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1 金の髪の娘

 創世の時代、天の使いとして竜がこの地に降り立った。

 その巨大な躯に人々は恐れ戦いたが、竜は人々に優しく語りかけた。

 もうすぐ火山の大噴火が起きる。ここは危険だから、遠い地へ逃げなさいと。

 しかし恐ろしい姿をした竜の言葉を、人々は信じなかった。

 竜は何度も説得したが、耳を貸す者はほとんどおらず、唯一、信じたのは輝くほどの美しい金の髪を持った娘だけであった。

 娘とその家族だけが竜の言葉に従い、遠い地へと旅立った。

 その三日後、彼らがいた土地は大規模な火山の噴火によって変わり果て、すべての生命が奪われた。

 助かったのは竜の言葉を信じた金の髪の娘とその家族だけ。

 竜は愚かな人間に失望し、人が理解できる言葉を話すのをやめてしまった。

 美しい金の髪の娘だけが、竜の言葉を聞き取れるようになった。

 娘と家族は豊かな土地を探しだして住み処とした。その土地は繁栄し、やがて大きな国となった。

 金の髪の娘がその後どうなったのか、ずっとその国で過ごしたと言われることもあれば、竜が共に天へ連れ帰ったとも言われている。






「金の髪の姫様だ!」

「本当に輝くような髪だわ……」

「すごい、本物だ!」


 王家所有の森を背後にした自然の平地、人々の視線を一身に浴び、感嘆と共に迎えられた少女がいた。年の頃は十六、七だろう、彼女は優しい目で民衆を見渡し、にこりと微笑む。

 すると大人たちは息を飲み、子供たちは歓声を上げて、次々に彼女の名を呼んだ。

 静寂を保たなくてはいけない場所での騒ぎに、軍人が厳しい顔で彼らを諌めてようやく徐々に収まっていくが、それでも彼らは興奮冷めやらぬ様子で彼女を見つめていた。

 それだけ彼らにとって少女は憧れの存在なのだ。

 半年に一度のお披露目。それも場所が平地では、実際に目にすることが叶うのは奇跡に等しい。

 だが城の欄干などでこれを行わないのには、理由がある。

 少女は人々に背を向けると、何かの儀式のようなゆったりとした動作で、両手を森の上空に向かって広げた。


「ラウナ=レーラ!」


 彼女が叫ぶと、辺りはしんと静まり返る。

 人々が森に注目する中、木々の間から土色の何かが姿を現す。

 尖った二本の角、縦に長い瞳孔を持った鋭い眼光、大きな口に短い脚、いかにも固そうな皮膚に長く太い尾、何よりも背中から生えている大きな二対の翼。

 森の中に人工的に作られた小高い丘に登った地竜が、人々の前に全貌を現した。

 その威厳のある姿に、金の髪の娘を目にした時とは違い、彼らは言葉を失くし、息を殺した。

 知性を感じるのに、野生の生き物のような鋭い空気を纏っているのだ。本能的な恐怖を感じ、畏怖した。

 そんな人々の反応などどうでもよさそうに、地竜は義務は果たしたとばかりに、地面に身を伏せ瞳を閉じる。それでも気を弛める人などおらず、誰もが地竜に魅入った。

 しばらくそんな時間が過ぎた後、民衆の前列にいた小さな女の子が地竜から視線を外し、そっと金の髪の娘に向かって歩き出した。

 当然の如く女の子は軍人に阻まれ、威圧的に睨まれて泣きそうになる。

 それに気づいた金の髪の娘が軍人を制し、自ら女の子に近づいていった。女の子が持つ小さな花束を見て、彼女の意図を察したからだ。


「わたしに何かご用?」


 優しく話しかけられて、女の子は緊張に震えた。まさか相手の方から声を掛けてくれるとは思っていなかったのだ。


「あ、あの、これ、金の髪の姫様にあげる! きれいだったから!」


 女の子が差し出した花束は、城の庭園で育てられた花よりも明らかに見劣りする野花だったが、金の髪の娘は心から嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとう。本当に綺麗ね」


