童顔の戦鬼は、女勇者と共に盗賊を退治する。
無理やり前を向かされた視線の先。
草原が拓けた先には、夕陽に照らされる畑が広がっていた。
村はもうすぐそこだ。
畑はまだ、背の低い苗が並んで生えているだけの場所だが……耕された柔らかい土の上に、いくつか黒い筋が連なっていた。
「なんだ、ありゃ」
「え?」
ラセツは、その筋からかすかな焦げ臭さを感じた。
近づいて膝を落とし、観察すると、草が火で炙られたように茶色く焦げている。
「コイツは……火の玉の通った跡、だな」
「跡? 山の中では見なかったが」
「奴らが攻撃的になると、発する熱が増すんだ。その状態で移動すると、こんな感じの跡が出来る」
ラセツはヴィランに説明しながら、黒い筋をジッと見つめた。
次いで指先で草と地面に触れると、まだ熱を持っている。
そのまま土をつまみ上げて揉んでみると、指先が黒く染まった。
「炭が混じってる。ただの焦げた土じゃねぇ」
ラセツは目を細める。
すん、と鼻を鳴らすと、焦げ臭さの中に何者かの霊気の気配を感じる上に、精霊たちが少し興奮していた。
「……火の玉は、自然を燃やさないのではなかったのか?」
「獣と同じで村に悪さをするって言っただろ? 畑は村の一部だ」
作物は、人が食い繋ぐための糧である。
ヴィランの質問に答えながら立ち上がったラセツは、手についた土を叩いて払いながら顔を上げた。
夕日のせいで見づらいが、筋の先……遠目に見える村を囲う柵のあたりに、チラチラとまたたくモノが見える。
「土に炭が混じっていると、何かあるのか?」
「あの火の玉は、自然とここに来たもんじゃねぇってことが分かる」
「……?」
「火の玉ってのは群れて集っちゃいるが、村に来るのは大体はぐれたヤツなんだよ。なのに今は何体もいる」
筋の跡も、柵のあたりに見えるまたたきも、一つではない。
「連中の好物である火の霊気を込めた炭が、村に向かって撒かれてるってことだ」
「つまり、誰かに誘導された、ということか? だが何のために?」
こちらの言いたいこと気付いたヴィランも真剣な顔になるのを見て、ラセツはニヤリと笑った。
「決まってるだろ、誰かが村を襲おうとしてんだよ」
火の玉の仕業に見せかけて、村に火をつけ……村の連中が対処に追われている間に殺すか、物を盗むか、という腹だろう。
ラセツは、戦いの気配に対する興奮と、それを起こそうとしている誰かへの怒りが混じって、少し気分が高揚していた。
―――気に入らねぇ。が、手遅れになる前に間に合った。
「時間がねぇが、盗賊退治に付き合うか?」
「火付けと強奪……魔の島でも、盗人のすることは変わらんのか」
ヴィランはため息を吐くと、返事の代わりに冷たい表情を浮かべて、カバン玉から弓と細く短いヒモを取り出した。
「火の玉は任せておけ。片付けたら追いつく」
「なんで弓なんだよ?」
この距離では当たらないだろう、とラセツが思っていると、ヴィランは薄く笑って矢筒を肩にかけた。
そのまましゅるりと、長い銀髪を束にしてヒモで一つにくくり、総髪になる。
シミひとつない白いうなじと、凛々しさの増した容貌を見て、ラセツはアゴを撫でた。
ーーーおお。スゲェいい。
そのまま、ヴィランは滑らかな仕草で弓に矢をつがえ、呪言を口にした。
「《複合魔法・水弓》」
すると矢が青く光り、同時に大きく弦を引いた弓が緑の輝きに包まれる。
ひょん、と空気を裂く音と共に放たれた矢は、空高く放物線を描き……明らかに弓の大きさからは逸脱した距離を、力強く飛んでいく。
そして遠くでヒュン、と柵に矢の先が突き刺さる音と、じゅぅ、と火が消える音が聞こえた。
思わず、ラセツは口笛を吹く。
「へぇ……二種類の霊気を同時に扱うのか。スゲェな!」
それは珍しい技だった。
違う属性を持つ霊気を操るのは、才能に加えて努力と高度な技術が必要になる。
「しかも命中させたしよ。いい腕だ」
「これでも、風が読める程度に目が良くてな。魔法は、弓と矢、それぞれに別の魔力を込めただけだ。出来る者は向こうでも少ないが、全くいないわけではない」
澄ました顔でヴィランは言うが、言葉に少し得意げな気配がにじんでいた。
「それでもスゲェことに変わりはねーよ」
褒め言葉を素直に受け取らないところも、めんこい。
そんな風に思いながら、ラセツはグルッと肩を回して準備を始めた。
「じゃ、火の玉は任せるぜ。どうせ盗人は反対側から村に入り込むつもりだろうしな」
「ああ。だが、間に合うのか?」
ヴィランが2本目の矢をつがえながら言うのに、ラセツは足元に荷物を置いて答えた。
「余裕だよ。お前さんが芸達者なように、俺は足に自信がある。見とけよ」
ラセツは軽く屈伸してから、霊気を足裏に集める。
ヴィランが魔力と呼ぶこの力を、ラセツは火の性質に転化するのが最も得意だった。
「せぇ……のぉ!」
