王太子「あのー、婚約破棄したいのですが」
トゥルル、ガチャ。
「はい、異世界テレフォン相談室です」
「あ、よろしくお願いいたします」
「はい、あなたおいくつですか?」
「あ、十八歳です」
「結婚はしてらっしゃる?」
「いえ。でも婚約者がいます」
「なるほど、婚約者のかたはおいくつですか?」
「僕と同じで十八歳です」
「なるほど、婚約してらっしゃって、同じお歳で……。親御さんはご健在ですか?」
「あ、います」
「おいくつですか?」
「えーと、父が三十九歳、母が三十八歳です」
「ご兄弟は?」
「兄がいます」
「このお兄さまの年齢は?」
「兄は、二十歳です」
「なるほど……、それで今日はどういったご相談ですか?」
「あの~、それがですね、婚約者に婚約破棄したいのですが」
「はいはい、今、ご婚約なされてるお嬢さんに婚約破棄と……。なにか性格が合わないとかそういうことですか?」
「それがですね、元々親同士っていうか、政略って感じで、僕の意思じゃなかったんですよね」
「はい、はい」
「それで、向こうの家の権力が強いので、こちらは逆らえないのを良いことに、高飛車っていうか、上から目線っていうか……」
「なるほど。でも家と家のつながりなら──、やっぱり親と親で話し合って貰うしかないんじゃないですか?」
「それがー、なんか、親の前だと上手いっていうか、メチャクチャ気に入られてて、僕が何言っても聞いて貰えないし、お前の我が儘だとか言われるんです」
「つまり、親御さんは結婚に賛成だと?」
「そうです。でもですね、僕には好きな彼女がおりまして……」
「好きな彼女っていうのは、婚約者ではない人ってことですか?」
「そうです。ピンク髪で胸の大きいかわいい人で」
「ははあ、そのかたはおいくつで?」
「えっとぉ十六歳です」
「十六歳……、そのかたのほうが好きだから、こっちと婚約したいって、親御さんには言いました?」
「いえ、まだです」
「どうして?」
「あの家格が釣り合わなくて……」
「あー、なるほど。政略的に釣り合わないと」
「そうです」
「でも、そうすると婚約者のかたをないがしろにして、他のかたに目を向けてたら、元々の婚約も危うくなるんじゃないの?」
「それでですね、最近、婚約者のほうが、彼女に嫌がらせしてくるようになったんです」
「例えば、どんな?」
「陰湿ないじめですね、学校で無視したりとか、彼女の物を壊したりとか」
「ほほぅ……、婚約者のほうが彼女さんより家格も上でしょうから、そういうかたからいじめられたら、彼女さんもまいっちゃうんじゃないですか?」
「そうなんです、そうなんです。だから僕、我慢できなくて、今度の卒業パーティーで婚約者のやつを吊し上げにしてやろうと思ってるんです」
「なるほどね……、つまり今日の相談というのは、婚約者さんと婚約破棄をして、彼女さんと結婚できる大義名分をもったから、それを実行してもいいかどうかということですか?」
「そ、そうです」
「分かりました。本日は弁護士の大阪三重子さんがおりますので、相談してみてください」
「はい」
「もしもし?」
「あ、よろしくお願いします」
「はい、こんにちは。んー……、あなたね、卒業パーティーで婚約者のかたを吊し上げにしたい、これ、とっても危険なことですよ?」
「……そうなんですか?」
「ええ。お相手を大衆の前で侮辱したりするのは、却って名誉毀損で訴えられます」
「いえ……、先生、でも事実なんですよ。婚約者が彼女に意地悪しているのはですね」
「んー、でもね、真実だからといって、やって良いことと悪いことが有りますよね。法律ではね、あなたのほうが不利ですよ」
「でも先生、婚約者は彼女を公衆の面前で罵倒したり、みんなに指示して無視したりさせてるんですよ? それは違法じゃないんですか?」
「あのね、そしたら彼女のほうがそれを訴えることができます。そうなさらないのは何故かしら? なにもね、あなたは女性同士のいざこざにね、好んで首を突っ込む必要はないですよね?」
「それは……、彼女は優しい人で……、家格も違いますから言い出せず、僕を頼ってるというか、そのぅ」
「んー、どうもね、私が聞いてると、あなたって、とってもお人好しな性格じゃないかしら?」
「はぁ……、言われることはあります」
「あのね、聞いてるとね、こう言ったら、あなた怒るかも知れないけど、彼女に良いように使われてるんじゃないかしらね?」
「まさか、そんな……」
「あなたはね、彼女に言われるがまま、泣き付かれてね、卒業パーティーで婚約者のことを、大衆の前で意地悪しただろうと訴えたからといって、婚約者のかたがね、気を悪くしてお屋敷にでも引っ込んで、向こうから婚約破棄をしてくれたら嬉しいなぁとか考えてるかも知れませんけど、それはあなたにとっても評判の落ちることだとお気付きにならない?」
「評判の落ちる……ですか?」
「そうですよ。婚約者を追い詰めて、婚約者じゃない女性の肩を持ってるってことですもんね」
「でもそれは真実の愛で……」
「真実の愛かどうか知りませんけどね、それ、あなた、彼女がいじめられてるのを見たんですか?」
「いえ、それは、彼女がウソを言うわけがなく……」
