第141話 少年トオル
(三人称視点)
(過去の時間軸の、トオルさん)
ホムラは少年の正体を聞いて、すんなりと納得した。
確かに眼前の少年は、ホムラの知るトオルをそっくりそのまま若返らせた姿に見える。
髪はボサついているし、眼光も鋭いが、その風貌はトオル本人で間違いなかった。
(トオルさんの昔の姿って、こんな感じなんだ……でも、どうして此処に?)
「まあ、理解が早いとボク達も助かるけどね。お察しの通り、君自身とこの店、この空間は意図的に生み出されたものだ。本物は此処にはないし、そもそも時間軸が違う。……つまり結構な異常事態なんだけど、わかってくれるよね?」
(……そうだ。異常事態なんだ、これは。そもそもトオルさんを模倣できている事自体がおかしい)
模倣。複製。コピー。
3Dプリンターのように、ある程度の情報量と適切な手段があれば、実現は可能だろう。そういったスキルもある。
そしてサカガワトオルをコピーできているという事は、それを可能にするだけの情報量を持っているということ。
つまり元凶である魔王種バエルは、目の前の過去トオルよりも多くの情報量を持ち合わせているという意味だ。
そんな存在がふらふらと深層を彷徨っている事自体が異常だし、この空間と状況そのものも異常なのだ。
「ボク達も望んでここに来た訳じゃないんだ。敵対する意志なんてもちろん無い。……だから過去のアレコレについては謝るけど、ここは水に流して信用して欲しいなぁ、なんて……」
「――――」
冷や汗混じりのイヴの説得に、少年トオルは考える素振りを見せた。
彼の実力は圧倒的だ。もし説得に失敗したならば、最悪三人とも殺害されるだろう。
ホムラの知るトオルとは違い、眼前の彼の殺気は本物だ。
何がどうしてこんな性格になったのか彼女は知るよしもなかったが、ここが分岐点であることは理解できていた。
「俺を模倣したって事は、元凶は俺に何かをさせたがっているんだろうな。俺だけじゃなく店ごととなると、目的は――」
自身が模造品であると知ったにも関わらず、少年トオルにはいささかの動揺も見られなかった。
冷静なトオルの思考が、この模造世界の真相に触れる。
そして不意にその眼光が、ホムラに向けられた。
「おい、そこの人間」
「は、はいっ! ホムラアカリです!!」
「名前までは聞いてねぇよ……お前、なんでコイツらと一緒にいる? イヴも魔王種も人類の敵だろうが。脅されてるのか?」
過去のトオルという事もあって、やはりホムラの事は何も知らないようだった。
それでも掛けられたその言葉は、彼なりの優しさだったのだろうか。
ホムラはその問い掛けに、彼の心情を垣間見た。
(……そっか。トオルさんは、魔王種そのものが嫌いなんだ。魔王種が敵だと思い込んでいる。じゃなきゃこんな気遣いはしてこない)
「私は、脅されている訳ではありません。自分の意思で、二人と行動を共にしています」
それに、とホムラは言葉を続ける。彼の思い込みを解かなければ、イヴとアルの安全は保証されないのだから。
「……二人は確かに人間ではありませんが、根っこからの悪い人という訳ではありません。昔のことは分かりませんが、少なくとも今は人類に敵対していません。現に私も、イヴさんには色々と助けてもらいました」
「ふぅん……?」
訝しげに、トオルの視線が三人の間で行ったり来たりを繰り返す。
……数分程、そうしていただろうか。
「結果的には思惑通り、ってのは気にくわねぇけどな」
「?」
「創造主サマの目的がどうあれ、俺のやる事は変わらない。――敵からこの店を守る。それが用心棒として雇われた、俺の存在意義だ」
「えっ」
まだ声変わりもしきれていない、子供と大人の中間の声色で、彼はさっきと同じ言葉を繰り返した。
「で、どうすんだよ? 店に入るのか、入らないのか。客じゃないなら邪魔だからとっとと失せろ」
既に突き刺すような殺気は抑えられている。
彼の発言の意味を察せない程、彼女たちは鈍くはなかった。
◆
「で、なんで店にわざわざ入るんじゃーっ!!?」
二対一。多数決によりお客さんとして店に入ることが決まった。
「だってあれ、明らかにこの体内世界の重要地点じゃん。少しでも情報を集めないと一生ボクら脱出できないよ?」
「ごめんなさいアルちゃん、私もあの店には行ってみたいです。脱出の手掛かりもそうですが、個人的に気になる事もあるので」
「あの化け物みたいな店長の住処じゃぞ!? わざわざ危険生物の巣に入る奴がどこにおる! マモンみたいに骨まで貪り食われるかもしれんぞ!」
「いや、マモンさんはそんな事されてませんし生きてますけど……」
「じゃあアルちゃんだけお留守番してる? ボクら二人で中に入ってくるから」
「それも嫌じゃあー! 儂を置いていかんでくれぇ〜!」
「……なんでもいいからさっさと決めてくれねぇかなぁ」
じたばたと子供のように駄々を捏ねるアル。
彼女はトオルに対し、相当の苦手意識を植え付けられてしまったようだった。
本物のトオルに拉致監禁され、過去のトオルにいきなり殺され掛けたのでは無理もない、かもしれないが。
「……というか、今更なんだけど。ボクも魔王種のアルちゃんも入店して良いのかい?」
「……別にうちの店は、ヒト様限定って訳じゃない。迷惑を掛けないなら誰でも客だ。ただ魔王種はその割合がクソ多いってだけだ」
「にしては随分と態度が違うように見える。もしかして、この世界のカラクリに気付いてたりして?」
「知ってても教える筋合いはねーな」
「ちぇー。まあいいけど。ボクらはボクらで好きにやらせてもらうし」
イヴとトオルがそんな会話を繰り広げている内に、ホムラがアルをなんとか説得したようだった。
ホムラの陰に隠れるようにして、アルが恐る恐る付いてくる。
「わ、儂は何かあったら一目散に逃げるからな!? あと料理も食べんからな!?」
「いいですよ、アルちゃんは私の側に居てくれるだけで大丈夫です。それだけで私も心強いので!」
「……お前、変な奴じゃなあ」
アルが珍しいモノでも見るような視線で、ホムラをじっと見つめる。
そしてボソッと、小さな声で呟いた。
「……そ、の。さっきは助かったのじゃ。庇ってくれてありがとう、なのじゃ」
「? アルちゃん、今何か言いましたか?」
「何でもない! ほれ、行くなら行くでさっさと動くぞ!」
「話はまとまったか? んじゃ付いてこい」
そして少年トオルが先導し、やや乱暴に店の扉を開く。
「店長、お客さん。三名様だ」




