「いつまでも」貴方の傍に
「相棒」「女の子を登場させる」という企画のもと、考えた作品です。残酷描写がなし、という前提を忘れてガッツリと入れてしまったので普通にあげます。
ざまぁ部分はもっと酷かったところ、ある程度に修正…できたはず…。
是非読んで頂けると嬉しいです。
全てに絶望していた。
親の顔なんて覚えてないくらいにずっと1人で生きていた。
常に腹を空かせ力もやる気も起きてこないながらもなんとか生きたくて。
人を見て、隙さえあれば盗んだ。
食べ物も着ている服も俺が持っているのは全てが盗んだものだった。
思考力が低下していたあの日、盗む相手を間違えてやばいやつに捕まった。
あらんかぎりの暴力をふるわれて、ついに死ぬのかと思った。
そいつが去っても立ち上がれなくて、壁を背に時間が過ぎた。
生きたい、という気持ちと死んでしまいたい、という気持ちは半々だった。
俺はこんな所で1人で終わるのか・・・と思い頬を一筋の水が流れた時だった。
「大丈夫?痛そうね」
綺麗な服を着た女の子。俺とは生きる世界が違うであろう貴方が俺に声をかけた。
「貴方のご両親は?どうしてここにいるの?なんでケガをしているの?」
矢継ぎ早に質問されたが答える気力もなかった。何も答えない俺に女の子の後ろにいた男は顔をしかめて女の子を連れてこの場を去ろうとする。
「ねぇ貴方、私のとこに来ない?」
女の子は俺に手を伸ばした。後ろの男がお嬢様!と焦って止めているが女の子は引かない。
「貴方は生きたくない?私はやりたいことがたくさんあるの。私のやりたいことをかなえる為に協力してくれない?」
その目は真剣なもので、その迫力に俺の手がつい女の子の手に重なった。さっきまでは全く動かせなかったのに。血や泥で汚れた俺の手をはらうことなく、握り返された。
「ありがとう、私はローズ。私に貴方の人生をちょうだい。その対価はきちんと払うわ」
そう言って俺に向かって笑った女の子の顔は今でも忘れていない。
まだ幼く、未来に希望をもった貴方の笑顔。
そして今、俺の腕の中で浮かべている笑顔は全く別のもの。
全てに絶望し、だがかすかにだけ浮かべられたこの微笑み。
この微笑みは俺に向けられたものだろう。絶対に忘れない、忘れられない、忘れちゃいけない。
あいつら全員に貴方が感じた絶望よりも深い絶望を与えるまでは・・・・・・・・・
孤児として死の間際にいた俺を拾ってくれたお嬢様は公爵家の一人娘。
当時、幼かった彼女は産まれた際に母親が亡くなってしまったせいで虐げられていた。
実の父親、母親の近しい者達、使用人に至る周りの全てが敵だった。そんな中1人でいることに疲れ、物語にあるような絶対的に頼れる存在を求めていた。
だからこそ道ばたに捨てられたゴミのような俺を拾ったのである。
全てに絶望していた、死んだような目が気に入ったらしい。自分と同じような者なら仲間になってくれると思ったとのこと。
それでいいのかと思うかもしれないが実際に俺は彼女の仲間、絶対的に裏切らない存在になったのだから彼女は先見の明があると言えるだろう。
拾われた俺は彼女の専属執事となるように教育された。
彼女が拾ってきたことや、平民以下の孤児であることですんなりと受け入れられることはなかったが、なんとかやってきた。
彼女に誠心誠意使える者が1人もいなかったこともあり、最終的には全てのお世話を俺が担当するようになった。
あの頃の俺の毎朝の仕事は主人を起こすことからだった。
「お嬢様、起きて下さい」
声をかけても全く起きる様子がないので布団を引っぺがす。
「ふへぇっ」
何が起きたのか分からない、という顔で起き上がったお嬢様の姿を見てため息をつく。
「何という格好をなされているのですか。どういう寝方をしたらそのように乱れた姿になるのか・・・」
