わたしはタイムカプセルを掘らない
『■■小学校六年A組のみんなで埋めたタイムカプセルを八月八日午後五時から掘り出します。
ぜひ、ご参加ください。』
彼の部屋で見つけた葉書に、わたしは首を傾げた。
彼が通っていたのは☆小学校で、■■小学校は隣の校区になる。六年のクラスも三組だったはず。
手紙を裏返すと、差出人も宛名も書かれていなかった。直接、ポストに投函されたらしい。
ちょっと気味が悪いなぁと思いながらも、わたしは時間を確認した。
午後四時半を過ぎたところ。日付はまさに八月八日。
今から出れば、間に合うはずだ。
彼も、きっと興味があったから、手紙を破いてゴミ箱に捨てなかった。仕事が休みだったなら、きっと見に行ったに違いない。
だから、代わりに見てきてあげる。
玄関の防犯カメラに手を降ってから、わたしは意気揚々と■■小学校へ向かった。
***
■■小学校は、住宅街の真ん中に位置していた。
到着したわたしは、フェンス越しに中の様子をうかがう。
夕日は傾きかけていたが、照明なしでもまだ明るいグラウンドの中央に、人だかりができている。
参加者は思っていたより多い。
平日の夕方だから十人もいないと思っていたけれど、ぱっと見、三十人以上がいそう。
年齢もバラバラだ。お年寄りから、小学校くらいの子までいた。全員が、それぞれ手にしたスコップやクワで地面を掘っている。
カプセルを埋めた卒業生や先生だけでなく、その家族とかも手伝いしているのかな?
なら、わたしも関係者のフリしてこっそり混ざれるかもしれない。
穴掘りはしたくないので、できればカプセルが見つかった頃合いで近づこう。
とノンキにタイミングを見計らっているうちに、わたしは、気づく。
おかしい。
おかしい。
だって、彼らはみんなバラバラに、足元の土を掘り起こしている。
カプセルを埋めた場所がわからなくなったとしても、適当すぎる。
それなのに誰も文句を言わず、黙々と腕を動かしている。小さな子すら手を止めない。
隣の人に土をかけられても、道具が他人の頭にぶつかっても、お構いなしに作業を続けている。
静かだった。
そう、誰も話さない。地面を掘る音すら聞こえない。
道中うるさかった虫の音も、隣近所の生活音すら、聞こえない。
その異様さに、わたしは身をすくめながらも、作業を見続けるしかない。
目を話した瞬間、彼らが一斉に襲いかかってきそうで、恐ろしかったのだ。
夕日はゆっくりと落ちていく。
***
今晩は雲が濃い。
月も星もなく、照明の灯らないグラウンドは真っ暗になった。
それでも、地面を掘り続けている無数の黒いシルエットがくっきりと見える。
見えるけれど、徐々に見えなくなっていく。
彼らが自分たちの足元へ掘っている穴は、深くなっていく。
時間が経つほどに、足首が、膝が、腰が、腹が、胸が、首が、頭が、地面へと消えていく。
小さな子ども。
背の曲がったお年寄り。
背の低い人から順番に、姿が見えなくなる。
まるで自分の墓穴を掘っているみたい。
最後の一人が見えなくなった途端に、静寂が破れた。
虫がうるさくて、蒸し暑い、夏の夜の住宅街が戻ってくる。
わたしは何度も深呼吸を繰り返して、どうにか落ち着いてから、もう一度、グラウンドを見る。
雲の隙間から微かに落ちた月の光が、彼らがいた辺りを照らした。
穴は、なかった。
***
『結局、タイムカプセルってなんだったんだろう?』
そんな問いかけで締めくくられた便箋を読み終える俺は、ペンを手に取る。
現場を見ていない俺には、まったく分からない。ただ、知っていることもある。
便箋の裏に『■■小学校は何年も前に廃校で取り壊された』と書き込む。
それから、効果は無いと諦めながらも、殴り書く。
『家に入るな。ゴミ箱を漁るな』
書き終えてから二つ折りした便箋は、空っぽのゴミ箱に捨て入れた。
本当に図々しいストーカーだ。