第65話 放送禁止の食材
食材に限らず、あらゆる物質には情報量というものがある。
文字通り、その物質が持ち合わせている情報の量だ。人間や魔物を始め、多くの生物はそれを取り込むことでより上位の存在へと昇華していく。
ゲーム風に言うなら、経験値を取り込んでレベルアップって所か。
ダンジョンで情報量の多い存在――魔物を倒すと強くなれるのも、そういった理由だ。
つまりは強くなるためには、情報量を大量に摂取すれば良いのだが……何事もやり過ぎは禁物である。
身の丈に合わない大量の情報を取り込んでしまうと、人体に悪影響が出たり、最悪脳が焼き切れて廃人になって死ぬ。
肉体が、いきなり摂取された大量の情報を処理しきれないのだ。
ダンジョンで初めて魔物を倒した初心者や、パワーレベリングと称してかなりの実力差がある魔物を代行で倒してもらったり、耐性のない一般人が濃密度の魔力を浴びてしまったり……そういった人々に見られる症状だ。
要するに何事も適量の範囲で、という話である。
で、それを踏まえた上での、俺の料理の話。
俺が店に出している料理には、“一般人が食べても問題ない情報量に収める”というルールを課している。
元々情報量……まあ、大体魔力か。それの処理に長けた探索者向けに営んでいる店だが、この処理能力には個人差がある。
万が一にも事故を起こさないために、一定量の情報量を超える料理は出さないようにしているのだ。
そしてダンジョンの深い場所で採れた食材は、その情報量を大量に含んでいる。
情報量はダンジョンの深さに比例するから当然のことなのだが、俺はそれを調理する際、範囲内に収めるためにあえて情報量を削ぎ落としたりしている。
その結果、俺が本来表現したかった味から、どうしても遠のいてしまうのだ。
調味料や情報量の少ない地上の食材を使って、多少は味をカバーすることはできる。
だがやはり、本来表現したい味を諦めざるを得ないというのは、料理開発の過程においてかなりのストレス要素となっていたのは事実だ。
中には情報量を削いだ結果、味が劣化し過ぎてとてもお客さんに出せるレベルではなくなってしまったり、情報量が多過ぎてどうしても致死量を超えてしまったり……そういった理由で、泣く泣くお蔵入りとなったレシピも山のように存在するのだ。
そして今日、俺はその中の一つを解禁する。
『魔神豚の煮込み』。深層の更に奥。涯ての存在を食材として扱った料理だ。
今日のお客さんこと別世界線の俺ならば、この莫大な情報量を食しても問題ないだろう。
俺が本来表現したかった味、本気の料理。
それを今日、俺は初めて客に出す。
◆
「シラユキちゃん、悪いけどカメラオフにしてくれるかな。ここから先は音声オンリーで」
「……え? 店長、配信するんじゃなかったの?」
「ここから先は、ちょっと一般にはお出しできない食材を使う。カメラ越しでも見ると人体に影響が出るかもしれないから、念の為の保険だよ」
:!??
:カメラ越しに人体に影響が出る? そんな事ある???
:おおよそ料理で聞く事がないパワーワードが出てきたような
:もうそれ食材じゃなくて劇物なのでは?
:俺たちは一体何を見せられ……いや聞かされようとしているんだ?
:ねえこれホントに料理配信?
「今回の調理は俺一人でやる。シラユキちゃんは俺がバリアを張るから大丈夫だと思うけど、もし気分が悪くなったらすぐに言ってくれ」
ホムラちゃんなら、バリアがなくてもギリギリ耐えられるだろう。
カメラがオフになった事を確認して、俺は食材庫からある食材を取り出した。
「今回使うのは、『魔神豚』っていう魔物のごく一部……まあ部位としては、豚足みたいなもんですね。これを使った『魔神豚の煮込み』という料理です。あ、一般にはお出ししてませんので、注文されても作れませんのでご了承を」
:また聞いたことのない魔物の名前が。これも下層に生息してるの?
:注文も何も、そもそもお前の店に行けないんだが???
:画面が真っ暗
:俺ホムラちゃんとシラユキちゃん目当てに見に来てるんだけど? それが映らなくなったらどうしろって言うんだよ
:感じるんだ……音で、料理を……!
