童顔の鬼神は、親友の弟に問いかける。
小屋の中に入ると囲炉裏があり、ラセツたちはそこに四人で車座になった。
ダイジャは寝床の上にあぐらをかき、そこから順にラセツ、ヴィラン、ネネコの順だ。
「さて。話したいことってのはなんだ?」
「その前に……お前の方から、何か聞きたいことは本当にないのか?」
ダイジャは口火を切ったラセツを制し、特に感情の浮かばない目でヴィランを見た。
「……どうやって生き残った」
低く押し殺した声で、彼女は唸る。
先ほどは話すことなどないと言っていたが、少し冷静になったら気になったのだろう。
ダイジャは特に表情を変えないまま、チラリとネネコに目を向けた。
「忍者の技の一つに『空蝉』と呼ばれるものがある。自分の似姿を作り出し、それを攻撃させている間に逃げる技だ」
「つまり、それを使って貴様は逃げたということか」
「使ったのはネネコだ」
話を振られた、少女の姿に戻った猫又は正座して上目遣いにチラチラとダイジャを見ながらうなずいた。
「そうにゃ。ダイジャ様がヴィランとアラフの最後の一撃をもらう寸前に、入れ替えたのにゃ」
「だが私は、貴様の姿を見たことがなかった。トドメを刺す直前にも、そんな気配はなかったぞ」
影武者を立てて逃げたのではないのか? と殺気立った口調で問うヴィランに、ダイジャも冷たい目を向けた。
「そんな無様な真似はせん。敗者にあるまじき生き恥を晒しているのは、ひとえにネネコの余計な行いのせいだ」
「にゃ……!」
主人に矛先を向けられて泣きそうな顔になったネネコは、何かを言おうとして、結局何も言わないまま口を閉ざした。
小さく指先をこすり合わせ、怒られた子どものような様子を見せる彼女に、ラセツは助け舟を出す。
「どうせノブナガにでも言われてたんだろ? 『ダイジャを死なすな』ってよ」
すると、ネネコはパッと顔を上げて、その後ダイジャの顔色を伺いながらコクリとうなずいた。
「そ、そうにゃ……」
「なら、お前さんが言いつけを守るのは当たり前だ。ダイジャも当たるんじゃねぇよ」
ラセツは鼻で笑うと、さらに言葉を重ねる。
「負けたのは、お前さんが弱かったからだろ」
するとダイジャは、シュゥ、と細く息を吐いてから、冷気のような気配を揺らめかせ始める。
「ゆえに、そのまま果てようとしたと言っている」
「で、生き残ったら、言いつけを守っただけのネネコに八つ当たりか? 女々しいんだよ」
「っ……」
ーーー相変わらず頭が固ぇな。
ダイジャは誇り高い男だが、その分、頑固なのだ。
ノブナガが外国に行くことを許可したのなら、多分そういう部分を直させようとしてのことだと思うのだが、結果は失敗だったような感じがする。
なんとなく、ヴィランとダイジャは似た者同士な気がした。
「もうだいぶ経つんだろ、少し頭を冷やせよ。ネネコに非はねぇ。文句があるならノブナガに、だ」
「……そうだな。お前の言う通りかも知れぬ」
ダイジャは表情を変えないが、それでも気配が緩んだ。
「すまなかった、ネネコ」
「い、いいんですにゃ! ダイジャ様! む、向こうでも、わっちが手助けしてれば勝てたのですにゃ!」
ブンブン、と首を横に振ったネネコは、今度はヴィランを見ながら悩ましそうな顔をする。
「でも……」
「そいつも、ノブナガに手を出すなと言われてたか?」
「……そうにゃ」
ラセツは喉を鳴らした。
ノブナガは基本的に明るいが、こと人材を鍛えることに関しては容赦がない。
優れてはいるが柔軟さの足りない弟の気質も、隠密としては脇の甘いネネコの気質も、芯から見抜いてそれぞれに酷な命令を課していたのだ。
ーーーこりゃ、負けることまで織り込み済みだった可能性もあるな。
ラセツはあぐらをかいた膝に片手を立てながら、もう片方の指先でアゴを撫でる。
「ま、お前さんらがどこに行こうが、何を考えていようが俺にゃどうでもいいが……」
そこで、ラセツはヴィランに目を向けた。
席にはついているものの、相変わらず今にも斬りかかりそうなほどに態度は硬い。
仇敵が目の前にいるのだから仕方がない部分もあるだろうが、どうせなら全てを暴いてから動きを決めてほしいところだった。
「俺にも、西でのことにゃ関係ねぇが、一つだけ聞かなきゃいけねーことがある」
「なんだ?」
ラセツは、笑みを浮かべたまま疑問を口にした。
「偽りなく答えろ、ダイジャ。ーーー温泉山を超えた向こうにある村落を襲ったのは、お前さんらか?」




