童顔の戦鬼は、女勇者に水を分けてもらう。
「腹減っただけじゃなくて、喉も渇いたな……」
ヴィランと並んで道を歩きながら唐突にそう思い、ラセツは顔をしかめた。
すると、横の彼女が軽く眉を上げる。
「水袋を持っていないのか?」
「昼寝の前に飲み干しちまったんだよ。さっきの山頂近くに湧き水の池もあったしな」
後で汲もうと思っていたのだが、ヴィランと会ってすっかり失念していたのである。
道の周りには背の高い草が生えていて見晴らしが悪いが、村はもうすぐそこだ。
ーーーしかし、今すぐ水が飲みてー。
そういう類いの我慢が嫌いなラセツは、すぐ近くの茂みを指さした。
「そっちに川がある。汲みに行っていいか?」
「構わないが、もうすぐ村に着くんだろう?」
ヴィランは腰に手を当て、呆れた顔をしながら手を差し出す。
「私のを一つやろう」
またしてもどこからともなく現れた水袋を見て、ラセツは首をかしげた。
「さっきから気になってたんだけどよ。お前さん、どこから荷物を出してんだ?」
最初に会った時からヴィランは剣と鎧、外套以外の装備品を身につけていない。
先ほどの〝かちゅーしゃ〟という髪留めもそうだが、物を作り出す呪術の類いなのだろうか。
「貴様は【カバン玉】を知らんのか?」
「かばんだま?」
「……この国にはないのか」
ちらりとこちらの持つ皮袋に目を向け、ヴィランは少し悩ましげな表情をした。
ハの字になった眉と軽く細められた切れ長の目もと、引き結ばれた小さな桜色の唇に色気を感じて、思わラセツは口に手を当てる。
ーーーその顔は、なんかエロい。
「なんだ?」
「何でもない」
ラセツは、ぎゅ、と口もとを引き締めて目を逸らした。
「……なんだか妙な雰囲気を感じるが」
「気のせいじゃねーか?」
ーーー性格は素直だけど、カンは鋭いなぁ。
そんなことを考えながら何食わぬ顔で雑念を消すように努める。
ヴィランはしばらくじーっとこちらの顔を見つめてきたが、やがて一つうなずいて話を戻した。
「まぁいい。これがカバン玉だ。便利なものだぞ」
ここにはないのか? と彼女が取り出したのは、小さな宝玉だった。
「何だこれ」
「だからカバン玉だと言ってるだろう。この中に荷物をしまえるようになっているんだ」
ヴィランが、一度取り出した水袋に玉をかざす。
すると袋はシュルシュルと解けるように中に消え、もう一度彼女が手で触れると手品のように現れた。
「おぉおおおお! スゲェ!!」
ラセツが興味津々でカバン玉をのぞき込むと、彼女は少し身を引いた。
「そ、そこまで珍しいものでもないと思うが……使ってみるか?」
「え、良いのか!? さっきの秘宝とかゆーのはダメって言ったのに!」
「唯一無二の秘宝と一緒にするな。それと、少し離れろ」
詰め寄るラセツにカバン玉を手渡しながら、ヴィランはなぜか頬を染める。
しかしラセツの興味は今、それよりも妙な道具にあった。
一度出し入れして、ふぉお……と感動していると、ヴィランが説明し始める。
「これは多少値は張るが、向こうではそこまで珍しいものではない。高位の冒険者であれば誰でも持っている」
「ははは! スゲェ! 何回見てもなにがどうなってるのかさっぱり分かんねー!」
「……貴様は本当に変わった男だな……というか話を聞け」
何度も出し入れして遊んでいると、ひょい、と手の中からカバン玉を取り上げられた。
ラセツは、ぶー、と唇を尖らせる。
「なんだよ、もうちょい遊ばせろよー」
「貴重なものではないが、魔導具はオモチャではないのだ! 貴様は子どもなのか達観しているのかハッキリしろ!」
そんなことを言われても、これが自分の性格である。
