走れ妹
私は森の中で夜を過ごした。
これまでの経験から兄が一旦この辺りで休憩するだろうことは分かっていた。
「……来たっ!ってもうヘロヘロじゃない!!」
あれだけ大見得切っておいて!!もうへばってるじゃない!!シゴキが足りなかったかしら?
「ぜぇ、ぜぇ……」
兄は頭から突っ伏した。ぐーすか寝ている。
「……くそ兄貴」
私は兄の脚力から寝ても間に合う時間を逆算した。ギリギリまで待って兄を起こし、水を飲ませた。
そして兄の意識がはっきりする前に先へ走った。
兄の先回りをし、行く先々で兄の行く手を阻むものを取り除いた。
壊れかけの吊橋を補修した。崖に綱を垂らした。消えかけの看板を書き直した。道端に果物をさり気なく置いておいた。兄が溺れそうな川に丸太を渡しておいた。
日が西に傾きかけてきたころ、王宮まであと少しという峠をぜいぜい荒い呼吸をしながら兄が登ってきた。
道端の草むらからそれを見た私が間に合いそうだとほっとした時、突然、目の前に一隊の山賊が躍り出た。
「待て」
「何をするのだ。私は陽の沈まぬうちに王城へ行かなければならぬ。放せ。」
「どっこい放さぬ。持ちもの全部を置いて行け」
「私にはいのちの他には何も無い。その、たった一つの命も、これから王にくれてやるのだ」
「その、いのちが欲しいのだ」
「さては、王の命令で、ここで私を待ち伏せしていたのだな」
(はあ?王様それはナシじゃね?)
いくらなんでも一介の牧人に対して刺客を差し向けるなんてやりすぎでは?
山賊たちは、一斉に棍棒を振り挙げた。
私はつい足元の石を投げてしまった。
「イダッ」
「なんだっ?」
山賊が驚いた隙に兄はひょいと、からだを折り曲げ、飛鳥の如く身近かの一人に襲いかかり、その棍棒を奪い取って、「気の毒だが正義のためだ!」と猛然一撃、たちまち、三人を殴り倒し、残る者のひるむ隙に、さっさと走って峠を下った。
「やるじゃん!くそ兄貴!」
私は草むらから飛び出して兄の後を追った。