布団にくるまっていたお嬢様は貴族令嬢としてはあるまじき姿、男に見せてはいけない部分さえもみえている。
「あら?寝る時は普通でしたのに、何故かしら?」
首をかしげているお嬢様にもうひとつため息を差し上げてから次の行動を促す。
「こちらにお召し物を用意してあります。もう少ししましたらお食事をこちらに運びますのでご用意をお願い致します」
「はいはい、ため息ばかりついていると幸せが逃げていくらしいわよ」
「誰のせいでございましょうね、では失礼します」
部屋を出て食事の準備にうつる。執事である俺が未婚であるお嬢様を起こすのも、服や食事の用意をするのも、気安い態度をとるのもおかしいだろう。
だが俺達にはこれがいつもの生活だった、公爵家の一人娘なのだから使用人からも見放されるなど普通はありえない。未来の主人に逆らう馬鹿なんているはずないからな。
だが彼女が第二王子の婚約者に選ばれてしまったのが故にこのような事態になってしまった。公爵家は旦那様が探してきた養子が引き継ぐことが決定している。
貴方だけでも傍に居てくれるからいいの、と私に言ってはいたがずっと父親の愛を求めていた。なのに実の父親からこの家にはいらないと言われたようなもの。
その事実を伝えられた時、彼女は荒れに荒れた。何にでも文句をつけて暴れ出すようになったことで余計に彼女を孤立させ、誰1人として傍にさえ寄らなくなってしまった。
更にはお嬢様を婚約者に選んだ第二王子も子供特有の好きな子ほど虐めたいというやつなのか、お嬢様に冷たくし、目の前で他の令嬢と仲良くするなどの行動をとった。
ますます荒れ、自らさえも傷つけるようになったお嬢様。そんな彼女を必死に支えた。
家庭教師達が教えてくれるのはただの知識だけ、俺はその他のありとあらゆることを教えた。
この料理が美味しい、これの作り方は・・・
誰かにケガをさせてはいけない理由、どうなってどのくらい痛いのか
何故周囲の人間が冷たいのか、どう対応していくのか
何故第二王子はからかってくるのか、男心とは
男に好かれる性格や仕草は、それにスタイルも
自分が辛い時どうしたらよいのか
自分を守る為にどうならなくてはいけないのか
俺だけは何があっても貴方を裏切らないこと
そうしてお嬢様は俺が育て上げた。
艶があって癖が全くない綺麗な金の髪は流れるように下ろし、少しつり上がり気味の目もメイクで優しさをだすように。
胸は大きく腰は細く、尻はハリがある抜群のプロポーション。相手の話を聞き、そっと寄り添うような優しい性格。
学園に通い始める前には、俺以外にも味方ができるくらいまでに成長した。
新しく雇われた使用人とは良好な関係を築き、友人と呼べる者が何人もでき、婚約者とも良い雰囲気に。
俺を救ってくれたお嬢様の為、俺の全ての知識や技術、時間の全てを捧げた。
分不相応ながらも、お嬢様の兄かお嬢様を支える相棒といった立場だと思っていた。
お嬢様の笑顔が俺にとっての幸せだった。
しかしそれはお嬢様が学園に入学されたあたりから狂い始めた。
始めはちょっとした違和感だった。お嬢様は毎日が楽しいと笑顔だったのに、少しだけ本当に少しだけ昔のような寂しさが宿った目をしたことがあった。
しかし何度聞いても問題ない、私は幸せよと返された。
だが、次第にただのしがない執事である俺にすら噂が流れてくるようになった。
第二王子の真実の愛を邪魔する悪役令嬢
自分より下の人間を虐める性悪女
多数の男を手玉にとる娼婦
信じられないような悪評の数々が全てお嬢様のことを指していた。
あり得ない噂にあきれかえるが、それを多くの者が信じてしまっているらしい。
その噂の出所を調査し、その火消しに回る日々。
