第21話 ホムラアカリ
(ホムラ視点)
小さな頃から、探索者になるのが夢だった。
「わたし、しょうらいはせかいいちのたんさくしゃになる!」
両親は元探索者だった。当然私もその血を引き継いでいて、そのせいか女の子らしいおもちゃなんかよりも、両親からダンジョンでの冒険譚を聞く方がよっぽど楽しかった。
私の両親は、かつて“世界一の探索者"を夢見ていたという。
負傷により探索者を道半ばで引退し、やがて私が産まれたという話を、両親は少し恥ずかしそうに語っていた。
その話を聞いた時、“世界一の探索者”という夢が、私の中で実像を持って現れた。
大好きな両親の夢を引き継ぎたいという、子供ながらの無邪気な夢だった。
……今にして思えば、小さな娘が探索者になりたいと言い出した時、きっと両親は思い悩んだと思う。
命の危険を伴う仕事に、好きで就かせたい親などいない。
それでも二人は、最終的には私の夢を応援してくれた。
……だけど、現実はそう上手くはいかなかった。
中学生の頃、クラスメイトの前で将来の夢を発表する授業があった。
そういった機会は今までも何度かあったし、その度に私は何も臆する事なく自分の夢を語った。
そして。
「世界一の探索者って……何言ってんのコイツ?」
「まだそんな小学生みたいな夢見てるの?」
「もっと女子らしく現実的な夢を考えたらどうだ」
私の夢は否定された。
私の夢を肯定してくれる人は誰もおらず、教師すらも現実を見ろと指摘した。
……私が子供みたいな夢を見ている間、みんなはずっと大人になっていたんだろう。
みんなが悪い訳じゃない。ただ私が、子供の夢を捨てられないだけ。
その日を境に、私は自分の夢を表に出さなくなった。
両親は変わらず応援してくれたけれど、私は他の誰かに、自分の夢を話すことを怖れるようになった。
だから隠した。焔朱莉という人間を。
自分の焔を覆い隠して、周囲に溶け込んで生きていくために。
みんなと同じように勉強して、みんなと同じ様に放課後遊んで、みんなと同じ様に将来を考えて。
現実を見て、身の程を知って、諦めて。
そうやって私は、大人になろうとした。
でもダメだった。私はみんなと同じにはなれなかった。
だって、自分を覆い隠そうとする度に、私の中で燻る焔が、よりいっそう輝きを増すのを感じていたから。
私はきっと、大人になれない。
このままだと私はいつか、身の内で燻る感情の焔に焼かれてしまうだろう。
――だったら、私はずっと、子供のままでいい。
高校生になった日、私は入学式をほっぽりだして探索者になった。
そのままダンジョンに単身潜り、溜め込んでいた鬱憤を晴らすように、思うがままに暴れ回った。
私のスキルはそれに応えてくれた。その日の内にダンジョンは攻略した。
当然、後でめちゃくちゃ怒られたけど、その日の事は今でも忘れられない。
私と焔が一体になったような、スキルを使った時の言葉で言い表せない全能感。
私という焔を思うがままに操り、敵を屠る爽快感。
敵を倒し、魔力を取り込む度に実感する、自分という存在の成長。
ダンジョンの主を倒し、全てを征服した時の達成感。
あれらに勝る体験は、きっと他では味わえないだろうと、私は早くも確信していた。
そしてあの感覚を、もう一度体験したいと。その涯てに待つ頂きの座に、いつかたどり着いてみたいと。
そのためには――私は自分の命すら惜しくないと、心の底からそう思えたのだ。
そこから、私の探索者としての人生が始まった。
朝から晩までダンジョンに潜り、仲間を募り、敵を倒し、財宝を得る。
それを繰り返している内に、いつの間にか私の探索者ランクはどんどん上がっていった。
配信者として活動を始めたのもこの頃だ。
最初、私は乗り気ではなかったけれど、ドロップ率が増えたり、国に動画を提出すれば報奨が貰えたり等、利点が多かったので始めてみた。
……やってみたら意外と性に合っていたようで、カメラの前では立ち回りを意識するようになった。探索仲間の配信者からノウハウを教えてもらい、有難いことにリスナーの数もどんどん増えていった。
……ただ、それでも。
自分の夢を誰かに話すことは、私は決してしなかった。
◆
探索者になってから数年の時が経ち。
私は日本で最高峰と言えるAランク探索者へと、史上最年少で昇格した。
国内で有数の探索者となり、メディアへの露出も増えた。
私が思い描く理想へ、着実に近づいている自信があった。
だけど私の前に、再び『現実』が立ち塞がった。
数あるダンジョンの中で、国内最難関とも呼ばれる渋谷ダンジョン。
その下層に跋扈する魔物達の実力は、これまでとは一線を画すものだった。
これまで培ってきた自分の実力が通用しない。
物理法則すら歪める埒外の怪物達。同じAランクで徒党を組んでも、ヤドカリ一匹倒せない。
これまでは攻略に行き詰まった時も、努力や工夫を凝らす事で突破する事ができていた。
しかしそれでも届かない。勝利へのヴィジョンが思い描けない。
端的に言えば、私は伸び悩んでいた。
そして世界には、私が倒せない敵を易々と倒してしまう探索者達がまだまだいる。
最高の探索者。世界一。その夢に手が届きかけたと思った所で、その遠い道のりをまざまざと突きつけられた形だった。
それでも、私は夢を諦められない。
心の焔は、まだ消えていない。
そんな焦りを内心で抱えていた頃、妙な噂を耳にした。
これまで一部しかネットが通じていなかったはずの中層エリア。その最奥で、ネットに接続できたというものだった。
当然ながら、ダンジョンで配信を行う際にはネット環境が不可欠だ。
国の整備により中層の途中まではネットが通じているが、それ以降のエリアでは配信自体が不可能になる。
もしその噂が本当ならば、中層奥部で配信すれば一気に話題に上がるだろう。
配信中に人が集まればドロップ率も上がる。お金を稼げばより良い装備が手に入り、現状を打破する切っ掛けになるかもしれない。
そういった期待と気分転換も兼ねて、私は単身中層の奥へと向かうことにした。
最後のボスを除けば、中層の敵は問題にならない。私は配信を行いながら、奥へ奥へと潜っていき。
そして、私はトオルさんと出会った。