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童顔の戦鬼は、女勇者に嬉しいことを言われる。


 素早く斜面を駆け下りたヴィランは、横薙ぎに剣を振った。


 無駄のない綺麗な動きだ。


 だが彼女の一撃は火の玉の体をすり抜け、少し炎の体を揺らめかせただけだった。


 いぶかしげな顔をしたヴィランは、それを見てぽつりとつぶやく。


「手応えがない……?」


 もう一度確かめるように軽い突きを放つ彼女に、ラセツは声をかけた。


「おーい、何やってんだ?」


 そこで火の玉が、攻撃に反応して動き始める。


「この魔物、もしかして非実体か?」


 ヴィランが少し距離を取って問い返してきたので、ラセツはポリポリとこめかみを掻いた。


「火の玉は肉の体は持ってねーよ……見たら分かんだろ」

「村の子どもでも倒せると言ったではないか!」

「そりゃ、水をかければ弱る程度の妖怪だからな。それに霊気(れいき)使えば誰だって倒せるだろ」


 基本的なこともせずに何を言っているのか、と少し呆れていると、ヴィランがこちらに顔を向けて鼻の頭にシワを寄せる。


「レイキ、というのはなんだ?」

「は?」


 ラセツは思いがけないことを言われて思わずポカン、と口を開ける。


「何って……お前さんも俺に攻撃する時に使ってただろ。これだよ、これ」


 ラセツは腕組みを解いて、拳をヴィランに向けると力を込めた。

 ゆらり、と立ち上った霊気が炎に変化して燃え上がる。


「こいつが霊気だ」

「魔力のことか。つまりこの火の玉は、ゴーストのようなものなのだな」


 納得した様子でうなずいたヴィランは、もう一度剣を構えて呪言(じゅごん)を口にした。


「《魔法刃(エンチャントコール)(アクア)》!」


 手をかざした刀身が青い光に包まれ、彼女はふたたび斬りかかる。

 すると、ジュゥ、と水をかけられたように火の玉が煙を上げて消滅した。


 水の霊気を刀身に纏わせたのだろう。

 聞き慣れない文言は、大陸の連中がたまに使う言葉に似ている。


 ヴィランは、今度は止まることなく全ての火の玉を斬り捨てた。

 最後の一つを始末した後、(つば)鳴り音を立てて鞘に剣を納める。


 最初こそ手間取ったが鮮やかな手並みを見せたので、ラセツはパチパチと拍手を送った。


「お見事」

「嫌味にしか聞こえんな」


 ふん、と鼻を鳴らしたヴィランは前髪を掻き上げて、どこからともなく取り出した固そうな弓形の髪留めでそれを留める。


「何だそれ。鉢巻きじゃねーよな?」

「カチューシャだ。知らんのか?」

「見たことねーな」


 こちらの女が髪に刺す(かんざし)のようなものか、と見当をつけた。


 おそらく、ラセツがカブトを割ってしまったせいで、戦っている間に『髪が邪魔だ』と感じたのだろう。


 そう思いながら、改めて〝かちゅーしゃ〟をしたヴィランを眺める。

 額を出すと、気の強そうな顔立ちに明るく賢そうな印象が加わってより魅力的だった。


「お前さん、デコ出してるほうがめんこいな」

「だから貴様はなんでそう、照れもなく人を褒めるのだ!?」

「思ったことを伝えるのは大事だろって。言わなきゃ分かんねーんだから」

「褒めるな!」


 それはまた妙な要求だ。


 ヴィランが、猫が毛を逆立てるようにジト目で唇を尖らせるのに、ラセツはニッと笑いかける。

 もちろん、やめるつもりはさらさらない。


 しばらく見つめ合っていたが、ヴィランは根負けしたように目を背けた。


「……か、顔が良いだけの者などいくらでもいるだろう」

「そりゃそーだが、お前さんは一人しかいねーだろ。それに嫁は褒めろって親父も言ってた」