:いや無理だろ。一般人には
「先に言っておくと、コイツは下層よりもっと下の領域に棲む魔物です。普通に食べると一般人は情報量がパンクして死ぬので、店としてはメニューに載せてないって意味。けど今回の客……まあ俺自身には、遠慮も手加減も必要ないしね。存分に本気の料理をぶつけてやれる」
さらっと下層の更に奥の存在を暴露する。
昨日の魔物の大量発生について、ホムラちゃんと一緒に探索者協会に報告する際、深層の存在もついでに暴露した。
つまり俺が言わなくっても、近いうちに深層の存在は公表される予定だったのだ。これくらいは別にバラしても構わんだろう。
まあ本当は深層の更に奥にしか居ない魔物だが。でも嘘は言ってない。
向こうの都合? そんな事よりクッキングだ。こっちもこれまで散々干渉されてきてるし。
:へぁ!?
:今さらっととんでもない情報お出ししました!?
:下層よりもっと下って、つまり深層だよな? 渋谷ダンジョンにも存在したのか!?
:【速報】世界で二番目の深層ダンジョン確認される
:いやまだ何の証拠も上がってないだろ……
「まあ深層の話はまた今度するとして。魔神豚について軽く説明を。……そこの俺。魔神豚についてはどれくらい知ってる?」
「いや知らんけど??? なにその魔物初耳なんですが」
:草
:草
:本人も知らないの草
:店長が知らない食材を調理して店長に食わせようとしてる……?
:いや食うのは店長じゃないから
:コメント欄がかつてない程混沌としてる。これも謎の食材の力のせいなのか!?
「お前がさっきの報告で戦ったって言ってた、でっかい腕の魔物な。あれが魔神豚。名前の通り豚人の一種です」
「……マジ? あれオークなの? めちゃくちゃデカかったけど? てか食えるの??」
「デカいだけの雑魚オークだな。視覚もなけりゃ聴覚もない。デカい図体で暴れるしか能のない雑魚だから、たまに【召喚術】でいいように使われたりするんだよ」
まあサイズだけは桁違いだから、間違って地上に出てきたら地球なんか一瞬でペシャンコになるが。
そして察してはいたが、目の前の俺は“深層を単独攻略できる”程度の強さの様だ。だからその先の領域に棲む魔物については、あまり詳しくはないのだろう。
故に俺は俺に対し、口に人差し指を立てるジェスチャー。
深層の公表についてはもう仕方ないが、その先の領域を知る必要はない。
あそこは人類にはまだ早すぎる。リスナー達には悪いが、今は深層の食材だと勘違いしていてもらう。
俺の意図が伝わったのか、別世界の俺は話題を変えた。同一人物だけあって、意思疎通は流石にスムーズだな。
「おい、それを今食材に出してきたのは、俺への当てつけか……? ていうかそれマジで食えるの? 見た目ヤバい事になってるけど」
「だいじょーぶ。精々気絶するくらいだから」
「全然大丈夫じゃねぇな!?」
知らねえな? 俺を本気にさせたのは俺だ。注文通り美味いもん食わせてやるよ。
安心しろ、死んでも五分以内なら巻き戻してやる。
「お、おかしいです……私、まだ食材を見ただけなのに、口内に味が広がってきます! まるで、五感がごちゃ混ぜになった様な……!?」
「ホムラちゃんのその表現は正しい。視覚で情報量が処理しきれないと、脳が混乱して五感がごちゃ混ぜになる。視るだけで味がする食材もあるんだ。
ホムラちゃんのそれは、情報過多の軽症状だよ。……それくらいの酔いなら、数分もすれば慣れるはず」
「……、もしかしてこっちの世界の俺、かなり危険人物なのでは?」
:わかる。俺も数学の問題文とか見ると頭痛くなってくるもん
:いやそういう次元じゃないと思うが
:ホムラちゃんが処理できない情報量ってどんなのだ……?
:きっと俺らみたいな凡人には一生理解できない感覚だ
コメント欄に誰かが書いた通り、残念ながらこの食材を食材として味わえる人は、極々僅かだ。
ならばせめて、配信という形で残しておきたい。音だけだけど。
「さて、一通り説明が終わったところで、調理に移るとしようか」




