上中下の中
島は人口二百人足らずでそんなに大きくないのだが、それでも歩いて移動するのには狭くもない。車が必要かと考えていたら婿さん
「歩くの好きなんですよ。平地だったら何時間でも歩けます。幸い今日暑くもないですし」
とのこと。
平地だったら、ねえ。
この神社がある森も山になっていて、余所に比べたら小さいかも知れないが、歩くと結構な広さ高さである。なにせこの島の水源の何割かを保っている保水資源である。
まぁなんとなく、声に出さねども子どもがいなくなったのがどんな区域なんだか知りたそうなので、階段を降りて港方面を案内するより、山を越えて向こう側を案内する体を装うほうがいいかと歩き出す。
子どもたちは石段を降り、大人たちはどんどん獣道に入って手分けして捜索するようだ。
俺は婿さんとのんびり話をながら、自分でも何か手がかりがないか木々の向こうまで目を向ける。
「とは言ってもですね、この島って観光になるようなものって、何にも無いんですよ。岬だって中途半端だし、山だって切り立った崖とか穏やかな丘陵とかないし。手入れでいっぱいいっぱいの、ただの山ですよ」
「でもちゃんと掃除はされているようですね。落ち枝なんか全然無い」
「ええ、でもそういうのを一生懸命でも、観光客は呼べないでしょう。生活のため、お山のためと、やるのが当たり前だとは思ってますけどね」
「あの神社の由来ってなんなんですか?」
「ここ漁業が中心でしょ、本当は海辺にお社を置かないといけないんでしょうけどね、塩風が当たるから山に持ってきたんですよ。あそこなら海まで三十分もかからないからいいだろって」
「海の神様ですか」
「ええそうですよ。だから神隠しっておかしいんですよね。神様が子どもを気に入って攫うにしたって、海でやるでしょ、海の神様なんだから。泳いでる子の足を引っ張るなり、ボートをひっくり返すなり、昔は離岸流だって海の神隠しと思われたんですから。それが山で神隠しって、ねえ」
「ならば誘拐?」
「それがねえ、祭りはいつも午前中で終わるんですけど、後片付けが大変なんですよ。だから祭りを目当てに来る観光客だって、後片付けの最中に帰っちゃうんですよ。じゃ後片付けが終わってから神社に来るかって、もう見るものないです。森好きで神社からこの道を歩く人はいるかもしれませんが、だったら遊んでる子どもたちには見えるはずですからね、島の外の人がいたら、絶対に見られます」
「私のことも皆さん知ってるようですしね」
「あなたはまた特別な人ですから……」
話していて薄暗いところに入る。
「ここまで歩いてきたって、横道なんてないでしょう。島の人間なら自分だけ知ってる獣道があるんですが、あなた、どっか入って行けそうなところ、見つかりましたか?」
「うーん、強引に入れば行けるかなってのは二、三見ましたが、攫った子どもっていう存在を考えますとね、抵抗されるかもしれないのに冒険はできないなってところでした」
「ほう」
何者だ?この婿さん、山道が解るのか?
薄暗い道で分岐するところはとおに過ぎていて、その分岐はあの五人が探しているのだろう、五人さらに奥まで行くだろうが、五人は少ないから範囲も厳しいだろう。俺と婿さんはてくてく歩いているのだが、この婿さん、やっぱりちょっとおかしい。ぐんぐん聞いてくる。
「子どもたちはこっちの方まで虫を捕りに来たりしてるんですか?」
「いやぁ、こんなに奥までは来ませんよ、せいぜい神社周辺です」
「この森に妖怪の話なんてあるんですか?」
「そういう話は海ばかりですね。海なら昔ながらの妖怪とか化け物とか話はあります」
「けど、三十年前と六十年前にも子どもが行方不明になる事件があったんですよね?」
足を止めてはっと婿さんの顔を見る。
「その話、聞きましたか」
「ええ、頭領さんのお付きの人から。騒がないでくれ、と頼まれましたが」
おぉ、ならば俺が話しても、まぁまぁかまわないか。
「まぁ俺もあんまり詳しくは知りません。三十年前はオヤジが子どもだった頃ですし、六十年前はじいちゃんが子どものころです。その前には山で子どもがいなくなることなんてなかったから、六十年前はただどこ行っちゃったんだろうってだけですし、三十年前もそういや三十年前もそんなことあったなってくらいで、二十年前も十年前も何もなかったわけですから、その年だって何かあるかもなんて思わなかったはずです。で今年、大人だって三回目が起こると本気で心配した者はいないでしょう。いたら誰か見張りが付けられたはずですよ」
「さっきの五人も三十年前は当事者ですか」
「……あぁ、そうか、それで怖い目でこっちを見たのか、それで今日の探索の名乗りをあげて」
「海は行方不明者、多いんですか?」
「多いかって言われれば、多くはないですよ。でもまぁそれなりにいますし、見つかったら土左衛門だけじゃない、フジツボがびっしりとか魚に食われたとか、海底の石の部分に削られて足や腕がないとか、見た目のインパクト強いですからね。時化の日には海の神様が怒ったと、みんな家で大人しくしてますよ。だから祭りで神様にお願いするのは真剣です」
「なるほど」
道が下り坂になる。もう頂上は越えたのだ。頂上らしい頂上ではなかったけど。
「何か見たいものってあります?ここって場所でなくても、強い波でも夕日が綺麗なところでも」
