第51話 日本食の味は全世界共通
「ひょっとして寿司嫌いだった? なら無理強いはしないけど」
「えと、嫌いじゃないのだけれど、その」
焦ったように目線を彷徨わせるシラユキちゃん。
嫌いでないとしたら、なぜ食べないのだろう? 美味しいのに。
「……今食べると、ちょっとまずいっていうか……うぅん」
「え、もしかして不味かった?」
「あ、いえ、味の問題じゃないわ。すごく美味しかった。むしろ逆というか、美味し過ぎて……」
「……?」
ちょっとシラユキちゃんの考えが分からない。
俺がどう反応したものか悩んでいると、やがてシラユキちゃんの方から切り出してきた。なぜか覚悟を決めたような表情で。
「わかった。この場で食べる……考えてみれば、作ってくれた人の前で料理を食べないのは、失礼だものね」
「お、おう? その辺はあんま気にしなくていいけど……」
「お世話になった人に、これ以上無礼を働く訳にはいかないわ。……頂きます」
そしてテイクアウト用のプラ容器から手巻き寿司を取り出したシラユキちゃんは小さな口を開き、恐る恐るといった様子でそれを口にした。
「…………」
「…………」
もぐもぐと、ただ無言で手巻き寿司を頬張るシラユキちゃん。
一口、二口……そして三口目に突入した時、異変は起きた。
「んぐっ……ぐずっ、んうぅ……」
……突如シラユキちゃんが、ぽろぽろと涙を零して泣き始めたのだ。
まるで、氷が溶けて流れ出したかのように。
「えっ……え!? シラユキちゃんどうしたの!? ワサビ入れ過ぎた!?」
「ち、違う、そうじゃない……うぅっ」
涙を拭いながら、顔を真っ赤にしたシラユキちゃんが声を絞り出す。
「美味しくて……美味し過ぎて、ホッとしちゃったの……世界が変わっても、美味しい食事の味は、変わらないんだって」
「――――」
「ぐずっ……酢飯の味も、海苔の風味も、詰まった具材も、全部私の世界で馴染みの味だった。トオルさんだけじゃない、料理だって、世界を超えて私の事を、元気づけてくれるんだって……そう思ったら安心して、涙が出ちゃいそうになって……あとで食べようと思って、ちょっとだけ食べて持ち帰ろうとしてたの」
……そういう事か。
確かに、これは人前では食べられないな。
「ごめん、俺の気が効いてなかったな。無理に食べなくてもいい、ゆっくり自分のペースで食べてくれ」
「もう無理よぉ……美味し過ぎて、止まらなくなっちゃった……ぐずっ」
「なら喉を詰まらせないよう、気をつけて食べてくれ」
「……うん」
そう言って、怒っているのか泣いているのかよく分からないまま、しかしシラユキちゃんは堰を切ったように、タコ手巻きをもそもそと口に運び続ける。
俺はシラユキちゃんを宥めつつ、テイクアウト用のお寿司が無くなるまで、その様子を見守り続けるのだった。
◆
その後、俺とシラユキちゃんが話す様子を見たのか、ホムラちゃんに「お二人はどんなご関係で……?」と尋ねられたり。
更にそれを見たクライさんが「ホムラちゃんの事どう思ってるんですか?」と何故か聞いてきたり。
大量のテイクアウト手巻き寿司を用意した後、「ダンジョン食材って危険物扱いされる事があるから、飛行機持ち込み出来ないのでは……?」と気づいてしまったアルベルトら海外勢が騒ぎ出したり。
色々な出来事が起きたりはしたが、ともかく手巻き寿司パーティーは、無事に終了となったのである。
◆
――手巻き寿司パーティーが終わった、その夜。
お客さんが居なくなった『止まり木亭』で、俺とシラユキちゃんの二人は向かい合って話をしていた。
「さて……色々想定外の事はあったけど、一先ず落ち着いたみたいだし、そろそろ本腰を入れて話し合おうか。具体的には、シラユキちゃんの今後について」
「……ええ」
シラユキちゃんは、別世界からの転移者だ。
転移者というのは、現代日本においては大変不便な立場である。
幾つか例はあるが、一番の問題点はやはり戸籍が存在しない事だろう。
日本の各種公共機関を利用するには、戸籍や本人確認書類が求められる。
例えば、住所や住む場所の用意。水道電気ネット等のインフラ契約。銀行口座の開設や、クレカや携帯の契約。そして就職など。探索者登録にだって本人確認が必要だ。
とにかく日本で生活するとなると、戸籍の問題はどうしても付き纏ってくる。
転移者を受け入れる制度が整っていれば別だが……そもそも別世界の存在を観測できていなかったこの世界において、そんな制度が存在している筈がない。
そして身元保証人もいないシラユキちゃんが、新たにそれらを用意するのは簡単なことじゃない。
転移者というのは、現代社会において多大なハンデを負う事になるのだ。俺のように、何かしら秀でた力を持っていない限りは。
そしてシラユキちゃんも、きっとそれを理解している。
「……とりあえず、シラユキちゃんは今後の方針とか、何か決まってることはある? やっぱり本人の意思を出来る限り尊重――」
「――そういう前置きは良いから、本題に移りましょう」
そう言ってシラユキちゃんは俺の言葉を遮ると、一枚の紙を差し出した。
そこにはこう書かれてある。
――――――――――――
【急募! 料理店のスタッフ求む!】
☆このチラシを見たあなたはラッキー!
