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事故にあった飛行機

 少し寝過ぎてしまったらしい。そう思い周囲を見回したけれど、機内がまだ消灯されたまであることに安堵した。 よかった、朝の機内食をもらいそびれたわけではないようだ。



―いや、違う。寝る前と明らかに様子が変わっている。



 消灯された機内を照らしていたはずの足元灯は消え、人の気配がなくなっている。エンジン音も聞こえないばかりか、機体は傾いたまま静止しているようだった。

 


「え……どういうこと?飛行機どうなっちゃったの?」



 全く訳が分からない。小窓の外は真っ暗で何も見えないし、10人ほどいたはずの乗客も乗務員もひとりも姿が見えない。



「飛行機、動いてないってことは、ここに不時着したってこと?」

 


 考えたくは無いけれど、どうやらそうらしい。



「でもおかしいよね?こんな風に傾いて不時着したなら、さすがの私でも衝撃で目を覚ましそうだけど……」



 小学生の頃の私は、母がどんなにうるさい目覚まし時計を買っても目を覚まさないほどのねぼすけだった。成人した今では寝坊しそうになることはさすがにないけれど、どこでも寝られて、一度寝たら多少のことでは簡単には起きないのが私だ。

 とはいえ、さすがに飛行機が不時着するほどの衝撃で起きないはずはない……と思う。



「誰か!誰かいませんか!」



 せめてもの望みをかけて機内の探索をする。けれど、その静けさが、機内に誰もいないのだということを物語っていた。わけがわからない。みんなどこかに逃げたのだろうか。



「これ、暗いのが一番問題だね。色々調べたりして現状把握しようにも、あかりひとつ無くちゃ歩いても躓くばっかりだし……」



 あいにく、スマートフォンは充電器を忘れたため充電を切らしたままだ。色々考えた末、とりあえずもう一眠りして朝を待つことにした。ちょっと不用心かとも思ったけれど、さっきまで散々寝ていたのだからもう数時間寝たところで大して違いは無いだろう。

 なんと言っても、いつでもどこでも寝られるのが私の長所なのだ。私は再び上着に包まると、隣席に足を投げ出して眠りについた。



「おい、起きろ」

「……ふぇ?」

「全く。この状況で、一度起きておいてまたすぐ寝るなんて、どんな神経してるんだ?」

「……ぐぐぐ……」

「嘘だろ、こいつ……まだ起きない気か?」

「くそっ、のんきに寝ている場合か!起きろって言ってんだろうが!」



 男に勢いよく頭をゆすぶられ、うっかり窓に頭を打ち付けたことで目を覚ました。窓からは明るいオレンジの光が射している。夜が明けたようだ。

 


「……おはようございます。残っている方が他にいたんですね」



 そこには背の高い男が苛立ちを隠しもせずに立っていた。東洋人ではなさそうなので自信は無いけれど、一回りぐらいは年上なのではないかと思う。



「……あぁ、さっきコックピットを調べている時に客室の方で声がした気がしたんで、一回りして戻ってきたんだ。それで寝てるあんたを見つけたところだ。あんたは?」

「寝て起きたら飛行機が飛んでなくて、誰もいなくなってるし訳が分からなくて。なにかしようにも真っ暗だったので、とりあえず朝まで寝ようと思いまして……」

「それでもう一度寝てたわけか」



 男は呆れたような顔で大きくため息をついた。自分で口にしてみると、さすがにちょっと呑気だったなという自覚はあるのでそんな顔をしないでもらいたいものだ。

 男の手には懐中電灯のようなものが握られているので、こちらは夜の間機内を探索していたらしい。



「あー……えっと、なにか分かりましたか?」

「……どうやらこの飛行機は事故にあったらしい。機長のICレコーダーに、航路の近くの活火山が噴火したという音声が残っていた。多分その影響だろう」

「事故……」

「だが、おかしなところが多すぎる。陸地に不時着したにしては機体に損傷が無さすぎる。着陸時に衝撃が無かったのも不可解だ」

「寝てたので二人とも気づかなかったんでしょうか?」

「あんたは寝ていられるかもしれないが、俺はそんな揺れが起きていれば確実に起きている」

「うぐ……その話は置いといて、確かに衝撃ひとつなく森の中に不時着なんておかしいですね」



 映画の知識でしかないけれど、不時着というと海の上が多いはずだし、陸上に不時着したとなれば、機体はバラバラになっていたり、火が出て大爆発したり、最悪、全員死んでいてもおかしくないはずだ。