「嫁にはならん! 大体貴様、相手は誰でも良いんだろうが!」

「誰でもいい、ってわけじゃねーんだけどな」


 たしかにラセツは、自分の理由で嫁を欲しているわけではないが。


「美人な嫁が欲しいだけならお前さんの言い分も正しいが、どうせ嫁を取るならお前さんがいい、ってくらいの気持ちはあるぞ?」


 なんせ、ほんのわずかの間一緒に居ただけで、このめんこさなのである。

 これから先、からかうたびにどんな顔を見せてくれるかと思うと。


 ーーー想像するだけで楽しいなぁ。


「そ、そんなこと言ってもムダだぞ! 嫁にならんものはならんのだ!」


 歩き出しながら、顔がニヤけるのを抑えられないラセツをどう思ったのか、ヴィランは語気を強めてそう言った。


「しかしヴィランよ。そいつは、賭けの答えが出たら拒否権のねー話だよな?」


 もし西の連中が裏切っていたら、嫁になる。

 ヴィランはそう約束しているのだ。


 だが。


「ーーー私の仲間は、貴様が思うような下劣な者たちではない!」


 声音に今までで一番不機嫌そうな色が滲んだので、ラセツは頬を掻いた。


 どうも虎の尾を踏んでしまったらしい。

 彼女は本当に、仲間が自分を裏切ってなどいない、と信じているのだろう。


 西の連中が彼女を追放した、というのはあくまでもラセツの推測だ。


「あー、そうだな。俺が悪かった」

「え?」

「答えが出るまでは無闇に言うべきことでもねーな。俺も同じこと言われたら気分悪いだろうしな」


 ラセツにとっては赤の他人でも、ヴィランにとっては共に旅をした身内である。

 その辺りを失念していたのだ。


「……貴様は本当に不思議な男だな。鬼族(デーモン)に育てられたとは思えん」


 彼女にとってはよほど意外なことだったらしく、そんなことを言ってきた。


「俺の親が鬼なことと、悪いと思ったら謝ることの間にどんな関係があるんだ?」

「私が知る鬼族(デーモン)は、話に聞いた貴様の親と違い、血気盛んで残虐な者たちだった。……非を認めて謝るような精神性を、持ち合わせているようには見えなかった」


 ヴィランの言葉を受けて、んー、とラセツは空を見る。


 たしかに鬼族は、好戦的な種族だ。

 二本のツノと牙を持ち、火や雷、風を操る技と、大岩も簡単に持ち上げる腕力を備えている。


 敵対していたのなら、そう映っても無理はないだろう、とラセツは思った。


「まぁ、俺も人間だけど、ケンカするのは好きだしな。やっぱあんま関係なくね?」

「……そういう意味ではない」


 一人で納得していたら、ヴィランがそれを否定してくる。


「道具にしても、バベルの秘宝のような戦いの役には立たない道具を面白がったり……鬼族もそうなのか?」


 どこか暗い表情になったヴィランに、その理由が分からずラセツは首をかしげる。


「よくわかんねーな。俺は面白そうなことは何でも興味あるぞ。そんなもん、人でも妖怪でもあんま変わらねーと思うけど」


 ケンカも面白いし不思議な呪具も面白い、それだけのことである。

 なぜかヴィランは、それがずいぶん気になるようだった。


「……かつて倒した魔族たちも、本当はそんな風だったのか?」

「そいつは、お前さんが倒した奴らに聞いてみねーと分かんねーだろ。お前さん話とかしたのか?」

「いや。出会うのは戦地ばかりだったからな……」


 そこで、ラセツは彼女が何を思い悩んでいるのかに気づいた。


「気に病むことはねーよ」

「え?」

「倒した連中にも家族がいて、まともな生活してて、とか考えてんだろ」


 どうやら図星だったようで、ヴィランの顔がさらに強張る。

 

