姿の変わった2人
「どどど、どういうことでしょう!顔が全然違う人になってます!」
「ちょっと落ち着け。俺もだ。顔以外に変わっているところはあるか?」
「髪の色と、身長もちょっとおっきくなってるような……あ!胸がちょっと大きくなってます!」
「そんなに変わったようには見えないが?」
「変わったんです!!……って、前の私覚えてるんですか?」
「たった10人の乗客のぐらい、覚えてない方が方がおかしい」
そんなことを言われても、私はキャビンアテンダントのお姉さんが美人だったことぐらいしかあまり思い出せそうにない。
「こっちはまるっきり別人になっている。歩きにくいとは思っていたが、機体が傾いているせいだと思っていたら、身長が変わっているせいだったとは思いもしなかった」
男はそう言うと、自分の持ち物から免許証を取り出し、どういうことなのか考えをまとめるように何やらぶつぶつ言いだした。
「あ!その写真!私もあなたが分かりましたよ!トイレに行くときにぶつかりましたね!」
「やっとわかったか」
「顔が全然違うのに分かるわけが……ぐううう」
そこまで言ったところで私の腹が盛大に鳴った。そういえば離陸してからすぐに消灯になって寝てしまったので、何も食べていなかった。
「とりあえず、なにか食べるものでも探しながらもう一度機内を探索しよう」
私たちは二人揃って先頭のコックピットから順に他の生存者や、何か状況が分かるものが無いか探すことになった。二手に分かれて探した方が効率が良いのではないかと思ったけれど、私の提案は却下された。理由を聞いても、なぜわからないんだと偉そうな態度で言われてしまったので口を閉じるしかなかった。
出来ればこんな面倒くさそうな男とは離れていたかったけれど、そう上手くはいかないようだ。
「コックピットって普通鍵がかかってるんじゃないんですか?」
「どういうわけか開いていた。何が何のスイッチか分かるまで何も触るなよ」
「分かってますよ」
さっきから何やら重そうなものを片手に持っていると思ったら、どうやらこの飛行機のマニュアルを持っていたらしい。分かるまで、と言っただけあって、これを読んで理解しようとしているらしいが、辞書の比ではない厚みと重みの、鈍器と言ってもおかしくないマニュアルを読んでいたらいつまで時間がかかるか分からない。
「与圧ってのを解除して、外に出たいだけなんですよね?」
「そうだが?」
「今機内は地上と同じ気圧に調整してあるんですよね?だったらなんで開かないんですか?中と外で気圧差無いんですよね?」
「そのはずだ。だが出来ない。だから困っている。」
男の解説によると、どうやら機内は海水面と同じ気圧ではなく、ちょっと高い山の上の方と同じくらいの薄めに設定してあるそうなので、地上の8割程度の気圧になっているらしい。
「え?機内の方が空気が薄いなら……内側に開くあの扉は開けやすいはずですよね?あれ?合ってますか?」
「あぁ、合っているな」
「じゃあなんで開かないんですか!それに、機械類、全部止まってるみたいですけど!なんで与圧続いてるんですか?どの機械が与圧させてるって言うんですか!?」
「与圧をさせるのはエアコンだが、元はエンジンだ。エンジンの空気圧縮を流用して機内の与圧に活用している」
「じゃあなんでエアコンもエンジン止まってるのに与圧が続いてるんですか!」
「さあな。ここがとんでもなく高い山の上というなら理論上開かなくても不思議じゃないが、そんな空気が薄いところにこんな高木林があるなんてありえない。他にもおかしいことだらけで俺も訳が分からなくて困ってる。だからこそ俺はマニュアルを読んでるんだ。一般には知られていない緊急用の仕掛けが作動して扉が開かなくなっているだけかもしれないからな」
何かと詳しいので、てっきりこの男は航空機関係の工学系の研究者なのかと思っていたけれど、植物関係の学者さんなのだそうだ。普段は農学部で企業の研究開発をを手伝ったり、研究室で学部生に教えたりしているらしい。道理で教えるのが上手くて、こんなぶ厚いマニュアルを読もうなんて考えるはずである。