 パアッと顔を輝かせて女の子は頷く。安心したのか、彼女は緊張することなく話し出した。


「金の髪の姫様、すごくきれいな髪ね。お姫様だからきれいなの?」

「えっと、どうかしら? お姫様だからではないと思うわ」


 子供らしい、返答に困る質問をされて、彼女は戸惑いながら答える。


「そうなの? ねぇ、お姫様はもうすぐ王子様と結婚するのよね」

「え……?」

「いつするの? あたしその時はもっときれいなお花持っていってあげる!」

「…………」


 小さな女の子ははしゃいでいて、目の前の少女から笑顔が消えたことに気づいていなかった。

 少女の背後、軍人の一人がそっと彼女に近づき声を掛ける。


「トゥーリ様、お時間です」

「……ええ」


 彼女は女の子に作り物の笑顔を向けた。


「もう行かなくてはいけないわ。お花をありがとう。でももう、一人で来ては駄目よ。ご両親が心配するわ」

「あっ……!」


 女の子は周囲をきょろきょろと見渡し、親の姿が見えないことに顔を青くする。


「誰か、この子がご両親と会えるまで付き添ってあげて」


 金の髪の娘は近くにいた軍人たちに声を掛けた。その中の一人が頷いて女の子の背後に立つ。


「じゃあね。ありがとう」


 淡く微笑んで金の髪の娘は立ち去る。同時に土色の竜が森へと消た。

 それを見送る女の子が、隣に立つ軍人に尋ねた。


「ねぇ、おじさん。金の髪の姫様は天に行っちゃうの?」

「え? いえ、行きませんよ」


 脈絡のない質問に、若い軍人は戸惑いつつ、簡素に答える。


「だって、一番さいしょの金の髪の姫様は、天に行っちゃったんでしょ? さっき、金の髪の姫様、結婚うれしそうじゃなかったかも。だから竜さんと一緒に天に行っちゃうかもしれないよ」

「……そういう伝承もありますが、違いますよ。あの方が天に行かれることはありません」

「ふーん」


 あまり納得がいっていないように、女の子は金色に揺れる背中を見送った。




 

 トゥーリは長い廊下を憂鬱な気持ちで歩いていた。


「お急ぎください。陛下がお待ちしております」

「わかっています」


 平坦な声で返して、少しだけ速度を上げる。

 わかっている。これからどんな話があるのか。もう何度も話し合いをして、同じことばかり言い続けているのだから。なんて不毛なことだろう。

 トゥーリには国王に対する敬意など、既になかった。厄介な人間としか思えない。その厄介な人間に今日もまた、根気よく事情を説明しなくてはいけないのだ。


「やはり竜たちを……ラウナ=レーラをどうにか説得できないだろうか?」


 ほらやっぱり。

 応接間で国王と対峙したトゥーリは、毎度毎度、同じことを言われてため息を吐きたくなった。そこまで歳ではなかったはずだが、耄碌しているのだろうかと疑いたくなるくらいに同じことを言わされているのだ。


「できません。何度も言いましたが、ラウナ=レーラはもう子供を産める歳ではないのです。六年前に強制的に子作りをさせようとして、何人もの怪我人が出るくらい暴れたことを忘れられたのですか」


 考えなくてもすらすらと言葉が出てくるくらい、言い飽きた説明をする。

 王家が保持している地竜は、どんどん数が減っていき、現在では三頭しかいない。しかもその内の一頭しかいない雌は、もう年齢的に妊娠ができないのだ。王家の竜が絶えることを、国王は何よりも恐れている。