「あー、それはそれでお願いしたいですけど、この時間じゃね、特にはないです」
「じゃちょっと寄りたいところがあるんですが、一緒にどうです?」
「どこです?」
「この島って娯楽施設全然無いんですよ、デパートもなければ博物館の類いもない。本屋やCDショップも無いんですけど、本好きや音楽好きはいましてね、そういう連中が連絡しあって情報を廻してるんです」
「ほう」
「誰かが本土に買い物に行くとき、他の連中も買い物を頼むんですよ、それが来たんで受け取りと支払いに」
「えぇ、行きます行きます」
山を出て車と歩きに舗装された道になる。特に説明する景色も無し、見える海にもエピソードは無しで、この島の趣味人の話になる。
「漁業で保ってる島ですが、そんなに稼げないんですよね。そんな中で本とか音楽とか手にしてると遊んでると怒られましてね」
「よくある話ですね」
「もうジャンルにこだわってなんていられませんよ」
などと話しているうちにすぐXの家に着く。
ここではXの呼び方を「アニメ」にしよう。私は「マンガ」となる。
私が紹介し、アニメと婿さんが自己紹介をし、婿さんがマンガ作品やアニメ作品が嫌いではないと睨んで、アニメの家にお邪魔させてもらう。それが当たりで、婿さん、俺のマンガ話にもアニメのアニメ話にもなかなか食いつきがいい。アニメの、全ての部屋の全ての壁を埋め尽くしているコレクションにも感心している。この島に住んでいて、馬鹿にされないだけでかなり嬉しいのに、それ以上の反応である。
「あなたはどんなマンガ、アニメを見るんですか?」と聞くと、
「有名どころは三十年ほど前ですね」
と言い、題名を言ってもらうと確かに古い。
「情報収集は立ち読みからでしたから、今は雑誌までシュリンクかけられてどんな話か解らないから、マンガも買えないんですよ」
「アニメは?」となると、渋い作品の本放送を、深夜にリアルタイムで見ていたとかで、アニメは羨ましがっている。
一通り自己紹介を兼ねた守備範囲を話すと、やはりKくん失踪事件となる。
アニメも話は耳にしているのだが、それほど興味は無いようだ。
「うちから見れば山の向こうの話だし」
なるほど。
「ところで、あなたたちのような趣味人は、他にどんな人がいるんですか?」
「他は映画と、小説と、旅行ですね。映画は奥さん亡くなったけど子どもがいて、俺たちとは付き合いないです。旅行はしょっちゅう旅に出てるんで、ほとんど島にいません」
「Kくん失踪のとき、映画の子どももいたってよ」とアニメに教えてやる。神社で「今日は来てないよ」と言われたAくんのことだ。
「三十年前の事件のときには映画が、六十年前の事件には映画のお父さんが一緒に遊んでたそうだね」とアニメ。
「なんか、すごいな」三代続けてか。
ここで婿さんに話を戻して
「ところであなたはこれって特化した趣味はあるんですか?」
と聞くと
「広く浅く、オールラウンドではあるんですけどね、向こうから寄ってくるのはありますね」
「ほう、なんです?」
「怪異ですよ」
婿さんに体験談をねだると、音が関係する不思議な話で、今回の失踪事件には応用が効かなさそうだ。しかし話は面白いので、頼んで、小説を呼んで四人で飯を食いながら話をすることになった。
喫茶店でコーヒーを飲んで駄弁る感覚で、居酒屋で刺身をつまみながら話をする。まだ明るいので四人とも酒は飲まない。
婿さんが都会から来たのなら最新情報を聞けるのだが、生まれと育ちは都会でも婿入り先が北の隠れ里みたいなところで、最新情報には疎いという。
そして婿さんからこの島に起こった怪異譚を求められ、主に小説が中心となって語る。郷土のことには詳しいのだ。俺もアニメも聞けば思い出す話だが、率先して言えるかといえば結構忘れている。
興味深く聞いてくれるのだが
「映画の人は島の怪異に詳しいのですか?」と詰めてくる。
「いや、あいつは在宅の仕事してるし、子どもの世話をしてないときは映画を見てるからな、家の外には興味ないんじゃないかなあ」
「島の子ども達、俺の家にはアニメ見に来るし、マンガの家はマンガ図書館だから入り浸ってるし、小説の家には児童書や絵本を卒業した子が読みに来る。断ったら島社会で味方になってくれなくなるから見せないわけにはいかなくてね。でも映画は島の子どもを家に入れないんだよ」
「流行の映画のDVDなんか買ってるようなんだけどな」
「本土に買い物に行く人に円盤頼んだりしないんですか?」
「映画業界は情報を詳しく発表するから、店に行っての出会いは書籍ほどあるわけじゃないし、厚みがないから郵便で送ってもらっても割増料金かからないんだよ」
「私なんか中古ショップ行くと、こんな映画あったのか!って驚く作品ばかりですけどね」
「それはほれ、普通の人が「こんなのもあるのか!」てのを知ってるのが俺たちのプライドだから」
婿さん考え込んでしまい、しばらく俺たち三人だけでの話となる。
やがてお開きとなり、小説が婿さんを頭領の家まで車で送ることになった。
もう会うこともないだろうなと思いつつ、私にもアニメにも、非常に充実したひとときであった。やはり承認欲求というのは人間の基本的欲求の一つなんだな。外の人との触れあいも、いいものだ。