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n回目の結婚式

 その日、兄は午前に帰ってきた。


 陽は既に高く昇って、村人たちは野に出て仕事をはじめていた。


 私はいつものように羊の番をしていて疲労困憊の兄を見つけた。


 駆け寄った私に、兄は言う。


「市に用事を残して来た。またすぐ市に行かなければならぬ。あす、おまえの結婚式を挙げる。早いほうがよかろう」


 何百回と聞いたセリフに私は黙ってうなずいた。


 次の日の夜。結婚式の場で兄は言った。


「おめでとう。私は疲れてしまったから、ちょっとご免こうむって眠りたい。眼が覚めたら、すぐに市に出かける。大切な用事があるのだ。私がいなくても、もうおまえには優しい亭主があるのだから、決して寂しい事は無い。おまえの兄の、一ばんきらいなものは、人を疑う事と、それから、嘘をつく事だ。おまえも、それは、知っているね。亭主との間に、どんな秘密でも作ってはならぬ。おまえに言いたいのは、それだけだ。おまえの兄は、たぶん偉い男なのだから、おまえもその誇りを持っていろ」


 私はあと何度この人を死なせればいいのだろうか。何度二人を喪えばいいのだろうか。


 もう涙は枯れてしまった。


 何度繰り返しても私の望む結果にはならない。


 それならせめて──。


「行かないで、兄さん」


 私は寝に行こうとする兄の腕を掴んだ。


「せめて、せめてあと一日村にいて。街に戻るのはそれからで……いいじゃない」

「……それもいい。それはとても素敵なことだ」

「だったら……!」

「だが、だめだ」


 兄は優しく私の手を解いた。


「さっきも言ったはずだ。兄が嫌うのは人を疑うことと嘘をつくこと。──それを教えたい人がいるのだ」 

「……」


 この人は走り続ける。何度繰り返しても。


「わかりました。おやすみなさい」

「いい子だ。おやすみ」


 家に帰っていく兄を見送って私は立ち上がった。


「どうした?」

「ちょっとお花を摘んできます」


 問いかけてきた夫を残し、私は走り出した。


 

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