だが、どんなに金や公爵家の権力を使っても消えないお嬢様の悪評達。抗えない何かに邪魔されているようで俺は情報を集めたりで手一杯になってしまっていた。
そして運命の日がやってきた。
王宮のパーティに向かうお嬢様を飾りあげて、馬車までエスコートする。
会場でのエスコートは婚約者の第二王子の役目だから俺は屋敷に戻ろうとした。
ツンッと服が引っ張られ、後ろを見るとお嬢様が俺の服の裾を指先で握っている。
「お嬢様?」
伺うように声をかけるとハッとされたお嬢様は自分が俺の服を持っていることに驚いていた。
「何でもないわ、行ってきます」
そう言って笑ったお嬢様は今にも泣き出しそうな、すがるような目をしていた。どうして、何が?と考えていると無情にも扉は閉められ馬車は王宮へ向かった。
帰ってきたら色々とお聞きしなければと思った時、ふと最近はあまりお嬢様と会話ができていなかったことを思い出した。
情報集めで忙しく、今までよりもお側にいることができなかった。更には何故か改善できないこの状況に苛立ち、お世話をしている時も失礼な態度だったこともある。
なんということだと自分の失態を嘆く。お嬢様が帰宅されたら今までのことを謝罪しなければ、と屋敷に戻った。
お嬢様の帰宅時間に会わせて部屋を整え、そろそろ帰る頃かと何度も様子を見るがいつもの時間を過ぎても帰ってこられない。
どこからか知らせが来ていないかと確認してもそれもない。
あまりにも遅すぎる、そう思ったが俺に確認するすべはなく困っていた。そんな時に当主である公爵様がご帰宅されたのでこれ幸いと今の状況を伝えるとローザは王宮にいる、という返答だけだった。
王宮で何かあったのか・・・?お嬢様は第二王子の婚約者であるから王宮に泊まっていても問題はない。だが何故か嫌な予感がした。
だから公爵様の部屋へ執事が一緒に入室したのを見た俺はこっそりと盗み聞きをした。
「ローザは明日、斬首台へ送られることが決まった。今日中に我が家門から除籍する手続きをとれ」
「ざっ、斬首台ですか!?何故そのようなことに。それに除籍してしまえばお嬢様は・・・」
「かまわん、刑が執行されるのは明日。もう何もできはせん」
小さく交わされた2人の会話だがしっかりと聞いてしまった。ありえない話に息が止まる。
お嬢様が斬首刑だと・・・?それも明日・・・?そんなことあるはずがない。この国にはきちんと法律がある、裁判などせずにこのようなことあるはずが・・・
王族が関わればできるのか・・・
俺はすぐに屋敷を飛び出した。王都にある最近出入りしていた情報ギルトへ向かう。お嬢様を助けなければ、その思いだけで夜の道を駆けた。
ギルドに駆け込むとギルド長の元へ行き有り金の全てを机に放り投げ聞く。
「今日の王宮のパーティで起きたこと、明日の下される刑について分かるだけ全てのことを教えてくれ!」
ギルド長はニヤリと笑い、全てを教えてくれた。
パーティで第二王子がお嬢様に婚約破棄を宣言したこと
学園で出会った男爵令嬢が真実の愛で、そんな彼女をお嬢様が虐めていたということ
これからその女を殺害する計画まであるということ
その全てをお嬢様は否定した、だが誰も信じてくれる者がいなかったこと
王族に関係する者への殺人未遂で投獄されたこと
そして数多の人間の証言により、お嬢様は悪役令嬢とされ斬首台に送られること
その刑は明日の正午ちょうどに執行されること
あまりにもありえない状況に笑ってしまう。疑問点はありすぎるがどうでもいい、お嬢様を助け出さなければ。
ギルドを出てお嬢様の元へ向かおうとすると周りを囲まれる。
「何だ?」
黒い布で顔を覆ったやつらは10人、手にはナイフ。
「俺の邪魔をするなら容赦はしない」
傷を負いながらもなんとかそいつらを片付けるが、次第に空が明るくなっていく。早く、早くお嬢様の元へ・・・!!!
