第61話 料理配信の裏側で
謎の襲撃事件の翌日。
予定通り、ホムラちゃんとのコラボ配信が行われる予定だ。
俺達三人は、その準備に勤しんでいた。具体的には、カイザーコカトリスのチキン南蛮に使うタルタルソースを作っていた。
シラユキちゃんの調理の様子を見ていると、配信の準備をしていたホムラちゃんが声を掛けてきた。
「こっちは配信の準備終わりました! シラユキちゃん、体調の方はどう?」
「うん、大丈夫。今日は体調もいいし、氷漬けにしちゃうこともなさそう」
「俺が居る限りは大丈夫だよ、万が一スキルが暴走しても止められるからね」
……シラユキちゃん、か。
結局昨日はホムラちゃんも泊まっていったのだが、どうやら女子二人でガールズトークに花を咲かせていたらしい。
どんな話をしたのかは知らないが、ずいぶんと仲良くなれたようだ。同世代の友達が作れたようで何よりである。
……なんか二人とも、俺のことをチラチラ見てくるのが気になるけど。
本当に昨日、何の話をしてたんだろう?
「よし。ソースの方も大丈夫そうだし……そろそろ配信始めちゃいますか」
そんな感じで多少気になることはありつつも、ドローンを起動する。。
止まり木亭は営業妨害なんぞには屈しない。いつも通りの通常営業で、お客さんに安心感を与えるのだ。
「――皆さんこんにちは。料理店『止まり木亭』店主の逆川透です」
――そして、裏で同時進行している、襲撃犯への対処もバッチリだ。
せっかく俺が切り札を使ったのだ。中途半端な成果は許されない。
料理配信の方は俺が進行させる。
だから、そっちは任せたぞ?
◆
(三人称視点)
――マモンがそれを見つけたのは、ただの偶然であった。
まるで黒真珠のような、怪しく光を反射している漆黒の球体。
それがダンジョンコアであると気づいたのは、しばらく後のことだった。
「なぜ、こんな場所にダンジョンコアが……? いや、そんな事はどうでもいい。この力があれば、私がこの深層の支配者となるのも不可能ではない……!!」
ダンジョンコア。
全てのダンジョンに存在すると言われる。ダンジョンの頭脳にして心臓部。
通常は破壊されないよう、人目のつかない場所に隠されている。そのため探索者や魔物がそれを目にする機会は殆どない。
――そのダンジョンコアは、ある別の世界線から流れ着いた物であった。
ダンジョンの崩落。それに伴う中身の転移。
シラユキという探索者がこの世界に流れ着いたのと同時に、その崩壊したダンジョンのコアもこの世界に流れ着いていたのだ。
それを手にしたマモンは、ダンジョンコアの持つ力を存分に振るい、深層を瞬く間に制圧していった。
全体の半分ほどを占領した時、既にマモンはダンジョンコアに取り込まれ、一体化していた。
ダンジョンコアは強大な力を所有者に与えるが、反面本人の人格すら変容させてしまう劇物だ。
当の本人に、その自覚はあまりなかったが。
「どう言う訳かこの渋谷ダンジョンには今、ダンジョンコアが存在しない。ならばこのもう一つのコアを使えば、ダンジョンの管理権限を横から掠め取ることすら可能――!」
深層だけに限らず、下層にまでその権限を拡張させ、時間の流れ、地形、モンスターの再出現間隔制御、出現するモンスターの種類からドロップ品まで。
マモンは少しずつ、だが確実に渋谷ダンジョンを手中に収めつつあった。
渋谷ダンジョンの全てを掌握すれば、この世界線において莫大な力をマモンは得る。そうなれば、ダンジョンの外にまでその手を伸ばすこともできるだろう。
だがここで、一つの障害が立ち塞がる。
「サカガワ、トオル……あいつの存在は、邪魔だ。この世界線を支配する過程において、あいつの排除は必須事項だな」
深層の侵略を行う最中、マモンはトオルの存在を知った。
深層の中には、ある程度下層の事情を把握している者もいた。そいつらから情報を吸い上げたのだ。
「奴は相当に強いらしいからな。入念に対策を行うとしよう。……まずはそうだな、奴に深層に来てもらうとするか」
そして下層の一部にまで伸びた管理権限を使い、マモンはカイザーコカトリスをけしかけた。
中ボスを百匹近く出現させたにも関わらず、トオルはそれを歯牙にもかけずに全滅させた。
圧倒的な戦闘力。だが、それもマモンの想定の範囲内だった。
「こうしてちょっかいを掛ければ、奴は必ず深層に降りてくる。いつ何処から狙われるか分からない状況など、奴も望むところではあるまい。きっと私を直接潰しにくるはずだ」
そうして、マモンはトオルを待ち構える。
既に深層の大半を支配下に置いた彼の力は、深層クラスに収まりきらない力を得ていた。
地球の一つや二つ、もはや簡単に壊せるだろう。
そしてトオルが居なくなったその時、マモンはそれを実行する気であった。
「とっておきの対策も用意した。後は奴が罠に掛かるのを待つのみ……!」
勝利を確信した余裕の笑みを浮かべ、マモンは深層でトオルを待ち構える。
……しかし。予想に反して、トオルは来なかった。
「なぜだ……!? なぜあんな襲撃を受けて、奴はこっちに来ない!?」
歯噛みするマモン。
トオルの結界が邪魔で、マモン単独では下層に向かうことは出来ない。
このままトオルがこちらにやって来るのを待つしかないのだ。
「まさか、私の待ち伏せ作戦がバレた……? ならば、襲撃を繰り返すのみ。しつこく魔物を送り出し続ければ、奴もいずれ根を上げるはず……!」
まるで地上げ屋の悪質な嫌がらせであった。
トオルが渋谷ダンジョンを出るか、深層に来ればマモンの勝ちだ。そのどちらかの条件を満たすために、マモンは再び魔物を送り出そうとしたが――
「――【隕石招来】」
――飛来する巨大隕石の前に、その処理を中断された。
「ッ!?」
地球に壊滅的な被害を与えられる程の、巨大隕石。
それを受けてマモンは一瞬驚くが、その強大な力を振るい容易く凌いで見せた。
「ク、クク。ようやく来たか……サカガワトオル」
眼前には黒髪の日本人。紛れもないトオル本人だ。
横に変な魔王種が二人くっついているのが、少し気になったが。
「ハロー、君がマモンかな? 初対面で早速なんだけど、叩き潰させてもらうよ」