「そうだ」

「言っただろ。この世は弱肉強食……お前さんに殺された連中は自分の意思で戦い、そして弱いから負けた」


 特に鬼族は、喜んで戦地に立つ者が多い。

 中には少数の例外もいるが、自ら選択してその場に立った者が大半だろう。


「倒した奴らの中に、命を惜しんだヤツはいたかもしれねーが。強き者、つまりお前さんには敬意を払って散っていっただろ?」

「……ああ」

「それは鬼の(さが)だし、世のならいってやつでもある。お前さんが殺した連中に命を奪われた者も、踏みにじられた者もいたはずだしな」


 お互いに清廉潔白(せいれんけっぱく)、などこの世にありはしないのである。


 生きる限り、他者の命を奪い、奪われ続けるーーーその事実を、諸行無常と呼ぶのだ。


 そして相手の命を奪うことそのものは、獣を殺し、草木を刈って食らうのと何も変わらない。


 たった今刃で斬り伏せた火の玉とて命の一つだ。

 生きるために食らい、害となるなら退治するのは、知性のあるなしに関係なく当然のことなのである。


「だから気に病む必要はねーよ。それでも、悔いるなら、悔いるモンが違うと俺は思うがね」

「どういう意味だ?」


 ラセツはニヤリと笑い、その問いかけに答えを返した。


「悔いるべきは、命を奪うことでしか殺した連中を止められなかった『お前さん自身の弱さ』だってことだよ」

「……!」

「強くなれよ、ヴィラン」


 この世において、命は軽い。

 だが軽いからと言って、大切ではない、ということではないのだ。


 命を奪ったことを悔いるのならば。


「殺さずとも屈服させて、行いを改めさせるか、従えるか。あるいは奪うことを是とする精神性を得るか」


 ラセツはヴィランに向かって拳を握り込む。


「そうすりゃその内、『悔いぬ強さ』に届くだろうよ。……多分な」

「なんで最後だけ自信がなさそうなのだ」

「確信はねーんだよ。俺もまだ全然届いちゃいねーからな」


 あっさりと拳を開いて、ラセツは指先でアゴを掻く。


「貴様ほど強くとも、まだ悔いることがあるのか?」

「当然だろ。お前さんよりは強いが、俺が望む強さにゃまだ先がある」


 ラセツは、ただの力だけではない強さが欲しいのだ。


 どうやって手にしたらいいのかも分からないが、それでも探し続けることに意味がある、と思っている。


 そう伝えると、ヴィランはそれきり黙り込み、やがて山のふもとに着いた。

 後はゆっくり歩いても夕刻までには村に入れるだろう。


 ーーー腹減ってきたなぁ。


 ラセツが服の前合わせに手を突っ込んで腹をさすっていると、ヴィランがボソリとつぶやいた。


「貴様の言う通りだな、ラセツ(・・・)。殺さなければならなかったのは、私が弱かったからかもしれん」


 今までそれについて考えていたらしい。

 しかしラセツは別のことに気を取られ、軽く笑みを漏らしてしまった。


「へへへ」

「なんだ?」


 口もとを緩めたこちらに、彼女が気難しい顔のまま目を向ける。

 深刻に悩んでいるところに悪いが、そんなラセツにとってどうでもいい悩みよりも嬉しいことが起こったのだから仕方がない。


 だから、その気持ちを口にした。


「初めて俺の名前を呼んだな、ヴィラン! 嬉しいぜ!」

 

明日は二つ、それ以降は毎日17時更新になりまーす! 面白いと思っていただけた方は、よろしければご評価などお願いいたします!ヾ(๑╹◡╹)ノ"2/15に三巻が発売された拙作、最強パーティーの雑用係もよろしくです!


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3巻発売されました!ヾ(๑╹◡╹)ノ"こちらもよろしくお願いいたします!!
N8910EM『最強パーティーの雑用係〜おっさんは、無理やり休暇を取らされたようです〜』
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