 窓の外はどうやら森が続いているようだけれど、火事になったような跡も特にない。



「みんなどこへ行ったんでしょう。救助されてどこかに行ってしまったんでしょうか?」

「寝ていた俺たちを起こしもせず、起きていた人だけ全員救助されていなくなるなんてどう考えてもおかしいだろう。それに扉を見てみろ」

「扉ですか?」



 客室には通常の出入り口と緊急用の出入り口が二つあったけれど、そのどちらも航行時のまま閉じられていた。



「閉じてますけど?」

「救助されてたらあれはおかしい。ここにはタラップがない。だから普通はシューターが出ているはずなんだ」



 シューターというのは多分、飛行機から緊急脱出するときに使う滑り台型の脱出機だと思う。確かに何もなしに飛び降りれば骨折ぐらいはしそうな高さである。



「でも、救助者がはしごとか持ってきてくれたかもしれないじゃないですか」

「シューターがあるのにこんな森の中まではしごを持って来ようなんて誰が思う?もし仮にはしごを使って外から開けたとしても、中の人間を何人も外に運び出すためにはやはりシューターを展開した方が早いと普通は考えるはずだ」

「た、確かにそうですね」

「それから、扉を開けようとしてみたんだが、どうやら与圧がされたままらしいんだ。ありえないと思わないか?」

「与圧……ですか。えっと、それがされたままだとどうなるんですか?」

「……そんなことも知らずに飛行機に乗っていたのか?」



 心底呆れたような目で見られても知らないものは知らない。とういうか、そんなことまで理解して飛行機に乗る人の方が少ないと思う。……なんて言い返そうかとも思ったけれど、ここまでの会話でこの男がまあまあ面倒くさそうな人だという事は理解出来たので、軽く睨んでおくだけにとどめておいた。


 男は飛行機の事情に詳しいらしく、何やら色々と解説をし始めた。男の話を要約すると、与圧というのは空気の薄い上空でも人間が呼吸できるように、機内の空気を圧縮する仕組みのことらしい。

 ちなみにそれがあるおかげで、扉が空気に押される形になり、上空でうっかり扉が開いてしまうということも防げているのだそうだ。



「つまり機内は、風船のように空気が詰め込まれた状態で航行しているというわけだ」

「あれ?でも誰か外に出たなら風船しぼんじゃいますよね?」

「ああそうだ。つまり、この飛行機はどこも損傷しないままこんな森の真ん中に着陸し、離陸後から今まで誰も外に出ていないのに人が何人もいなくなっているというわけだ」

「完全にホラーじゃないですか!!」

「やっと分かったか」



 なんということだ。置いてきぼり事件だと思っていたのに、人間が跡形もなく消失する怪奇事件だったらしい。のんきに寝ている場合か!と怒られるはずである。

 男はやれやれと言う感じでようやく私が事の重大さに気づいたことに安堵しているようだった。小難しい話だったけれど、案外分かりやすかった。もしかしたらこの男は教師であるとか、なにか人に説明する仕事をしている人なのかもしれない。



「えーっと、あなたはどこかの国で先生でもされてるんですか?」

「どこかの国?普通に日本の大学の研究者だが」

「へぇ、日本語がお上手なんですね!」

「あんた、一体何を言ってるんだ?俺はどこからどう見ても純正日本人だ。あんたこそ、日本語が随分上手いようだが、エレスネシアってとこの出身か?」

「は?……え?父も母も生まれも育ちも日本ですけど?」

「……は?」



 この外国人男性は一体何を言っているんだろう。緑がかった髪に赤い目の日本人なんて聞いたことがない。

 それに私は日本人形というあだ名がついたことがあるほどのザ・日本人顔である。なりたいと思ったことはあるけれど、外国人に見間違えるなんてどう考えてもおかしい。


 数秒の沈黙の後、私たちはほぼ同時に、機内に二つあるトイレにそれぞれ駆け込んだ。



「「か、顔が変わってる!!!」」





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