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空へ

 数時間後、気づけば私は右手にスーツケース、左手に発券した航空券を持って空港に立っていた。

 空港は閑散としていたけれど、ちらほらとビジネススーツ姿の人がマスクを付けて出発を待っているのが見えた。


 今しがた発券した航空券の行き先には「エレスネシア」と書かれている。なんとかネシアという響きから、インドネシアの近くのアジア圏の都市かな?という予測だけで買った航空券である。


 スマートフォンで検索してみたものの、何かの小説かゲームの地名が出るだけで詳しい場所は分からなかった。よほど有名な作品なのかもしれないが、創作物に検索結果の上位を奪われるほど辺鄙な場所にある空港だというのならそれはそれで行ってみたいものである。



 チェックインを終え、土産物屋を見て回っていると、これから本当に旅立つのだという実感が湧いて来た。唐突に飛び出してきてしまったけれど、不思議と後悔は無かった。飛行機が飛び立つ様子を見られるように作られた巨大なガラス窓からは、ちょうど日が落ちて、オレンジの空がゆっくりと青黒い空の色に変わっていくのが見えた。



 荷物を預け、ゲートをくぐると、小型のジェット機が乗客を待っていた。機内は感染対策の為か、客同士の間隔が大きくとられ、広々と座ることが出来て快適そうだった。見たことのない旅行会社だけれど、最近は格安航空会社もたくさん就航していると聞くし、そのうちの一つなのだろう。


 機体があっさりと離陸し、上空に上がるとすぐに実家の上空に差し掛かった。車で一時間半の距離があっという間だ。窓の外はすっかり暗くなって、街の明かりが浮き上がっているようだった。



……あの明かりがうちかな?



 今頃、母は晩御飯の支度をしている頃だろう。何も言わずに外出したので心配させてしまっているかもしれない。


 スマホは契約停止依頼をしてからすぐに充電が切れてしまった。急に家を飛び出してきたので充電器もなくて連絡できなかったけれど、向こうの空港に着いたら国際電話をかけてきちんと怒られようとは思っている。



 ……こちらの空港の電話から連絡しなかったのは、絶対に海外行きを阻止されたくなかったからだけれども。



 ただ、一応行き先は家族に伝わるようにしておいた。あと一時間もすれば、空港で手配した代行運転の業者によって、車が家に返されることになっている。書置きを車に残しておいたので、それを読めばすべて分かるはずである。何も言わずに出てきたとは言っても、家族に迷惑をかけたいわけではないのだ。

 共用で使っている車を私の都合で空港に置いたままにしておけば、駐車場代が大変だし、探させてしまうのも申し訳ない。


 書置きを読めば「やっぱりあいつを止めることは出来なかったか」とは思うかもしれないけれど、コロナさえなければ今日から外国で暮らしていたのだから、行く国が変わったことぐらいはこの際、誤差の範囲だと思ってもらう他ないだろう。



 飛行機が速度と高度を上げ、完全に家が見えなくなると、もう考えるべきは目的地「エレスネシア」のことだけだ。


 到着は10時間後。乗り換えや途中の給油はなく目的地へ直行する。同乗者にはビジネスマンだけでなく、ラフな格好の旅行者もいるので、もしかしたら観光もできる国なのかもしれない。


 同乗者は不思議と日本人ばかりで、帰国の為にこの飛行機に乗っている人がいないかと機内を見回したけれど、肌や目の色の違う人は見つけられなかった。

 情報が制限されている閉鎖的な国家である可能性がチラリと頭をよぎって途端に肝が冷えた。帰国する人がいないと言う事は、その国の人は常に出国を制限されているのかもしれない。


 しかし同行者たちはというと、かなりくつろいだ様子で各々に本を読んだり、パソコンを開いたり、眠ったりとあまり緊張している様子はなかった。


 到着したら空港のロビーかホテルでとりあえず一泊しようと考えていたけれど、誰かの後をこっそりつけてみるのもいいかもしれない。 他の同行者がどんな目的でエレスネシアへ行くのかが分かれば、エレスネシアの楽しみ方も分かるはずだ。



「あ、すみません」


「……いや、大丈夫だ」


 トイレに立った際、最前列に座る、若白髪の目立つスーツ姿の男性に足をとられた。自分から反射的に謝ったものの、通路の方まで長くもない足を出して寝ている方にも問題があるのではないかと思う。


 一組だけカップルが隣同士の席で座っている以外は、感染防止の為かなり離した席に座らされているので、この人も一人で来た客に違いない。

 もし同行者にこっそりついて行くとしても、この人ではなくあっちのカップルについて行きたいものだ。きっとこの人について行ってもつまらない仕事場にたどり着くだけに違いない。


 トイレを済ませ、席に戻ると消灯となり、私はすぐに深い眠りに落ちていった。




 だから眠っている間に、機内が大変なことになっている事にも全く気付かなかった。


「お客様に大変な連絡を申し上げます。先ほど航路前方の活火山が噴火したとの情報がありました。当機は爆炎を避けるため、高度をとって航行していますが激しい揺れが発生する可能性があります。係員の指示があるまでは、必ずシートベルトを着用の上、席にお座ってお待ちください」



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