グッと力を込め、膝をたわめて跳躍すると同時に、足裏に集めた霊気を爆発させる。
ーーー爆音。
音に驚いたのか、二射目を命中させたヴィランがバッとこちらをふり仰いだ。
「なっ……!?」
「へへへ」
ラセツは、目を丸くする彼女に親指を立てながら、上空に跳ね上がった。
空を飛ぶような連中にはもちろん敵わないが、高飛びでは誰にも負けたことがないのだ。
前に自分自身を撃ち出すように跳ね上がったラセツは、耳元で音を立てる風を裂きながら、一気に村の真上……全景を見おろせる位置に達して、敵の姿を探した。
村の中にいる男たちが、武器を手にして火の玉へと向かっていくのが見える。
そのさらに向こう……大きな街に続く側にある柵を、予想通りに数体の小柄な影が切ろうとしているのを発見した。
「ハッハァ!」
場所をしっかりと覚えたラセツは落下を始め、ズダンッ!! と音を立てて村の真ん中にある集会広場に着地する。
すると、夕飯の野菜を洗いながら火の玉が出たほうを見ていた女たちや、遊び回っていた子どもたちが驚いた顔でこちらを見た。
ラセツ!? と顔見知りたちが声を上げるのに、笑みを浮かべながら警告してやる。
「賊が来てるぞ! 子どもら連れて火の玉が出たほうに行け!」
ラセツが嘘をつかないことを知っている女たちが、その言葉に血相を変えた。
彼女らが口々に自分の子どもたちの名前を呼ぶのを尻目に、ラセツはもう一度駆け出す。
「見つけたぜェッ!」
柵を切って中に入ってきた賊を発見し、駆け抜ける勢いのまま、目についた者にとりあえず体当たりをかました。
「グボァ!!」
肩からぶつかった敵は派手に吹き飛び、柵に叩きつけられる。
それを見た賊が、こちらに向けて武器を構えた。
「ナ、ナンダ、テメェ!」
「お邪魔虫だよ!」
焦った声に軽口で答えながら、ラセツは拳を握る。
相手は小鬼……大陸の連中が〝ごぶりん〟と呼ぶ妖怪だった。
細い体に突き出た腹と、ラセツよりも小さな体。
しかし二本のツノと牙を生やした、鬼の一種である。
力は人間よりも強く、それぞれ身長ほどもある大ナタを持っていた。
が、小鬼は鬼の中では餓鬼に次いで弱い。
妖怪退治を生業にしている者……『冒険者』の間では、上級、中級、低級、という区分の中に、一〜三の階級があるらしが、小鬼はその中で『低二級』に指定されているそうだ。
村人たちよりは確実に強いが、それでも一匹を三人がかりで袋叩きにすれば倒せる程度だ。
ちなみに火の玉は『低三級』である。
ラセツは小鬼の中の一匹に狙いを定め、地面を擦るような足運びで眼前に一気に詰め寄った。
こちらの動きを目で追い切れていない敵は、もともとラセツがいた場所を見たまま首をかしげる。
「……ア?」
「よぉ、ちんたらしてんじゃねーぞ!」
八重歯をむき出しにして小鬼の耳元でささやき、頭に向かって霊気を込めた左肘を振り下ろす。
ミシィ、と頭蓋骨が軋む音とともに、声もなく賊が倒れた。
「ク、クソッ! ナンデ、バレタ!」
二匹目がやられたのを見て、悪態をつきながら三匹目が大ナタで斬りかかってくる。
その動きに合わせて、ラセツは前のめりに一歩踏み出した。
振るわれた刃の内側に左手の甲を当てていなし、逆に小鬼のアゴ先に右の掌底を叩き込む。
「ガ……ッ!」
「ゲゲ!」
「ニ、ニゲロォ!」
頭を揺らされて倒れこむ三匹目を見て、残りの二匹が逃げ出した。
一匹は外に、もう一匹は村の中に向かって。
中に向かった者は、おそらく村の誰かを人質に取るつもりなのだろうが……。
「甘ぇぜ!」
鼻で笑ったラセツは、もう一度足裏に霊気を集める。
「せぇ……のぉ!」
ドン! と今度は斜め上ではなく前に勢いをつけて体を押し出すと、相手の背後から頭突きをかました。
最初の一匹と同じように吹き飛んだ小鬼はゴロゴロと転がり、動かなくなる。
「手応えがねーな」
とりあえず賊を始末したラセツの耳に、不意にヴィランの声が届いた。
『ラセツ! 村が賊に囲まれ始めている!』
「あん?」
こんなに早く追いついてきたのか? と周りを見回すが、彼女の姿は見えない。
「? ……ああ、《木霊の術》か」
たまに仲間が使う、精霊に声を預けて遠くに届ける呪術の存在を思い出して、ラセツは手を打った。
「あいつ、本当に器用だなぁ」
ラセツは今のところ火の霊気しか扱えないので、素直に感心する。
剣の腕前がそこそこだったからヴィランは弱いのだと思っていたが、弓の腕や技の豊富さを見ると、もしかしたらわりと強いのかもしれない。
「今度は条件変えてケンカしてみるか。強い方が手合わせしがいがあるもんな、やっぱ!」
ラセツはウキウキとした気分でそう口にすると、転がっていた小鬼の襟首をつかむ。
ヴィランの警告は、おそらくは村の外からだろう。
そのまま気絶した小鬼をズルズルと引きずりながら、彼女の待っている方向に向かった。