第140話 過去からの使者
(三人称視点)
――魔王バエルは飢えていた。
魔王種という存在は、人類の持つ負の側面、原罪としての属性が強く現れる事が多い。
そしてバエルが宿した原罪は【暴食】。
果てなき食欲。飽くなき暴食。
いくら食べても、何を食べても、バエルが満たされることはない。
莫大な情報量を蓄え、もう一つの宇宙とも呼べる体内世界を作り上げるに至っても、彼の欲望は満たされない。
しかしその事実に彼が悲観する事はなかった。
彼にとっての生きがいは、情報を喰らい続ける事。それ以外の事はどうでもいい。
己が満たされるかどうかなど、彼にとっては大した問題ではなかった。
……ある時。バエルがいつものように情報を貪っていると、その中に気になるものがあった。
なぜかダンジョンの中で、料理を提供している店があるのだという。
そこを訪れた客は、いずれもその食事に満足しているようであった。
彼はこの時、“美食”という概念を初めて理解した。
魔王種の本能に従って、ただ目的もなく食事を繰り返す彼にとって、味の良し悪しなど関係がない。
ましてや食べ物を美味しいと感じた事など、ただの一度もなかった。
“この店の料理を、美食というものを味わってみたい”
バエルの中に、新たな欲望が一つ生まれる。
宛もなく暴食を繰り返していた彼に、明確な指針が生まれた瞬間であった。
◆
「――で、お前らは客か? それとも敵か?」
そして、バエルの体内空間にて。
ホムラ、イヴ、アルの三人は、凶悪な気配を漂わせる少年の前に固まっていた。
ヘビに睨まれたカエルとでも言うべきか。圧倒的な実力差を感じ取った三人は、その少年に対し何ら抵抗らしき行動も起こせなかった。
(この人は、トオルさんだ――)
しかし。ホムラアカリは、思考だけは止めていなかった。
不屈の精神が、探索者としての本能が、思考を停止させる事を許さなかった。
この窮地を脱する為に、どんな情報も見逃すまいと、ホムラは思考を回転させ続ける。
(でも違う。若すぎる。私の知っているトオルさんじゃない。
また別の世界線のトオルさん? ……ううん、違う。直感だけど、そうじゃない。
この人は止まり木亭を営んでいる世界線の、トオルさんで間違いない――)
「……ボクたちに、敵対の意志はないよ」
そして思考を巡らせていたのは、ホムラだけではなかった。
イヴもまた同様に、両手をあげて降参の意を示しながら、ゆっくりと少年に話しかける。
「ちょっと気になって、この建物に近づいただけなんだ。何かを企んでいた訳じゃない。だからどうか、その刀を納めてくれないかな? ――ほら、アルちゃんも」
「うぇっ?」
ただ一人、思考まで止まってしまっていたアルは、イヴに話しかけられてようやく動き出した。
見様見真似で両手をあげて、敵意がない事を示す。
「わ、儂もこの通り、ただの無害な女の子じゃ〜、だから何もせんでくれぇ……」
「…………」
普段の人間を見下す態度から一変。見事な媚び売りであった。
しかしそれを眺める少年の視線は、冷たいままだ。
「……おいお前。思い出したぞ、確かイヴとかいうクソダンジョンコアじゃねぇか」
「う゛」
「そんでもってこっちはクソ魔王種か。害虫野郎が、クソ女と組んで何しにきた? また世界征服とかアホな事企んでるのか?
上等だ、前と違って連れは居ねぇが、お前程度バラすのは造作もない――」
「ちょ、ストップストーーップ!! 暴力反対!! 今日のボクは悪さしにきた訳じゃないからっ!!」
慌てて両手を振って無害アピールを始めるイヴ。
……かつてトオルとイヴは敵対関係にあったと、ホムラはその様子を見て思い出していた。
「信用性皆無だな。怪しい奴は駆除するに限る」
「ちょっと短絡的過ぎない!? もうちょっと周りをみようよ! ほら、この空間おかしいでしょ!?」
「……ぁ?」
イヴの必死の説得に、ようやく少年が注意を外に向ける。
そして何かに合点がいったかのように、表情に納得の色を見せた。
「……。本物じゃねぇな。大方誰かの作った模造世界って所か? でもって俺とこの店は模造品か」
「ちょっと理解が早すぎないかな」
「フン、ちょっと時空間操作に詳しけりゃわかる。どっかから手に入れた過去の情報を元に、俺とこの店を再現したのか」
そして最短で真実に気づいた少年――過去の時間軸のトオルは、気に入らないとでも言いたげに鼻を鳴らした。




