趣味が世間一般からズレてるのは自覚してるから! それを俺に強制はしないし、ましてや俺の身近な女の子に頼み込んだりはしない!」
一瞬ジト目で疑いの眼差しを向けるホムラだったが、必死の弁明を受けてひとまずは納得した様だった。
「……まあ、ついでにそっちの方面でもアドバイスしておくと、多分あいつは自分を支えてくれるタイプの女とか好みだぞ」
「えっ」
「ああいう力を持ち過ぎたタイプの俺は、一人で何でもかんでもこなそうとするからな。当然失敗して、何かの壁にぶち当たったりする。そんな時に女が支えてくれたら、コロッと好きになると思うぞ。俺もそうだったからよく分かる」
「お、覚えておきます……」
若干顔を赤らめてうつむくホムラ。
やけに実感のあるアドバイスであった。
「……んじゃ、言いたいことは言い終えたし、そろそろ本当に帰るとするかな。あ、今回の話はこっちの俺には内緒な? バレたら俺ぶっ殺されちゃう」
そう軽口を叩くトオルの背後には、いつの間にか穴が出現していた。
こちらのトオルが何度か見せた、物体を転移させる穴。
ホムラの眼前にある穴の先は、トオルの下の世界が広がっているのだろう。
「召喚っていうのは、魚を釣り上げるようなもんなんだ。釣った魚を海に戻すのは簡単だけど、全世界線という巨大な海から、同じ個体を釣り上げられる可能性は殆どゼロだ。時間の流れも違うだろうし、目印の糸をこの世界に維持する力もない。俺が今後のこの世界の行方を知る機会は、きっと永遠に来ないだろう」
「永遠に……!? なら、どうしてここまで――」
「世話焼きなんだよ、俺っていうのは。ただの居候で、明らかに厄ネタ抱えた世界線にわざわざ料理店なんか開いて、世話を焼くくらいにはね。……それは俺も同じ。世界が変わったって、人っていうのはそう簡単には変わらないのさ」
トオルの姿が穴に吸い込まれる。
時空が歪み、その衝撃にホムラは思わず目をつむる。
「もう二度と会う事はないだろうけど、遠くからこの世界の命運を祈ってるよ。ホムラちゃんも、こっちの俺を、どうか支えてやってくれ――それじゃ、アディオス!」
最後にそんなことを言い残して、別世界からやってきたトオルは、今度こそ本当にこの世界から去っていった。
「…………はい。必ず」
一人残されたホムラは、今の会話の内容を。
そして、自身を二度も助けてくれたトオルと同じ、世話焼きの最後のおせっかいと、その意思を。
己が魂に、しかと刻み込んだ。
◆
(一人称視点)
魔王種食うべし慈悲はない。
そんな感じで美味しそうな鳥人型魔王種こと、マモンとお話してたらシラユキちゃんに見つかっちゃった件について。
いや、マジでなんでここに入れたの?
俺、確かに出入口は閉めたはずだよ??
ここ、時間停止してる亜空間なんだけど???
どうしようかなーこれ?