三つ子の頃からこれなので、今さら変えろと言われてもどうしようもない。
頭の後ろで手を組んだラセツは、ヴィランが掲げたカバン玉を物足りない気持ちを視線に込めながら追う。
「まったく……これはな、魔法で中の空間を広げて、荷物が収められるようになっているのだ」
「よく分かんねー」
「……見た目は宝玉だが、大きな袋のようなものだ、と思えばいい。行軍や探索の際に大荷物をそのまま持たなくて済むので重宝する」
そう言われて、ラセツは納得した。
「なるほど、ノブナガが持ってた【大入り袋】みたいなもんか」
「それは誰だ?」
「知り合いだよ」
「大入り袋というのは?」
「見た目よりいっぱい入る袋だよ。普通なら絶対入らないようなデカイもんも中に入れれたしな」
あの悪友は、確か城の蔵にある米俵が全部入ってまだ余る、とか言っていた気がする。
「なんだ、似たようなものはあるのか」
「平民は誰も持ってねーけどな」
「ナーロッパでも、誰もが持ち歩いているわけではない。しかし貴様ほどの強さなら、冒険者として普通に稼いで買えると思うが……いや、ここにはギルドがないのか?」
何かうーん、と悩んでいる様子だが、よく分からない。
だが、冒険者自体は知っていた。
「ああ、たまに組合から日雇い仕事受けるけど、あいつらそんな便利なもん持ってたのか」
「クミアイ?」
「お前さんの言う〝ぎるど〟だよ。魔物狩りとか薬草摘みとかする、日雇い連中の元締めだろ?」
「やはりここにもあるのか」
「昔、異国の連中と裏稼業の奴らが組んで作ったらしいな」
今では、元々テキヤとかヤクザ者とか言われていた者たちの主な収入源になっている、と聞いている。
任侠、と呼ばれた荒くれ者たちと冒険者という連中はやってることが似ていたらしい。
「ま、その玉がもし買えたとしても俺はいらねーなぁ。珍しいし、面白いとは思うけどよ」
「なぜだ?」
「とりあえず米や麦は買えるしな。肉や野菜が食いたきゃ山で取るし、水が飲みたきゃ川もそこら中にあるし」
生きるのに、現状で特に困らないのだ。
ラセツは、余計なものは持たないで生活するのが性に合っているのである。
「野生児め……」
「お前さんより年上だけどな」
「それも今ので疑わしくなってきたのだ! この国では、人間も貴様のような者ばかりなのか?」
「いんや、大概のヤツは村で生活してるよ」
「なら貴様を基準にモノを考えるのは間違いだな……ただの鬼の子、という言葉は最初から疑わしい」
「ただの鬼の子だよ。お前さんみたいに面白いもんは何も持ってないしな」
肩をすくめてから水袋に口をつけたラセツは……水に味を舌で感じた瞬間、思わずブッ、と吹き出した。
「ゲホ、ゲホッ!! なんだこれ!?」
「どうした!?」
「クッソマズい!! 何だこれ、水じゃねーだろ!」
イタズラか、と思わず恨めしさを込めて涙目でにらむが、そこにはヴィランの戸惑ったような顔があるだけだった。
「いや、ただの水なんだが……」
「じゃ、ちょっと飲んでみろよ!」
ぽいっと皮袋を放り投げると、ヴィランをそれを受け取って口をつける。
「……やはり、ただの水だが」
「は!?」
あのクソマズいものを平然と飲み下した彼女に、ラセツは顔を引きつらせる。
「……」
「……」
「……ヴィラン」
「なんだ」
「お前さん、やっぱりちょっと川まで付き合え」
ラセツがそのまま返事を待たずに茂みに向かうと、ヴィランはおとなしく付いてきた。
「……何回飲んでも、ただの水なんだが」
どうにも納得いかなそうに彼女は言うが、ラセツにしてみたってそれは一緒だった。
ーーーあんなもん、絶対に水じゃねぇ。