その後も何度か襲撃にあった俺が、斬首刑が行われる広場に俺がつけたのは正午になる直前だった。
刑の執行を見に来た民衆が多すぎる。こんなこと滅多にないと息を荒くして興奮する男やいい気味だわと笑う女に怒りを覚えるがそんなことよりもお嬢様は・・・
その時だった。民衆からわぁー!という歓声が上がった。
斬首台を見るとその前に兵に両腕を捕まれたお嬢様がいた。
俺が整えて送り出した、髪も顔も服も全てがボロボロだった。その姿に俺の頭は全ての血が上ったような感覚がした。
お嬢様!俺が叫んだ声は民衆の声にかき消された。女を横にはべらせた第二王子がなにやら語っていて、それに答えている様だ。
俺は民衆をかき分けて進む。人と人の間を力で押しのけて進むが一向にお嬢様に近づけない。
俺の目からは涙が溢れ、あらんかぎりの声でお嬢様と叫ぶ。
お嬢様の体が前に倒される。いやだ、やめろ、やめてくれ、なんで俺は今お嬢様の隣にいないんだ!なぜだ、なぜ、俺には力がないんだ、いやだ、頼む神様・・・!
俺が最前列へと飛び出せた時、第二王子の手が下がった。お嬢様―!俺の叫びに答えるようにお嬢様と目が合う。時間としては一瞬だろう、だが確かに俺達の視線は交わった。
そして今、俺の目の前に飛んできたのは俺の大切な人。騎士の輪をすり抜けそこに飛び込み俺の腕の中へ。
もう合わない視線。もう合うことがないその目は閉じられてた。
あぁ、あぁ俺は間に合わなかった。
何が兄だ、何が相棒だ、何がお嬢様が幸せでさえいてくれればいいだ、守れなかった。
俺は・・・、 、 、 、 ま゛も゛れな゛か゛っだ !!!
その後、騎士に囲まれ、民衆から非難の嵐を浴びた。俺は命からがらお嬢様の一部と共にその場を逃れた。
俺に帰る場所なんてない、生きている意味もない。だが、お嬢様を殺した奴らを許せない。
そんな思いを抱えた俺の体は何故か情報ギルドへ向かった。全てを知っているであろうギルド長は俺と俺の腕の中を見て静かに頷くと俺を匿ってくれた。
傷を癒し動けるようになってから1年間、俺はギルド長の元で自らを鍛えた、誰でも殺せるように。そしてありとあらゆる情報を集めた。
あの頃のお嬢様の様子や噂などの学園のこと全て
俺が殺すべき相手は誰なのか、そいつがどれ程の苦痛をお嬢様に与えたのか
どんな相手にも対応できるようにあらゆる貴族の弱み
そしてあの日、俺の行く手を邪魔した実行犯とその裏にいる者
真実を知れば知るほど俺の心は憎しみが溢れた。眠りにつく度にみるあの日のことが余計に俺を駆り立てる、やつらに復讐を…!と。
そしてついに全ての準備は整った。
まず始めは、貴族からの依頼で暗殺を行う闇ギルドをつぶした。
あの日邪魔をしたやつらだけでなく、所属する者全てを殺した。
次は、あの頃学園に通っていた全ての者の1番近しい者を殺そうと思った。
だがそれだと膨大な数になってしまうので、お嬢様と同じ学年にいた者だけにした。
そして次は、真実の愛だのとふざけた理由でお嬢様を突き放した第二王子。
こいつはただ殺すのでは生ぬるい、じわじわと追い詰めた。
ギリギリ殺さないように何度も襲った。周囲を疑うように偽装もしたことで、今あいつは誰も信じられなくなり部屋の隅でまるまって日々をおくっている。
そこで一端放置して、俺は次のターゲットに手を出した。
最後は、お嬢様から全てを奪ったあの女、人に媚びるしか能のない男爵令嬢だ。
調べて分かったがこいつが全ての元凶だった。
入学と共に第二王子やその周囲の人間をどんどん籠絡し、お嬢様のいた場所を全て奪った。
まるで過去を見てきたかのようにその者の心の傷に寄り添い慰める、その力はどう考えても異常。だが、確実に相手が求める会話の選択をする女に周りはどんどんのめり込んだ。
