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 午後の採集は移動の合間の休憩を兼ねて行われた。


 というのも、拠点の北側は山がちで足場も悪く、人が歩ける道を少しずつ探しながら進むことになったため、今まで以上に疲れる探索となっていたからだ。



「こっちは通れますかね?」

「あぁ、ここは大丈夫だろう」

「なんでそんなこと分かるんです?」

「入り口にオオバコが生えていたからな、人か獣の道だろう」



 オオバコと言うのは昼間に私が食べて戻しそうになった野草のことである。あちこちに生えているありふれた雑草だと思っていたけれど、道に生える草だとは知らなかった。



「逆に言うと、人や獣が踏み荒らすような通りの多い道に生えることができるようなやつはオオバコぐらいしかいない。他の奴が生えることのできない場所に生えて、踏まれることで繁殖する。これも立派なオオバコの生存戦略だ」

「へー」



 オオバコの解説以上に、ここが通りのある道だということに驚いてしまう。


 探索開始からおよそ8時間経つけれど、未だ人の住んでいる形跡を見つけられないことに、私は内心焦りを感じていた。


 もしかしたらあっさり村が見つかって、すぐに救助してもらえるかもしれないという期待を持って出発したはずなのに、気づけば「野草が取れて食いつなげる春のうちに私たちなんとか助かるかな?」という思考に、自分でも気付かないうちにすり替わっていたのだ。


 それぐらいには人の気配が感じられないと思っていたので花村の言葉は予想外だった。毎回のことになってきているけれど、そういう大事なことはもう少し早く言ってくれないものだろうか。



「えっと、つまりこの獣道をいつも通っている人がいると、そういう事ですか?」

「いや、獣道なんだから獣の可能性が高いんじゃないか?」

「なんだ、期待させないで下さいよ」

「人かは分からんが、同じぐらいにはに背の高い生き物がここを通っているのは間違いないかもな」

「どういうことですか?」



 人と同じぐらい背の大きな野生の生き物って何だ。花村がここを知床半島に似ているなんて言ったせいもあって「そんなの絶対ヒグマじゃん!」と思ってしまう。

 花村は昔より丈夫な体になったとは言ったけれど、どちらかと言えばひ弱そうな印象だし、遭遇したら勝ち目はないだろう。



「っていうか、そんなのなんで分かったんですか?」

「上を見てみろ」



 言われて初めて生い茂った森を見上げると、そこには大量の蜘蛛の巣が張り巡らされていた。蜘蛛の巣は昨夜の雨にも負けず、何重にも張り巡らされた糸が所々で雨粒を反射させてキラキラと輝いていた。



「そういえば海に出る前は蜘蛛の巣を取り除きながら進んでましたけど……」

「ここにきてからはほぼなかったな。昨夜のうちに何かが通った可能性が高そうだ」

「それっぽい足跡なんて見てませんよ?」

「俺もだ。気味が悪いな、ここは急いで抜けるぞ」



 そこからは無駄話をすることもなく、とにかく急いで道を抜けた。なんとなく大きな声や足音を立てるだけで何かが襲ってくるのではないかと無駄にキョロキョロしてしまったけれど、あっさり獣道を抜ける事ができた。



「とりあえず北側の探索は完了ですね」

「そうだな、ここはもう拠点の北西の辺りだからあとは南下して、拠点の南西のあたりまで行ければもう充分だろう」

「今何時ぐらいなんでしょうか。腹時計だと17時ぐらいですけど、もう暗くなりそうですしそろそろ帰りたいですね」



 そう言ったところで、この冷血男が「帰ってもいい」と言うとはさすがの私も考えていない。ちょっと希望を言ってみただけというやつである。



「あぁ、そうだな。あんたは先に帰ってていいぞ」

「はい?」



 予想外の花村の言葉に素っ頓狂な声をあげてしまった。どういう心境の変化だろうか。一度許可して喜ばせておいて、後でやっぱりダメだと言う新手の嫌がらせだろうか。



「どういうつもりですか?」



 思わず拳を上げたファイティングポーズをとってしまった私を、変なものでも見るような目で見ながら、花村は側にある木の近くまで来るようにと私を呼んだ。



「傷、ですか?」

「ああ、あっちにもある。奥まで続いているな」



 そこには明らかに何者かに傷つけられた木があり、傷つけられた木は一直線に西の方まで続いていた。



「動物の爪痕……ではないって事ですよね」

「あぁ、そうなるだろうな。ここで傷のある木が途切れているということは、西の方からこの雑木林を抜けて、さっきの道へ向かうための印として使っているということだ」

「じゃあこの印を辿れば人がいる場所につくってことですね?」

「そうだといいんだがどうも嫌な予感がする。あんたは先に戻ってろ、俺は少しこの印を辿ってみる」

「えええ!」



 さっきの先に帰ってろという言葉が、まさか危険だから先に帰ってろという意味だとは考えもしなかった。



「ここでお互い単独行動する方が危険じゃないですか!戻れって言われたって私、一人で無事に飛行機のところへ戻れる自信も無いですし、そっちだって印をつけた人が悪い人だったらどうするんですか!」

「俺は別にあんたを心配して先に戻れと言ってるわけでも、無茶して単独行動しようと思ってるわけでもない。隊を分ける際の基本原則ってやつだ」

「なんですかそれは」

「行動中の隊を2班に分ける時は、早く帰還できそうな方に荷を預けるんだ。そうすることで効率化にもなるし、隊全体の生存率もぐっと上げることができるんだ」



 この後も危険な索敵を続ける花村の荷物をここで預かることで、身軽になった花村の生存確率を上げることができる。さらに早めに戻った私が夕食の準備をしておくことで、時間の効率化にもなって、明日からも活動するための休息時間を出来るだけ長く取ることが出来る……ということが言いたいらしい。



「それってつまり、私が花村さんの重たい荷物まで持って帰るって事じゃないですか!嫌ですよそんなの!」

「わがままだな。あんたもさっき体が丈夫になったって言ってたし、それぐらいなんとかなるだろ?」

「そんなこと言って、どうせこの先で変わった植物でも見つけたら調べて帰ろうかなとか思ってるんじゃないですか?」

「朝は食料がとれた後は好きにしていいって言ってただろうが!」

「やっぱり楽して調査に行きたいだけなんじゃないですか!!」



 隊を分ける際の基本原則だなんてそれっぽいことを言われて、危うく騙されるところだった。もしかしたら私たちに代わって危険なことを一人で請け負ってくれようとしているのかもしれないなんて思ったけれど、そういえば花村はそんな甲斐性のある男ではなかった。


「けっ、仕方ない。ただ採取したものは先に持って帰っておいてくれ。昼と同じように下拵えしておくぐらいは出来るだろう?」

「はぁ、分かりました。でも私、本当にここから一人で無事に帰れるかあんまり自信ないですよ?」

「それなら心配ない」

「?」



 花村が指さした先には、細く煙が立ち上がっていた。方角的にはおそらく私たちの拠点のあたりだと思う。



「あの女が先に飯の支度でも始めたんだろう。あそこを目指すだけならさすがのあんたでも迷うことはないだろう?」



 花村の言い種には腹が立つけれど、たしかにこれならなんとか拠点に戻ることぐらいは出来そうだ。



「分かりました。どれぐらいで戻ってくる予定ですか?」

「んあ?そんなに遅くはならないつもりだが?腹が減ったなら先に食っていればいいが、俺の分は残しておけよ?」

「分かってますよ」



 さっさと調査に行きたそうな顔をしている花村に背を向け、私はひとり、拠点へと戻った。



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