走れお兄ちゃん
峠を駆け下りると兄が倒れていた。
「ああ……」
もうボロボロだった。
山を越え、谷を越え、川を越え、山賊を倒して、今は力尽きて倒れている。
兄は泣いていた。
「許してくれ、セリヌンティウスよ。許してくれ……」
「それでいいの?メロス……」
兄の意識は朦朧としているのが分かった。
「私は、これほど努力したのだ」
「そうね……」
「動けなくなるまで走って来たのだ」
「見てた……」
「セリヌンティウス……私は走ったのだ。君を欺くつもりは、みじんも無かった。……信じてくれ!」
「セリヌンティウスは信じない」
「ああ……」
「彼は人の心を忘れかけている。あなたが戻らなければ本当に心を無くしてしまう」
「それは……だめだ」
兄は立ち上がろうとしている。
私はふと耳に水の流れる音を聞いた。すぐ足もとで岩の隙間から水が流れ出ている。
私は小さな泉から水をすくって兄の唇を濡らした。
──走れ
兄は立ち上がった。
──走れ
斜陽は赤い光を、樹々の葉に投じ、葉も枝も燃えるばかりに輝いている。
──走れ
日没までには、まだ間がある。
私は叫んでいた。
──走って!お兄ちゃん!!
次回……完結……!!