信じられないことに闇ギルドのギルド長さえも手中に収めていたらしい。
だからこそあの日、広場に駆けつけようとした俺に幾度となく妨害を仕掛けられたようだ。
お嬢様がどうしても手に入れられなかった人に愛される能力、いや、人の感情を上手く扱える能力に異常な程に長けていた女。
こいつには簡単に死を与えたくはなかった。
だから、あきらかにお嬢様を殺した関係者が次々と殺される中で残して恐怖を与え続けた。
そして連れ去ってきた。
まずは、お嬢様を見捨てこの女と友情を結んだ令嬢達を目の前で醜い男達に犯させた。
助けを求められ、その後は恨みの言葉をあびせられていた。
そして全員の首をはねてすぐ傍に置いてやった。
その次はこの女に惚れた令息達にこの女を犯させた。普通の状態でだと喜ばれても困るので顔の原型が分からなくしてからだ。
そしてまた全員の首をはねてすぐ傍に置いてやった。
この時点で大分おかしくなってはいたが最後の仕上げをした。
放置しておいた第二王子を連れてきて、泣き叫ぶその首をこの女の手ではねさせた。
ついに精神が壊れたのか、ごめんなさいという言葉だけを繰り返すだけになった女。
やっと、やっとこれで終わった。
女は殺さずそのまま放置していく、助けだされ、俺のように夢を繰り返せば良い。
そして俺はあの日、お嬢様の頭を抱きしめた場所に向かった。
あぁやっと全てが終わった。これで俺も終われる。
お嬢様の頭を抱きしめて泣き叫ぶあの夢から。
お嬢様、貴方を守ることができなかった俺ですが貴方に会いにいってもよいでしょうか?
貴方を幸せにすることはできませんでしたが、貴方を陥れた奴らも幸せにはさせませんでした。
貴方の執事として貴方だけのものとして、俺の役目は終わりました。
そして俺はこの日の為に用意していた最も切れると言われる刃で俺の首をはねた。
ふと目が覚めた感覚がした、そして俺の願いが叶った。
「馬鹿ね、私のことなんか忘れて幸せになって良かったのよ」
夢とは違う優しい笑顔の彼女の姿。
「俺の願いはいつだって1つだけだった。貴方に・・・ローズに幸せになって欲しかっただけなんだ」
「私は幸せでしたわ、最後の最後まで。斬首台に固定されて悲しくて辛くて・・・怖くて、公爵家の令嬢としてふさわしくないような感情が溢れたわ。
だけどね、私の名前を呼んで駆けつけようとしてくれた貴方の姿が見えた瞬間、私は私に戻れたの。貴方の主人として、貴方が育ててくれたローズとして、最後まで生きたわ」
すっと伸ばされた彼女の手は透けていて俺に触れることはなかった。だけど輪郭に沿って添えられた手はかつてのぬくもりを思い出させた。
「泣かないで。貴方の涙を見たのなんていつぶりかしら。そうね、初めて会った時ぶりだったかしら」
「いいえ、俺が涙を流したのは貴方の最後に駆けつけられなかった時です」
「そうなの?遠かったから分からなかったわ。顔も分からない程遠かったけど、それでも貴方の声は聞こえたの」
俺の頬を伝う涙は止まることをせずどんどん溢れてくる。
「・・・もっと貴方には聞いて欲しいことも、聞きたいこともあるのに、もう時間ね」
「嫌だ!このまま貴方の傍にまた居させて下さい。今度こそ貴方を幸せにしたいんです。今度こそ俺が・・・俺が貴方を・・・・・・・・・」
彼女を抱きしめようとするがそれは叶わず俺の手はすり抜ける。
「ごめんなさい、こうして会う時間をもらうだけでもかなり無茶を言ったのよ?神様に土下座?というものもしたくらいなんだから」
ふふっと笑った顔はかつてのものと一緒で、俺が毎日夢で見ていた最後の頭だけになった彼女に残された笑顔とは違った。
その笑顔を見た瞬間、俺の涙は止まった。
