第35話 『■■■■■の塩焼き』
「この辺か……?」
転移した先は、渋谷ダンジョン中層4階。
中層エリアは渓谷のように、高低差のある地形と河川で構成されている。
エリア内には幾つかの巨大な滝があり、下れば近道だが水中には凶暴な魔物が数多く生息している。
その中の一つ、中層で最も大きな滝壺の周辺で、俺は確かに時空間の歪みを感じ取っていた。
「周りには何もない……となると、水中か?」
バリアを張り、滝壺に飛び込む。
俺の体表周辺の時間は停止している。水も魔物も、俺には一切触れることはできない。
……滝壺の奥底、光り輝く何かがあった。
それは氷塊。数メートルはあろうかという巨大な氷塊が、水底に沈んでいたのだ。
「氷の中に何かあるな……あれは、人か!?」
氷の棺に閉じ込められるようにして一人の少女が、眠るように膝を抱えていた。
そして氷漬けの少女を取り囲むように、多種多様な水棲の魔物が周りをうろついている。
彼女を狙っている事は明白だ。
「退け」
まあ俺の敵ではないが。
眼下の魔物、全員の頭部周辺を空間ごと抉り取る。
水中が血でドス黒く染まり、魔物共が沈黙する。反応できた奴はいない。
周囲に敵影がない事を確認すると、俺は氷塊ごと少女を水上へと転移させた。
……さて、この後どうするかな。
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(???視点)
私にはもう、何も残っていなかった。
故郷を失い、家族を失い、自分の夢さえも失った。
きっと自棄になっていたんだろう。現実から逃げるように、私はダンジョンへと潜った。
「とりあえず解凍しなきゃだよな……これ普通の氷なのか? どうやったら溶けるんだ?」
けれど、ダンジョンで待ち受けていたのは、もっと残酷な現実。
私には悲しいほど、探索者としての才能がなかった。どれだけ強力なスキルを持っていても、それを活かせる才能がない。宝の持ち腐れとはこの事だった。
「ふむふむ……塩をかけると氷が溶けるのか。とりあえず全身にまぶしてみるか」
それでも、何も残されていない私はダンジョンに縋り付くしかなかった。
財宝、名誉、力。
なんでもいい。どうしようもない現状を、変えられるモノが見つかれば。
そうすればあの穏やかな日常が戻ってくるかもしれないと、心のどこかで期待ながら。
「……効き目が薄いな。ちょっと加熱した方がいいか? 確か薪木がこの辺に……」
……結局、私は何も手に入れられなかった。
パーティーの仲間は、私を見捨てて逃げ出した。
仕方のない事だった。あの場面では、一番の足手纏いだった私を切り捨てるのが最善手だ。
残された私にできたのは、自らを氷に閉じ込めて、少しでも終わりを遠ざける事だけ。
……それももう限界だ。冷え切った私の体が、熱を取り戻しつつある。
間も無く私は、自分の命すら失うだろう。
「あれ、すげー燃えてるぞ……実は氷じゃなくてメタンハイドレートだったか? 大丈夫かなコレ」
ああ……そっか。
なぜか急に私の生涯を思い出しちゃったけれど、これが走馬灯ってやつなんだ。
体が熱い。私を守る最後の砦が溶けていく。
氷が溶けきった瞬間、私は魔物に全身を貪られるに違いない。
……それでも、私は抗いたい。
最期の瞬間くらい、目を閉じないでいたい。
「あ、でもちゃんと解凍できてるな。よしよし、もうちょっと続けるか。……万が一の時は、時間巻き戻して回復すればいいしな、うん。だから多分大丈夫だきっと」
……さっきからちょっと熱すぎない??
変な匂いがするし、なんかジュージュー音がする。外で一体何が起きてるの?
私は半分凍りついた瞼を頑張って開いた。
「ん?」
目の前にいたのは、黒髪の見知らぬ男。
そして氷漬けの私は、全身に塩をかけられ火に焚べられていた。
まるで人喰い族が、焚き火でご馳走を調理するかのように。
「むっきゃあああああぁぁぁぁ!!!!????」
そして私は。
白雪氷華はこの世界で、とても情けない産声を上げた。
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第35話 『謎の美少女の塩焼き』