人手不足につき、業務をサポートしてくれるスタッフを募集しています!
【時給】10000円〜(応相談)
【業務内容】いろいろ
【勤務地】渋谷ダンジョン下層7階『止まり木亭』
【勤務時間】週四日(応相談)
【待遇】住み込み可、賄い有、制服貸与、身の安全保証有
☆冷静な視点からのアドバイスや、料理が出来る方大歓迎!
ご興味のある方はお気軽に店主(逆川透)まで!
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「お〜、これはうちの店の求人チラシだね。これを見つけるなんてラッキーだ☆」
「……借りてる寝室に大量に貼り付けてあったわ。ベッドの中、枕の下、床壁天井ドアノブにまで。一瞬ホラーゲームの世界に迷い込んだかと勘違いしたわよ」
そう言ってジト目を向けてくるシラユキちゃん。
……ちょっと張り切り過ぎたかな? 万が一気づかなかったらどうしようと思って、少し多めに貼っておいたんだが。
「そ、そっかぁ、じゃあシラユキちゃんは、うちの店の求人に興味があるのかな〜?」
「ちょっと白々しすぎる……ここまでアピールされれば流石に気づくわよ。これ、トオルさんが考えてくれたアイディアでしょう?」
……うん、まあ。
俺も色々考えたのだ。シラユキちゃんがこの世界で生きていくには、どうすればいいのか。
まず、地上に出て日本で生活をするのはかなり厳しい。
まともな職にありつけるかも分からんし、そもそも転移者の存在を社会が容認してくれるかどうか。
最悪、人間扱いすらされず劣悪な環境に放り込まれる可能性だってある。
次に、俺みたいにダンジョンの中で生きていくという選択肢。
……多分これも難しい。俺の見立てでは、ぶっちゃけシラユキちゃんには探索者としての才能がない。
ちょっと奥に入れば死ぬ可能性が高いし、かといって浅い階層では人目につく。
前述の通り転移者にとって、人間との接触はリスクを伴う。
自衛できるほどの力を持たないシラユキちゃんにとっては、この選択肢もリスキーだろう。
要するに、シラユキちゃんには力が足りないのだ。
困難や逆風を吹き飛ばす程の、圧倒的なパワー。それがないなら、俺が補えば良い。
「……バレてるみたいだから正直に言うけど、うん。俺が考えた案です。ズバリ“止まり木亭で働く”という選択肢」
俺が一方的に、この店にシラユキちゃんを匿うことはできる。
しかしそれは、根本的な解決にはならない。シラユキちゃんは安全な環境で過ごせるだろうが、それ以上成長しない。
不利な状況なのはずっと変わらないし、俺だっていつまでもこの世界線に居るとは限らない。彼女には、いずれ自分一人の力で歩いてもらう必要がある。
だから。
「今のシラユキちゃんに必要なのは、力をつける事。戦闘、技術、知識、何でも良い。この世界で生き抜くために必要な力、或いはこの世界から必要とされる力を身につける必要がある」
力をつけるといっても、一朝一夕でできる事ではない。
彼女にはそのための時間と、鍛えるための安全な場所が必要だ。
それを提供するためのアイディア。世界線を跨いだものとして、同胞である俺からの提案。
「もちろん無理強いはしない。ただ俺が考える限り、俺の元で自立できるだけの力をつけるというのはベストな選択肢だと思う」
「……。面と言って言うのは強制しているようで気が引けるからあんなにチラシを貼って、私の方から気付いてもらうよう仕向けたのよね?」
「仰る通りです……」
なお即バレだった模様。シラユキちゃんは賢いね。
ぶっちゃけそういった冷静な視点が欲しいという俺個人の事情も、あるにはある。
ちょうど今後の経営計画をどうするか、悩んでた所だったし。意見交換ができる人材が欲しかったのは確かだ。
「……分かった。それで、返答なのだけど」
「うん」
数拍の間。シラユキちゃんが呼吸を整える。
その眼差しは真っ直ぐだ。既に彼女の中では、結論が出ているようだった。
「お言葉に、甘えさせてもらいます。私を……白雪氷華を、この店で働かせてください」
「うん、大歓迎だよ」
そしてこの日、『止まり木亭』に新たなスタッフが加わる事になった。
「それで、面接試験の日程なんだけど」
「あ、面接は普通にするんだ」