「しかし、お前が説得すればどうにかなるのではないか?」


 この返しも毎回同じだ。


「陛下は竜を、人間と同じ臣下だとでも思っていらっしゃるのですか。強制的な子作りなど、尊厳に関わることを、わたしが説得したところで、竜たちは同意などしません」


 ピリッとした空気が立ち込めた。

 国王の後ろに控えた補佐官がトゥーリを睨む。トゥーリがいつもより強く、国王を非難しながら言い返したからだ。

 しかしトゥーリは怯まなかった。国王と竜を比べるなら、トゥーリは圧倒的に竜の味方だ。罰せられる心配もない。トゥーリは竜たちに助けられながら、時間をかけて、自分の立場を盤石なものにした。


「私とて、強制などしたくない! しかし国の状況がそうさせてはくれんのだ。国民はこの国に竜がいなくては、不安に押し潰されてしまうだろう!」


 不安に押し潰されているのはあなたでしょう。

 トゥーリは心の中で反論した。

 王家が長い年月をかけて、国民に信じこませてきた、王家に竜の加護があり、竜によってこの国が守られているという話は、竜がいなくなれば、王家に加護がなくなったことにもなるのだ。

 トゥーリはそれでいいと思っている。

 国民は王が思っているほど、竜の加護のことばかり考えていないし、彼らは生きるためにやるべきことがたくさんある。竜がいなくなっても、何も起きなければ、そのうちそんな時代もあったと思いを馳せるようになるだけだろう。

 国王からは国民を建前にして、自分の立場を守りたいのだという思惑が透けて見えるからトゥーリは嫌で仕方なかった。

 近隣諸国では、時代の流れにより、王家の政治への介入が少なくなりつつある。議会や官僚の力が大きくなり、王家は国の象徴という立場になってきているのだ。

 そんな中で、いまだ国王が政治に大きく介入しているのがこの国だ。国王は自分の権力がなくなっていくのを恐れている。


「国民の不安を取り除くのが王の役目ではないのですか? その方法の中に、竜の繁殖は含まれません。不可能なのですから」

「では他国が攻めて来たら、戦争をしろと言うのか!」

「今はまだ攻められる状況にありません。もし今後他国が攻めて来るとしたら、それは竜の加護に頼りきり、国の秩序が乱れたからです」

「私が国の秩序を乱すというのか!」


 王は立ち上がって激昂した。

 自分よりも大きな男に怒鳴られ、トゥーリは恐ろしくなって怯んだが、表面上は冷静に言い返す。


「これはわたしの意見ではなく、竜たちの助言です」


 王は何も言えなくなり、苛立った表情で椅子に腰を下ろした。

 竜の加護に頼りきると国が滅ぶ。これはトゥーリが以前から言っていた、竜たちによる助言だ。竜の言葉を唯一聞くことができるトゥーリが、伝言をしているだけ。

 王家は竜の加護を誰よりも充てにしている分、誰よりもその加護を信じていた。

 しばらくの間、沈黙が続いて、トゥーリが退出の許可を得ようかとした時、王がおもむろに口を開いた。


「竜の力を借りずに、国民の不安を取り除けばいいのだな?」


 じとりとした視線を向けられて、トゥーリは嫌な予感に肩を揺らした。


「ではトゥーリ、私の息子との早急な婚姻を命じる」

「なっ」


 動揺を隠せず、トゥーリは目を見開いた。


「なぜそうなるのですか!」

「金の髪の娘が未来の王妃になれば、国民は安心するだろう。運がよければ、同じ金の髪の娘が産まれるかもしれんしな」

「この髪は遺伝するものではないはずです!」

「どちらでもよい。要は国民に安心感を与えることが大事なのだ。何の問題がある? 竜は私の臣下ではないが、そなたは私の臣下であろう?」


 トゥーリは咄嗟に何も言い返せなかった。確かにそうだ。トゥーリは国王よりも尊い竜の言葉を聞くことができる代弁者ではあるが、同時にただの王族であり臣下でもある。


「これは命令だ。直ちに決行する」


 話しは終わりと、王は手を払ってトゥーリを応接間から追い出した。

 トゥーリはずっと阻止しようと足掻いていたことが、もう逃れられなくなったと理解して、視界が黒く塗り潰されるような眩暈がした。


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