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第43話 覚醒する焔


(三人称視点)



 ――皇帝の、石化光線が止む。


「ハァ……ハァ……」


 ホムラは一人、立ち尽くしていた。


「――ッ」


 アルベルトは、その半身を石化させられていた。

 乱反射する石化光線から、ホムラとクライ達を守りながら、攻撃に集中する皇帝に一矢を報いて。

 その代償が、アルベルトの戦線離脱であった。


「っく……これ、本気でヤバ……」


 クライ達も、満身創痍の状態であった。

 アルベルトの尽力もあり、致命傷を受けた者はいないが、戦闘を継続できる者はもう殆ど残っていなかった。

 クライも足を、他のメンバーも体の一部を石に変えられており、身動きが取れない状況だ。


「C、Crrrrr……」


 そして、皇帝は――その片目を、剣で刺し貫かれていた。

 石化光線に意識を割くあまり、アルベルトに隙を突かれ防御が間に合わなかったのだ。

 攻撃は中断され、自慢の魔眼の片割れを失った。

 ……しかし、皇帝がその程度で、おめおめと逃げ帰る訳にはいかない。

 完全に逆上し、残された眼には殺意が宿っている。

 そして、周囲にはまだ取り巻きの魔物達が残っている。


「――――」


 まともに動けるのは、ホムラ一人のみ。

 誰が見ても絶体絶命の状況。

 その中で。


「――アハッ」


 ホムラアカリは、笑っていた。


「まだ、終わってない……私は、まだ燃え尽きてないッ!」


 その太陽の如き瞳に、絶望などこれっぽっちも映っていない。

 彼女の理想(・・)は、この程度の苦難では挫けないからだ。

 今の彼女は自分の強さを、理想を信じられる。笑って目の前の未来と栄光を信じられる。


「今まで過ごした時間、その全部を焚べてやる……来なさい、チキン皇帝」

「Dodrrrrrr!!!!」


 そして、一行の探索は、……皇帝との戦いは、最終局面へと向かう。



 ――クライミカは、意識を集中させていた。

 ただし目の前の戦場ではない。その直下、下層の最奥へとそれは向けられている。


(あと少し……! あの店に彼が居れば、きっと電子機器の異常(・・・・・・・)に気付く! そうすればウチの魔力を辿って、この場所まで辿り着ける。もう、それしかない)


 彼女のスキル【雷術師(らいじゅつし)】は、極めて応用性の高いスキルだ。

 下層まで届くインターネットを経由して、彼女は『止まり木亭』にある電子機器を片っ端からハッキングしていた。

 その中には、配信用のドローンも含まれている。


(情けない話だけど、もう彼に頼るしかない。せめて、アルベルト氏とホムラちゃんだけでも生きて帰さないと。例えウチが、犠牲になったとしても)


 クライがアルベルトの探索に同行を命じられた一番の理由は、万が一の事態が起きた時、トオルに干渉する事ができるからだ。

 顔見知りになったクライを、トオルはもしかしたら助けてくれるかもしれない。

 探索者協会と政府が抱いた、都合の良い妄想。しかし、クライも今はそれに賭けるしかなかった。



「ホムラちゃん……ウチの事はいいから、自分の身を守る事だけに専念して! もしかしたら、助けが来るかも――」

「――要りません(・・・・・)



 そしてホムラは、その都合の良い妄想をバッサリと斬り捨てた。


「クライ先輩、心配してくれてありがとうございます。――アルベルトさんも、他の皆さんも、私から離れていてください。巻き込まれないように」

「ほ、ホムラちゃん? 何言ってるの、こんな状況で……?」

倒します(・・・・)。あの人に頼りっぱなしじゃ、いつまで経っても強くなれませんので」


 それは、クライの知らないホムラだった。

 少し見ない間に、彼女はたった一人で戦い続け、そして成長していた。


「ミス・ホムラ」

「アルベルトさん、さっきの攻撃、庇ってくれてありがとうございます。……けれど、こちらの助力は不要です。代わりに周囲の魔物や流れ弾から、皆さんを守ってくれませんか?」

「……引き受けよう。手負いの私では皇帝との戦いには足手纏いだろうからね。私の責任を押し付けるようで、申し訳ないが」

「いえ、お気になさらず。……むしろ好機(チャンス)をくれたこと、感謝してるくらいです。ようやく、あの皇帝をぶっ飛ばせる」


 (うれ)いはなくなった。

 ホムラは炎をその身から噴き出し、浮かび上がる。


「【陽炎(かげろう)】」


 炎熱による光の屈折で、自分の姿を誤認させる技。

 それを駆使し、飛翔し、石化光線を潜り抜けながら、皇帝へと肉薄する。



(……あぁ)