「さぁ立ってちょうだい。あら、そういえば初めて貴方とあった時と同じ状態ね。ふふ、貴方も私も大きくなったわね」
初めて彼女に拾われたあの日と視線の高さはさほど変わらない、毎日毎日、見ていた彼女の姿は今も変わらない。誰よりも美しく、誰よりも可愛く、誰よりも愛おしい。
「ありがとう。最後まで貴方だけが私の味方だった、貴方だけが私を救おうとしてくれた」
彼女の手が俺の手の輪郭に重ねられる。
「ありがとう。私を育ててくれて、私を立派な公爵令嬢にしてくれて」
彼女の目がじっと俺の目を見つめる。
「ありがとう。・・・・・・・・・・愛してくれて」
彼女の体が透けていく。
「あのね?ずっと言えなかったけど私も・・・」
その先を聞くことができずに、俺の前から彼女の姿は消えてしまった。
彼女の言葉の先は分からない、分からないが期待した言葉がある。だけどそれは従者としては望んではいけない言葉。だが・・・
「俺も、俺は貴方を、ローズを愛していました。貴方がいない世界では生きられないほどに」
また俺の頬を一筋の涙がつたう。何度も願った思い、彼女の為に言わなかった、言えなかった言葉。
そして、この場所がどこなのか、俺の夢や空想だったのか分からない。後悔や色んな感情を抱えながら俺の意識はそこで終わった。
ローズside
「良かったの?最後まで言わなくて」
「時間が切れてしまいましたから」
「あら?残り時間の計算もバッチリしてたくせに。ちょうどいいタイミングで消えるようにしたでしょ?」
私の目の前で女神様がニヤニヤとした顔を浮かべる。この方とは今回は首をはねられて死んだはずの私がふたたび目が覚めた時に出会った。
「そんなことありません。彼との最後の時間だと知っていたから伝えたい事が多すぎたんです」
「へー、その割には一番大事なこと言わなかったじゃない」
「あそこまで言えば彼には伝わりますわ。ずっと一緒に居たのですもの」
「まぁあの男の最後のつぶやきからしたら分かってたっぽいけどねぇ、ちゃんと言葉で聞きたかったんじゃない?
ちゃんと言葉で伝えないからこうしてあんた達の人生は結ばれずに今回も終わってしまったんだし」
女神様は私の目の前を宙に浮かびながら頭の後ろで手を組んでいる。真剣な話の時にその姿勢はどうかと思うけど。
「確かに今回、私と彼は恋人として結ばれることはありませんでした。
ですが最高の主従関係であり、最大の仲間でもあり、心の・・・魂でつながった唯一無二の相棒とも言えますわ」
「相棒・・・ねぇ?たしかにこの前の時は同じ騎士団の団長と副団長だったから相棒って関係だったけど、今回は執事とその主人でしょ?ちょっと意味合い違くなぁい?」
今度はうつ伏せになって顎の下で手を組んでこちらを見てくる女神様。そう、この方とは私が死ぬ度にこの空間で出会って過去の全てを思い出して語り合う。
何度も何度も色んな世界を生きてきた私という魂の人生を全て見ているのだ。
「確かに今回の私達の立場からすると違うように感じるかもしれません。だけど彼と出会って過ごしてきた日々を思い返せばやはり相棒と言えるでしょう」
「そういうもん?」
「はい、両親から愛されなかった私を彼が愛情を持って育ててくれました。私が道を誤れば叱って正し、私の成長の為に手伝ってくれて、いつでも味方でいてくれました」
思い出すだけで愛情と信頼という感情が溢れだしてくる。
「今回の人生ではどうしてもその関係性から愛することに躊躇してしまいました。ですが、いつでも私が傍にいて欲しかったのは彼だけです」
「あははっ!王子様もこんな女選ばなくて正解じゃない。自分よりも愛する男がいる女なんて嫌でしょうに」
おなかを抱えて笑う女神様はツボが浅いんじゃないだろうか?
