第62話 トオルvsマモン
「知っているぞ、サカガワトオル」
先制攻撃を許してしまったにも関わらず、マモンは不敵な笑みを浮かべる。
それは、勝利を確信した者の笑みであった。
「貴様のスキル、その正体を……そして、その弱点を! ククク、今の攻撃で私を倒せなかったのが良い証拠だ。そして貴様はもう、逃れられない」
深層に棲まう者ならば、誰でも気づくだろう。
いつの間にかトオルを囲むように、結界の檻が作られていることに。
「貴様のスキルは【召喚術】。別の世界線や異空間から、生物や物体を呼び出すスキルなのだろう? 今の隕石攻撃も、別の空間から呼び出した物だ」
「――――」
その沈黙を、マモンは肯定として捉えた。
まるでカラスの姿を粘土細工のように、無理やり人型に拵えたかのような魔物。
その鳥類のような頭部が、愉悦により歪な三日月を作りだす。
「だがその力は、空間を自在に操れなければ性能は低下する。何かを召喚する為には、空間を操り穴を開けなければならない……そしてこの深層はもはや私の手中。空間はおろか、時間さえも私の思うがままだ。貴様はもはや籠の中の鳥。ここに来た時点で、何もできずに殺されるだけの虫ケラ同然よ」
「ど、どーするんじゃ!? 貴様のスキル、全部マモンの奴にバレとるぞ!? しかも閉じ込められておるではないか!!」
「君が黙ってればスキルくらいどうとでも誤魔化せたんだけどなぁ」
「アルちゃん……」
せっかく黙っていたのにアルに全部暴露されて、呆れた表情を浮かべるトオルとレヴィ。
流石に誤魔化す気力も失せたのか、トオルは自身のスキルが【召喚術】である事を渋々認めた。
「そうだよ、俺のスキルは【召喚術】だ。君の推測も正しい。確かにこの空間では俺の行動は大きく制限されるだろう。……にしても、よくわかったね? 俺のスキルの正体が。まるで事前に知っていたような口ぶりだけど」
「ククク……あぁ、良く知っているとも」
カラスの鳴き声にも似た甲高い笑い声が深層にこだまする。
まるで何かを見せびらかすかのように、マモンは両手を広げて高らかに宣告した。
「簡単な理由だ……私も貴様と同じく、【召喚術】の使い手だからだ。数千年前、かつて貴様がこの深層を訪れた時、随分と暴れたらしいではないか。その際の痕跡、魔力の跡を調べれば、私と同じ使い手である事は容易に想像できたとも」
「ふーん」
「貴様を排除すれば、もはや私の覇道に立ち塞がる者は居ない……音楽家を気取るあのいけすかない魔王も、貴様の力を取り込めば敵ではない。そして私は、完成された存在へと昇華する――」
空間が撓む。時間が軋む。
マモンの持つ強大な力が、三人を押しつぶさんとしていた。
「――貴様はその為の最後の贄だ! 私の手に掛かる事を、光栄に思いながら死ね!!」
「――随分長い前口上だったな? この程度で俺に勝つ気でいるとか、お笑い種だぜ」
トオルの魔力とマモンの魔力がぶつかり合い、時空間が激しくうねりを打つ。
人知れない深層の奥深くで、この世界線の命運を賭けた戦いが始まった。
◆
「召喚――アビスオウル」
「召喚。アビスデーモン」
両者が同時に、【召喚術】のスキルを使用。
見るだけで人間を発狂させる、極彩色の羽を持つ梟。
人間の欲望を吸い上げる、膨れた腹を持つ山羊の悪魔。
どちらも深層クラスに該当する魔物。それを数百単位の大群として呼び出し、互いにぶつけ合う。
「ッ!? まだこれ程の【召喚術】を行使できるのか!」
「君の方はそんな雑魚しか呼び出せないのか? 正直期待外れだよ」
時空間の制御権はマモンにあるにも関わらず、トオルはその圧倒的な魔力で強引に【召喚術】を発動する。
本来の出力と比べれば大幅に劣る。それでも尚個体での強さにおいては、トオルが呼び出したアビスデーモンの方が上だ。
山羊の体から翼を生やし、飛来するアビスオウルを次々と撃ち落としていく。
両者の間には、あっという間に屍山血河ができあがった。
「驚いたよ……正直貴様の実力を、過小評価していた。だが、私の勝利は揺るがない」
マモンは余裕の態度を崩す事なく、次の召喚へと移った。
呼び出されたのは巨大隕石。先ほどのトオルの召喚術、【隕石招来】を上回る大きさと速度だ。
「【時間掌握】」
対してトオルは、隕石ごと時間を掌握して停止させようと目論む。
時の流れが凍りつく。しかしその静止はほんの僅かな間であった。
「時間を操れるのが、貴様だけだとは思うなよ――」
マモンも同じく、時間操作によって対抗してきたのだ。
ホムラが時間操作の技術を模倣できたように、ある程度力を持つ魔物であれば、時間を操れる存在はいくらでもいる。