 ……ホムラアカリは休止宣言の後、ほぼずっと渋谷ダンジョンの下層に居た。


 地上との連絡を断ち、たった一人で下層の魔物達と戦い続けた。

 危険ではあるが、それが最速で実力をつける術であると、ホムラは確信していたからだ。


 食材と装備の修繕のためだけに、地上と下層を行き来する日々。まるで俗世との関わりを捨てた修行僧の如し。

 次第にそれすらも、下層で自給自足をするようになっていった。


 最初はミスリルヤドカリ、次にディープミノタウロス。そして徐々に倒せる魔物を増やしていく。

 戦い方は知っていた。トオルが目の前で、何度も実践して見せていた。


 何度も死にかけた。何回も血反吐を吐いた。幾度も心が折れそうになった。

 その度にホムラは立ち上がってきた。自分の持てる全てを賭して、彼女の理想に、夢に辿り着くために。


 そして、下層という時空間の不安定な場所で。

 生と死の境を何度も行き来したホムラは。


世界が遅く見える(・・・・・・・・)


その感覚を、己が物としつつあった。


「Cokke!?」


 皇帝が瞠目(どうもく)する。

 先程まで追えていた筈の、ホムラの動きを見失う。

 あらぬ方向に放たれた石化の魔眼が、鍾乳洞に当たり乱反射する。


(そうか、そういう事だったんだ)


 極限の状況下で、ホムラは悟る。

 トオルが見せた時間を操る技術。そのカラクリを。


(自分の時間感覚を操作する、その次の段階)


 同じ技術は、眼前の皇帝が何度も見せていた。

 地形を操作する技術。先程から皇帝が地形を歪ませる度に、ホムラは自分の時間感覚がズレるのを感じていた。


(地形の操作……ううん、環境の操作。それは周りの構造物だけじゃない。このダンジョンに流れる、時間の流れ(・・・・・)すらも含まれる)


 意識を周囲に流す(・・)

 彼女の意思に呼応して、何もない場所から焔が立ち上がる。

 ダンジョンの構造、空間、時間、気配――視線(・・)

 今まで気づいていなかった、それらに意識をやれば。


(私にだって、ダンジョンの環境は操れる)


 情報が出力される。

 正常な時間の流れから、遅くなった時間の流れへと。


 かくして、彼女の理想は現実となる。

 ホムラの時間感覚が、押し付けられる(・・・・・・・)


「Dr r r r ?」


 周囲の時間が、皇帝の動きが遅くなる(・・・・)

 それは戦況を決定づけるには、十分すぎる隙であった。


「ッ!! ミス・ホムラ、今のは……!?」

「ホムラちゃん!?」


(今! 瞬間!! 全部燃やせっ!!!)


 残された力全てをかき集め、ホムラが()える。

 全ての攻撃を潜り抜け、皇帝の視線すら置き去りに、その身に刃を突き立てる。




「Gy a aaaaa!!??」




 絶叫する皇帝。

 ホムラが纏う焔は、摂氏六千度という太陽の表面温度に等しい高熱になっていた。

 それでも皇帝を、完全に倒すには至らない。地面を転げまわり、結晶の鎧を纏ってホムラを振り落とそうとする。


「く゛っ……!」


 何度も地面に叩きつけられ、猛毒の蛇に噛みつかれ、身体を結晶化させられながらも、ホムラは決して手を離さない。


 どころか、皇帝の身体にしがみつき、鶏部分の頭部に近づいていく。

 そこにあったのは、眼球に突き立ったままのアルベルトの剣。


「いくら鎧が丈夫でも、脳みそは守れないでしょーー!!」


 ついに剣を掴み、叫ぶ。

 太陽の如き高熱が、剣を伝って皇帝の頭部に直接叩きこまれる。




「燃えろおおおぉぉぉォォォ!!!!!」


「CGYAaaaaaaaaaa!!!???」




 今度こそ、皇帝の断末魔が下層に響き渡る。

 眼球から脳髄、気管から臓腑、骨肉に至るまで。

 ホムラの焔は、皇帝を内部から焼き尽くした。


「――――」


 やがて、ホムラがすべてを燃やし尽くし。

 皇帝は、灰すら残さずに消滅した。



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