「いいえ、あの世界で生きていた頃はちゃんと好きでしたよ?あの、私がヒロインよ!女が出てくるまでは」
「あー、あの子ね。なんかあの子が違う世界で生きていた時にここと酷似した物語があったみたい。その記憶が残っていたから上手く王子に取り入ったみたいね。
私的には見ていて良いスパイスになったわ」
「まぁ、全てを思い出した今は恨んでいません。死ぬ瞬間までは憎しみしかなかったですけど。そんなやつよりも彼に手を出そうとしていた闇ギルトの構成員のあの女の方がムカつきます」
思い出すだけでも腹が立つ。私が死んだ後の彼の傍に近寄ってきた女がいたのだ。
私はここから見ているしかできないのに彼の腕に胸を押しつけて誘惑しようとした時は恨み言を叫び続けた。
それはもぅ、一緒に見ていた女神様が引くレベルで。
「あの時のあんたは酷かったわ。令嬢として生きた時代の後だったからおしとやかだったのに、いきなりクソとかビッチとか死ねカスだの叫びだすんだもの」
クスクスと笑う女神様は引いたという割に凄く楽しそう。
「はぁーあ、そろそろあんたもいく時間ね。今度こそ結ばれてよね?あんた達2人の人生を見るの何回目だと思ってるの」
「私だって早く結ばれたいですよ!いっつも近くにはいるのにそういう関係になれないんだもの。だけど今回は少しは発展してたから次回は期待大ですね」
「あれで発展してたって言えるとは・・・。あんたも難儀な性格になっちゃてまぁ。初めての人生以来だったものね、愛してるって言葉が出たのでさえ」
「今回は18年も一緒に人間として傍に居られましたからね。花と鳥だった時とかに比べたら信じられないくらい幸せでした」
過去の人生はここにくる度に全て思い出すけど、近くで生をうけるというだけでしかない。時には敵対する国同士の魔術師であったこともある。この記憶さえ残って産まれられるならすぐにでも彼を手に入れてみせるのに。
「それはダーメ。貴方の初めての人生の功績があるから、毎回毎回2人を同じ世に送り出してあげてるんだから。これ以上は私の権限じゃできませーん」
胸の前で大きなバッテンを手で作る女神様。女神という存在がどんどん軽く見えてくる。
「もちろん分かっていますよ。だからいつの世でも神様は信じているでしょ?貴方への感謝は魂に刻まれているようなものですからね」
胸を張ってそう言えば女神様は嬉しそうな顔をする。彼女自身も女神として生きる果てしなく長い時間で心が壊れて存在が危うくなっていたことがある。
そんな時にたまたま私の魂と出会って話をして、こうして私と彼の人生を見守って下さるようになった。
女神様もまた、私にとってなくてはならない存在だろう。
「そうね、次もまたここで会うのを楽しみに待っているわ。
いってらっしゃい、私の相棒さん。
・・・ごめんね」
女神様の送り出す言葉と共に意識が途切れ、最後のつぶやきと辛そうな顔が私に届くことはなかった。
読んでいただきありがとうございました!
評価、感想大変勉強になります。
友人と共に練習で書いてる作品ですが、誰かの心にヒットしたら嬉しいです。