「見てないってことですよね? 見てないで、それを盲信するっていうのは、私から見たらとっても危険ですよ?」
「危険……ですか?」
「そうですよ。状況証拠もなくね、彼女の言われるがままにやってたら、あなたの信用もなくなってね、立ってる場所も危うくなりますよ」
「立ってる場所というと?」
「あなた、お兄さまがいらっしゃるわよね」
「あ、はい」
「そのお兄さまが居られるのに、あなたに家格が高い婚約者を親御さんが与えるってことは、あなたを後継者として認めてるってことじゃないかしら?」
「あの……、でも兄は妾腹でして……」
「お兄さまは妾腹でもですね、そのお兄さまを下げて親御さんはあなたを後継者としてるってことですよね?」
「は、はい、その通りで……」
「それがあなたの立ってる場所じゃないかしら?」
「あ、はい……」
「あなたね、それは婚約者さんの家の後押しがあるから、今の地位にいられるんですよ。もしもね、婚約者のお嬢さんがね、家に訴えたら、この結婚ダメになりますよ。そしたら、あなたの親御さんもね、家を守るためにお兄さまに婚約者さんを別で婚約させるんじゃないかしらね?」
「そ、そうですかね?」
「そしたらね、あなた後継者じゃいられなくなりますよ。親御さんも、そのピンク髪のお嬢さんと勝手に結婚しろっていうかも知れませんけどね」
「は、はぁ」
「でもね、ピンク髪のお嬢さんは、そんなあなたと結婚したいと思いますかねぇ?」
「え? それは……もちろん」
「フフ。あなた平和な人ですね」
「え?」
「そのピンク髪のお嬢さんは、今のあなたの地位に恋してるだけですよ。あなたが何もかも捨てて、彼女の元に行ったとしても、おそらく彼女は受け入れないんじゃないかしら?」
「いや、でも、しかし……」
「あなた、これまでピンク髪のお嬢さんに、何を買ってあげたか思い出して見てくださいよ」
「それは……、馬車とか」
「馬車って十万、二十万の話じゃないですよね?」
「あと邸宅とか……」
「邸宅? おいくらくらいの?」
「あの、都の一等地で……」
「一等地というと何十億ですね、他に貴金属とかドレスとかプレゼントなさってるでしょ?」
「あと彼女の父と兄弟に重要なポストとか……」
「んー、それね、あなた、もう卒業パーティーどうこうの前に、親御さんももう動きますよ?」
「え?」
「だってね、親御さんにしてみれば大切な婚約者さんをないがしろにして、家のお金をたくさん持ち出してるわけでしょう? 最初は親御さんもあなた可愛さで黙ってらしたかも知れないけど、醜聞ってのが人は好きですからね、都中の噂になってますよ。もう婚約者さんもあなたを見限ってるんじゃないかしらね」
「そ、そんな。アイツは僕のことが好きで……」
「いやどうかしらね? あなた最初に婚約者さんは高飛車で上から目線って言ってませんでした?」
「いえ、あのう」
「そういうかたって、プライドが高いんですよ。自分を踏みつけられることを嫌うんです。多分ねー、あなたより二手、三手多く動いてるんじゃないでしょうかね?」
「そ、そんな……」
「あなたはね、そのピンク髪のお嬢さんと手を切ってね、婚約者さんに許しを乞うしか道はないと思いますよ」
「せ、先生! だったら婚約者と結婚して、彼女を側室にするっていうのは……?」
「元々ね、あなたにはその道もあったかも知れないけど、ここまで来たら、もう無理かも知れませんね。だってあなた達は裏で婚約者さんを笑ってたんでしょう? それはね、もう婚約者の耳に入ってますよ? 私はあなたが思うよりもね、婚約者さんのほうが数枚上手だと思いますがね──」
「そんな……」
「代わります。相談者さん、お分かりになられましたかー?」
「え、あ、はい」
「今の大阪先生のお話、私ももっともだと思うんですよね」
「は、はい」
「それから、あなた、婚約者さんと婚約破棄しようとしておきながら、アイツは僕のことが好きとおっしゃいましたが、この彼女さんとダメになったら平気で婚約者さんのところに戻ろうとしてませんか?」
「いえ、そのう……」
「あなたね、世の中そんなに甘くはないですよ。家と家の繋がりで婚約して、こっちに可愛い人がいたからって、それを裏切ったら相手方には慰謝料を通り越して賠償金うんぬんまで話が大きくなりますよ」
「そ、そうでしょうか?」
「いいですか? あなた、彼女と真実の愛とおっしゃるなら、彼女の目を見てね、自分が後継者から外されたと言ってみてください」
「いや、それは……」
「あなた知ってるんですよ。それを言ったら彼女が自分から離れていくことに」
「いや、でも……」
「あなたの進む道はね、なんとか婚約者さんにプレゼントでも贈って、機嫌を良くしてね、そのピンク髪のお嬢さんには別れを告げて、婚約者さんと楽しい卒業パーティーを送ることだけですよ」
「は、はい」
「それでも、婚約者さんの気持ちを回復できるかは疑問が残るところですが」
「あ、あの……、はい」
「よろしいですね。では失礼します」
ガチャ。
「あなたのお悩みはなんですか? 電話一本くだされば、あなたの悩みに一筋の光を当てることが出きるかもしれません」