第142話 『pochard』
(三人称視点)
『pochard』と、店名が玄関の立て看板に記されていた。
店内にいたのは、制服を着た耳長の女性と、店長と呼ばれた筋骨隆々の男だった。
「おお、お客さんか! なんか玄関で話こんでたみたいだが、大丈夫だったか?」
「何でもねーよ。いつも通り仕事してただけだ」
店長と呼ばれた大男に少年トオルはそう言って、店内の隅に移動した。
店の構造は、ホムラが知る止まり木亭とほとんど同じだった。
長い耳を持つ金髪の女性が、笑顔でメニューとお冷を持ってくる。
「ささ、こちらの席へどうぞ! 今は他のお客さんも居ないので、ゆっくり決めてくださいね!」
「んな事バカ正直に言っていいのかよ」
「こらトオルちゃん。お客様の前で乱暴な言葉遣いはやめようって、いつも言ってるでしょ?」
「……シンシア、さん。そのちゃん付けいい加減やめろ、いやくれませんか。恥ずかしいので」
「うん? 人間はちゃん付けで呼ぶと仲良くなれるんでしょう? 私トオルちゃんと仲良くなりたいんだけどナー」
「どこで拾ったんだよそのエセ知識」
トオルとシンシアと呼ばれた女性が、そんなやり取りを繰り広げる。
表面上は刺々しい態度を取っているが、先ほどの三人に向けられたものと比べれば、随分と気を許した関係性であるように、ホムラには見えた。
「あの人、店員の人……ですよね。でもあの耳は?」
「わーお珍しい、エルフじゃん。なんでこんな所で店員なんて……いや、あのトオルが居る時点で今更か」
「エルフ?」
「友好的な異世界人。いや分類的にはユニークモンスターだし、その中でもエルフは特殊な立ち位置なんだけど……まぁ今はいいか。宇宙人も敵ばかりじゃないって事だね」
「そんな事よりも、料理を頼むなら早く頼まんか。儂は長居などしとうないぞ」
「あ、そうですね。ここまで来て何も食べないというのは失礼ですし」
(店内に怪しい所は見当たらない。とても精巧な模造品だ。でも……)
彼女達の後ろでは、トオルが周囲を具に観察している。
見張り、というのもあるだろう。だがその視線は三人だけでなく、他二人の店員にも向けられていた。
(トオルさんは自分が偽物だって気づいたけど……この二人の店員さんは、自覚していないように見える。そして多分、トオルさんもそれに気づいてる)
「お客さん方、注文は決まったかい?」
筋肉の盛り上がった、アジア系の顔立ちをした男性。
店長と呼ばれていた彼の胸元には、『アズマ』と書かれた名札が付いていた。
(この人が店長さん……トオルさんに、料理を教えてくれた人。名前と顔立ちからして、日本人なのかな)
「じゃあボクは【ユグドラシルの葉っぱサラダ】にしようかな」
「むぅ……人間の食事など食べた事がないから、どれにすればいいかわからんのう」
「あ、そっか。アルちゃんはずっと深層にいたんでしたね……お肉とかなら、味の良し悪しもわかりやすいでしょうか?」
「魔物の肉なら食ったことはあるのじゃが……その、ホムラ。儂の分のメニューも決めてくれんか?」
「はい、大丈夫ですよ!」
◆
そして、三人分の料理が運ばれてくる。
アズマという店長の料理の腕は確かなものだった。
ホムラは調理場面を見ることはできなかったが、料理を口に運んだ瞬間にそれは理解できた。
この男性は、紛れもなくトオルの師匠なのだと。
「美味しい、です。魔物の素材をここまで上手に調理するなんて、すごいですね」
「ハハっ、ありがとなお嬢さん。こんな辺鄙な場所にある店だが、満足してもらえたなら何よりだ」
そう言って笑みを見せるアズマ。しかしホムラはこの料理に、どこか物足りないものを感じていた。
(美味しいのは間違いない。料理の腕に関しては、もしかしたらトオルさんよりも上かもしれない。……けど、やっぱりこれは偽物だ)
上質な素材と、最高峰の技術が織りなす美食。確かに美味しい。だが言い換えればそれだけだった。
あの感動が、トオルの料理を食べた時の感動がやって来ない。
これは、“美味しい料理”というタグを付けられたただの情報の塊だ。
これはホムラの知る美食ではない。
(重要な何かが欠けてしまっている。だから本物を超えられない、劣化した模造品なんだ。それは多分……あ)
「…………」
なぜバエルの体内にこのような模造品が再現されているのか。ホムラはその真実の一端を、掴みかけたような気がした。
そしてその様子を、背後でトオルはじっと見つめている。
「……。これが、人間の料理。調理された肉か」
「うん。これは素晴らしい料理だね。ところで店長さん。どうしてこんな所で店を開いているんだい? ボクも初めて見た時はビックリしたんだけれど」
料理を味わいつつも、イヴは店長にそう尋ねる。
彼女もこの料理の違和感には気づいている。しかしそれには触れず、本来の目的である情報収集を始めたのだ。
(なんとなく全体像が見えてきたけど、もう少し確証が欲しいね。あと、サカガワトオルの根源とも言える場所……この店と店員達についても、情報が欲しいな)