深層クラスともなれば、尚更である。
結果、両者の時間操作がぶつかり合い、時間停止は一瞬のみの結果に終わる。
隕石は何事もなくトオル目掛けて衝突する。……その寸前で、
「【次元一閃】」
次元を分つトオルの斬撃が、隕石を真っ二つに両断した。
その手には亜空間から召喚された、一振りの刀が握られている。
「時間操作に【召喚術】、そして剣術……全て私の、想定通りだとも」
そしてトオルの四方を埋め尽くすように、マグマの海が出現していた。
マモンが呼び寄せたその溶岩は、回避の隙すら与えず三人を飲み込む。
「うっぎゃああああ!!?? 死ぬ死ぬ死ぬ! 助けてぇええ!?」
「アルちゃん落ち着いて! 時間を歪めてバリアを作るの! 一人じゃ無理でも、私たち二人が協力すれば作れるはず!」
「そもそもなんで儂等がこんな目に遭うんじゃ! 儂等は道案内を強制されただけなのじゃ〜! おいマモン! そこの人間は好きにしていいから、儂等のことは見逃してくれんか!?」
「雑魚風情が、虫のような戯言をほざくな。我ら魔王種は生まれ落ちたその瞬間から敵同士。馴れ合うことしかできない雑魚など、纏めて始末してやる」
マモンは巻き込まれた二人を見逃すつもりはなかった。
そしてトドメとばかりに時間が操られ、再び隕石が超高速でぶつけられる。
地球を貫くほどの威力を保ったその一撃は、深層の床をぶち抜き、更に下へと続く大穴を開けた。
「フン……この程度か?」
「まさか」
溶岩の海が裂け、中から無傷のトオルが姿を現す。
トオルはアルやレヴィと違い、焦ることなく冷静さを保っていた。
「君、さっきからやってる事がしょぼいよ。深層を支配したって言ってもこの程度なの?」
「――――」
「もっと派手なのをぶっ込んでこいよ。あるんだろ? 俺への対抗策。じゃなきゃ、こんな挑発まがいの事しないもんなあ」
見え透いた挑発。
マモンにもそれは理解できていた。
「クク……いいだろう」
だが、マモンはあえてその挑発に乗ることにした。
技の応酬にも飽きてきた所だったのだ。
「貴様は知っているか……? 深層の更に奥、ダンジョンの最深部の存在を。世界の涯て、世界の最果てを!!」
マモンの背後から、全身が総毛立つようなおぞましい気配が放たれる。
空間を割り、恐ろしい存在が顕現しようとしている。
「そこに住まう存在の強さは、深層の雑魚共とは比べものにもならない……! しかし私は、その超存在を呼び出すことに成功したのだ!」
「深層の、更に奥……?」
レヴィが愕然とした表情で呟く。
隣のアルと共に既にボロボロで、そのおぞましい気配にガクガクを歯の根を鳴らして震えていた。
「う、噂話程度に聞いておったが、実在したのか……? あんな怪物、本当にこの世界に存在していいものなのか……!?」
「ククク、貴様ら新参の魔王は知らないのも無理はない。その領域に辿り着いた怪物は、もはや我らの常識で推し量れるものではない。理解のできない存在とは、得てして恐怖の対象となるものだ。そして私は一部とはいえ、それをも呼び出し行使できる存在だ!!」
――現れたのは、巨大な腕だった。
深層どころか、地球……いや、宇宙そのものを掴み取れてしまう。
そう錯覚させるほどの、巨大で恐ろしい存在。
「見よ! この神々しくも恐ろしい存在を! この力があれば、こんな脆弱な世界線など容易く支配できる――」
「ゴタゴタうるさいよ。さっさと切り札を出せ、鳥野郎」
鳥野郎こと、マモンには一切興味を見せない様子で、トオルが挑発を重ねた。
マモンの笑みが、僅かに歪む。
「いいだろう……! ならば知るがいい!! 貴様らの理解の及ばぬ、超常の存在を!!」
その巨大な腕が、振り下ろされる。
まるでハエでも叩き潰すかのように。一切の認識を許さず、防御も回避も行わせず。
何も抵抗することができずに、あっけなく叩き潰された。
「ガッ……ハ……!?」
――マモン自身が。
「まあ、そんな手だろうとは思ってたよ」
退屈そうな表情で、トオルが呟く。
「俺に対抗できる可能性がある切り札なんて限られる。お前が召喚術を使うって聞いた時点で、深層の奥から何か引っ張り出してくることは予想が付いた。だから、俺はその制御を乗っ取ることにした」
虫の息のマモンの首根っこを掴み上げるトオル。
後ろのアルとレヴィは、何が起こったのかまだ理解が追い付いていないようで、石像のように固まっていた。
「無理矢理上位の存在を呼び出したら、制御が甘くなるに決まってる。俺の安い挑発に乗ってくれてありがとう」




