童顔の戦鬼は、女勇者に企みを話す。
村の反対側に着くと、入り口の前で片手剣を構えるヴィランの背中が見えた。
その後ろで村人たちが固まっており、女子どもを男たちが守っている。
「おーい、ヴィラン!」
ラセツが声をかけると、彼女が振り向かないまま問いかけてきた。
「そちらは片付いたのか?」
「おう」
こちらの姿を見て、村人たちが左右に割れる。
彼らに笑いかけたラセツは、プラン、と気絶した小鬼を掲げて見せた。
そのまま前に進み出で、入り口を取り囲んでいる十数匹の小鬼たちを見回す。
吊り下げられた仲間の様子を見て相手が後退り、輪が一回り大きくなった。
「お前さんら、このままやり合うか?」
問いかけながら手に持った小鬼をぽーんと放り投げると、正面にいた一匹があわててそれを受け止める。
「もしこれ以上やるってんなら、全員殺すが」
手ぶらになったラセツは、親指を立てたその手でくいっと背後を指差した。
「帰んなら、向こうで気絶してる連中も含めてこの場は見逃してやる」
「おい、ラセツ」
その言葉に対して、顔を見合わせる小鬼たちではなくヴィランが抗議の声を上げた。
「賊だぞ。なぜ捕まえない?」
ラセツはその質問には応えず、代わりに全身から霊気を立ち上らせた。
普通なら赤色であるはずの火の霊気。
だがラセツの全身を包む色はーーー〝蒼〟だった。
その意味がわかる小鬼たちが、一斉に顔色を変える。
「ゲゲ!?」
「人間カラ、鬼神ノ気配ガッ!?」
「コイツ、マサカーーー〝悪童〟カ!?」
ラセツは自分のあだ名を口にした小鬼に向かって、わざと酷薄な笑みを浮かべると軽く首をかしげる。
「なぁ、どうすんだ? やんのかやんねーのか、ハッキリしろよ」
「ヤバイ、ニゲロォ!!」
その一声で、賊は蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
「なんだ、根性ねーなぁ」
ラセツが霊気を抑えながら赤い髪を掻き上げると、ヴィランがじろりとこちらを睨みつけてくる。
「なんだよ。めんこいお前さんにジッと見つめられたら照れるじゃねーか」
「そんな言葉でごまかそうとするな」
「何がだ?」
ラセツが首をかしげると、ヴィランが剣を収めて指を突きつけてきた。
「やはり『ただの鬼の子』ではなかったではないか! 連中、異名を聞いただけで逃げていったぞ!?」
「ただの鬼の子だよ。ちょっとこの辺りで、悪ガキとして名前を売っちまっただけで」
肩をすくめて言い返すが、彼女は納得しなかった。
「それに、火の玉もさっきの連中も、たしかに西の大陸の魔物よりは厄介だが大したことがなかったぞ!」
「まぁ、あいつらは弱い妖怪だしなー」
「つまり貴様は弱くないんだろうが! さっきもひとっ飛びで村に達していたし!」
「そりゃあ連中ほどは弱くはねーけど、めちゃくちゃ強いわけじゃねーよ。あのくらいの芸はわりと出来る」
少なくとも仲間内で出来ない奴はいない。
大体、強いと言ったところで両親に二人がかりでかかって来られれば普通に負けるし、悪友連中でもそれは同じだ。
ラセツの力量はその程度である。
「ま、どうでもいいだろ。お前さんもさっきの連中よりは強いってだけだ。デカい街に行ったら分かるよ」
「……むぅ」
言い返したいが、言葉が出てこない……そんな様子の彼女に、ラセツは片目を閉じながら腹をさする。
「それより、俺は腹が減った。飯にしようぜ」
ラセツは村人を振り向いた。
「なぁ村長、いいだろ? 賊を撃退した礼に、夕飯くらい奢ってくれよ」
一番年かさの仕切り役に声をかけると、大柄でヒゲモジャの彼は笑顔でうなずいた。
「ああ。ラセツのおかげ助かったよ。だが、なんだってまた戻ってきたんだ?」
先にある漁村に向かう、と今朝泊めてもらった時に言って出たので、その疑問は当然だ。
「こいつと会ったから、嫁にしようと思ってな。その関係で『蜘蛛の宿場町』に行くんだよ」
大魔王の街に続く道中にある一番大きな町の名前を告げると、村人たちがなぜか湧き上がり、村長が嬉しそうに破顔した。
「おお、ラセツもついに身を固めるのか!」
「よ、嫁になると決まったわけではない! いきなり誤解を招くような言い方をするな!」
顔を真っ赤にしたヴィランが、バシン! と肩を叩いてくる。
その否定に、村長が戸惑ったような表情に変わった。
「どういうこった?」
「飯の時に説明するよ」
ラセツの言葉に、村人たちが感謝を口にしながら散っていく。
腕によりをかけるからね! という女連の言葉に手を振って応えていると、ヴィランが小鬼たちの逃げていった方向を見つめながら、また問いかけてきた。