分厚いマニュアルは学者に任せ、コックピット内部に何かおかしな点がないか探したけれど、あちこち触るなと言われていたせいで特にやることは無い。そもそも、コックピットなんて入ったこともないので何がおかしくて、何が正常なのかも分からない。ネームタグから、機長や副機長やチーフCAの名前は分かったけれどその程度だ。
「機長のICレコーダーを聞いたって言ってましたよね?そういうフライトレコーダーみたいなのって私も聞けないんですか? 」
「残念ながら、ICレコーダーは俺が聞き終わったところで電池切れになってしまった。フライトレコーダーの方は誰でも簡単に聞けるようなものじゃない。調査する権限を持つ国自体限られているようなものだから今はアテにならないだろうな」
「そうでしたか。それなら先にごはん探しませんか?ここが一番大事なのは分かりますけど、さすがに時間かかりそうですし」
「それもそうだな」
隣の乗務員室に入ろうとコックピットの扉を開けようとした瞬間、耳をつんざくような叫び声が聞こえた。
「ぎゃーーーーー!あああああああ!ぐああああああああ!」
「何ですかあれ!誰か他にもいたんですか?」
「さあな。あの様子じゃ、あいつが他の乗客を殺して回ったのかもな」
「さらっと怖いこと言わないでくださいよ!!」
機内の他の人たちが誰かに殺されたとは考えもしなかったけれど、普通に考えれば、機内から誰も出た様子が無いのに人が忽然といなくなったのであれば、誰かが殺して死体を隠した可能性を真っ先に考えるべきだったのかもしれない。
私は、先ほどこの男に単体行動を止められた理由と、内側から鍵のかかるコックピットを真っ先に調べるように言われた理由がようやく分かって一気に鳥肌が立つのを感じた。
扉の開かない機内に殺人狂と3人なんて怖すぎるにもほどがある。背中を冷汗がつたうのが分かった。
「どどどど、どうします?あの人、あの叫び方、絶対何人か殺ってる人の声ですよ!?」
「声で殺ってるか分かるのか?というか、どうするも何も乗務員室に飯を探しに行くんだろ?」
「この状況で外に出たら絶対に殺られるじゃないですか!!」
「じゃあ殺られるかどうか試してみるとしよう」
「は?」
男は内開きの扉の蝶番側に私を誘導すると、勢いよく扉を開いた。
「てい!」
「ぐぎゃ…っ!」
何が何だか分からないうちに男は、この部屋にちょうど飛び込んできた殺人女を片手に持っていた鈍器、もとい飛行機マニュアルで殴って倒してしまったらしい。
完全に伸びている女は私たちと同じように姿が変わったのか、淡いピンク色の長い髪をしていた。変化した見た目が元の年齢と同じかは分からないけれど、40代ぐらいに見えるかなりのやせ形の女性である。
「ど、どうしますこの人。やっちゃいます?」
「物騒だな。そこのカーテンでも裂いて手足を縛っておけ」
「この人、一体どこにいたんでしょうか」
言われた通りカーテンを縦に長く裂きながら聞いてみた。人が隠れられるような場所がどこかにあっただろうか。
「離陸前から故障中になっていた鍵のかかったトイレが後ろにもう一つあったはずだ。多分そこだろう」
「そんな……でも、死体はどこへやったんでしょうか」
「さあ、切断してトイレにでも流せば証拠隠滅も可能かもな」
「うげ……恐ろしすぎますね」
一瞬、汚物タンクに死体が詰まっている想像をして吐き気がしてしまった。何かが違っていれば自分がそこで死んでいたのかもしれないと思うと余計に悪心が増した。
「まあ、この女が殺人者だときまったわけじゃないがな」
「どういうことですか?」
「俺達の姿が変わるような怪現象が起きたんだ。他の乗客を跡形もなく消す程度の怪現象だって起きていてもおかしくはないだろうからな」
「……それもそうですね」
気が動転していて忘れていたけれど、姿が変わるなんてへんてこなことが起こっている時点で、普通の理屈は通じないと思った方が良い。きっと私たちは何かに化かされているのだ。そうとでも思わなければやっていられない。
「なんか、こんなことになってる原因はこの女のせいじゃないって気がしてきました。縛っておくのはさすがに可哀想ですかね?」
「確かにそうだな。だが、その女の発狂っぷりは怖いのでこのまま縛っておく。とりあえずそれでいいか?」
「……がってんっす」