「しかし、本当に賊を逃がして良かったのか?」
表情を見る限り、彼女は村への報復を心配しているのだろう。
ーーー心の底から人が良いよなぁ。
そんな風に思いながら、ラセツは彼女に説明した。
「小鬼の中にも街で暮らしてる奴らがそれなりにいる。何も被害が出てないのに殺したら、逆にこっちがお上にしょっ引かれるぜ」
村人たちは口をつぐむだろうが、それでもどこに耳目があるか分からない。
賊と言っても、冒険者組合に手配書が回っているかどうかすら確認出来ていないのだ。
そう言うと、ヴィランは剣を収めながら、頭痛を感じたようにこめかみを手のひらで抑えた。
「ややこしい場所だな、ここは! 魔物に権利があるのか!?」
「西の大陸じゃ、連中は亜人とやらじゃねーのか? そりゃ、あんま賢くはねーけどよ」
こちらでも、明らかに他の妖怪や人を食う妖怪などは殺しても文句は出ない。
だが小鬼は別に人を食わないし、山で暮らしている連中もナワバリを荒らさなければ襲ってはこないのだ。
「殺さないまでも、せめて捕らえて憲兵に突き出すとかあるだろう! それを言っているのだ、私は!」
「お上がここに来るまでどんだけかかると思ってんだよ。僻地の村だぞ」
彼女の言う憲兵……こちらでは『同心』と呼ばれる犯罪者を捕らえる者たちは、大きな城下街や歓楽街くらいにしかいない。
こんなところまで足を延ばすのは、その年の税を取りに来る手先の者くらいである。
「お上を呼んでくるまでの間、お前さんが連中に飯を食わすのか? 村ではそこまで面倒見ねーし、来るまでの間に餓死するのがオチだ」
「ぐっ……だ、だが司法が機能していないのなら、余計に報復の危険があるのではないのか!?」
「それはねーな」
ラセツはアゴを指先で撫でながら、ヴィランの言葉を一蹴した。
「俺が言ったこと、ちゃんと聞いてたか? お前さん」
「何だと?」
「俺はあいつらに『この場は見逃す』と言ったんだ」
ニヤリと笑みを浮かべたラセツは、小鬼が逃げた方向……『蜘蛛の宿場町』へ続く道を指差しながら言葉を重ねる。
「今から追いかけるんだよ。山の中でひっそり始末するなら村に迷惑はかからねーし……追いつく前に向こうにある街につくなら、好都合だ。それこそお上に突き出しゃいいだろ」
ーーー連れて行くより、自分から向かわせたほうが手間がない。
ヴィランはラセツの言いたいことを理解したのか、鼻筋にシワを寄せて渋い顔をした。
「貴様は悪どいな」
「へへへ。単に口が立つだけだよ」
「嘘つきめ」
「嘘は言ってねーだろ。この場は見逃したんだから」
口先三寸で丸め込むのはわりと得意なのである。
「……それでも、追いかけて捕まえられなかったらどうする気だ」
「昨日の朝まで、山はかなり雨が降ってた」
ラセツは、今は晴れている夕焼け空を見上げる。
今日は暑かったわけではないので、山を照らす日差しは土の地面を乾かしてはいないだろう。
「道をどう逃げたって足あとがつくし、あんだけの人数がいりゃひっそり動くことなんか出来やしねーよ。痕跡は追える」
それに小鬼だけの盗賊団ならば、これ以上村は襲わないだろう。
弱肉強食の世の中で、まがりなりにも鬼神の力を持つ自分に勝負を挑むようなマネを、あの程度の連中がするわけがないのだ。
そのためにわざわざ霊気を発して見せたのである。
「今日は飯を食ったらさっさと寝るぞ。明日の朝早くに出る」
「……分かった」
ヴィランがうなずき、総髪にしていた髪をほどいた。
「なんだ、解いちまうのか? うなじ綺麗なのにもったいねぇ」
「だからそういうことを、平然と、私に向かって言うな!」
頬を染めたヴィランが、弓の先で頭を叩いてくる。
「いてーな。だってもったいねーじゃねーか」
「そういうところばかり見るなと言っているのだ!」
「じゃ、見ねーから結べよ。どっちにしたって邪魔だろ?」
ラセツが言うと、ヴィランは無言のまま髪を結んだ。
ただし、総髪ではなくただ後ろでくくっただけなのでうなじは見えない。
「なんか違くね?」
「邪魔でもないし、うなじも見えない。これが正解だろう!」
ラセツはそのまま村の中に向かうヴィランの後をついて行きながら、頭の後ろを掻く。
ーーー言い方間違えた。
沈黙は金、雄弁は銀、という格言を思い出しつつ、ラセツはヴィランに声をかけて、村の奥に足を運ぶ。
一応、小鬼の残りがどうなったかを確認するためだ。
すると倒した連中も姿もきれいさっぱり消えていたので、夕飯が出来るまでの間に二人で柵を直しておいた。