童顔の戦鬼は、女勇者をからかう。
ラセツは昼寝の枕にしていた大袋を肩に掛けると、ヴィランを村に案内するために山道を降り始めた。
山といってもさほど高くもない小山なので、村まで半日もかからない。
道は細いが、地元の者たちが少し離れた場所にある漁村との往来に使っているので、枝などは払われていて歩きやすかった。
道案内をするラセツに、ヴィランが問いかけてくる。
「貴様の身につけているその変わった服は、魔の装束か?」
「これか? 普段着だよ」
ジンベー、と呼ばれる着物だ。
前合わせの上着と膝丈の履き物で出来ている、と言うと、ヴィランは一つうなずいた。
「西の大陸で、ニンジャと呼ばれていた者たちが着ていたものに似ているな」
「へー、向こうにも忍者がいるのか」
そもそも着物だから似たようなもんだ、とラセツは続けた。
正直、着るものにはあんまり興味がない。
それよりも、とラセツは問い返した。
「俺も気になってたんだが、お前さん、海の向こうから来たにしちゃずいぶん言葉がきれいだよな」
大陸の者には何人か会ったことがあり、仲間内にもいる。
しかし彼らにこっちの言葉は難しいようで、変わった話し方をする奴が多いのだ。
しかしヴィランは、首を横に振って不思議なことを言い出した。
「私は魔の国の言葉など知らん」
「……? だって今、喋ってるじゃねーか」
ラセツが目を丸くして問い返すと、彼女はさらさらと揺れる銀髪を肩の後ろに払いながら答える。
「〝バベルの秘宝〟と呼ばれるアイテムがあってな。それを使っているのだ。意思あるモノなら何とでも会話ができるようになる」
「へぇー! そんなもんがあるのか!」
「便利だぞ。昔、神の試練を受けるために潜った迷宮で手に入れたものだ」
ラセツは、ちょっとワクワクしたので興味本位で彼女に訊いてみた。
「それ、ちょっと使わせてくれよ。スゲェ面白そうだ」
するとヴィランは、キツく眉根を寄せてからこちらをにらみつけてきた。
「あのな、神の秘宝だぞ。そんな軽々しく渡せるか!」
「けちけちすんなよー」
「オモチャではないと言っているのだ!」
ガルル、と威嚇してくるが、正直子猫がうなっているようなめんこさしか感じない。
しかし断られたので、ラセツはへへん、と笑って少しからかうことにした。
「そんな大事なもんなのか。じゃ、会ったばかりの俺に話しちまったらマズかったんじゃねーか?」
「……あ」
ハッ、と気づいたヴィランは、胸当てに拳を当てて警戒するように少し離れた。
「……盗る気か?」
「なるほど、つまりその秘宝とやらは首からぶら下げてるわけだな?」
「貴様……!」
「あーあ、なくなったら困るだろうなー???」
アゴ先を掻きながら首をかしげて見せると、短気なヴィランが剣を抜きかける。
すぐにムキになるよなー、と思いつつ、ラセツは軽く手を上げた。
「ただの冗談だよ。別にそんなもんもらったって使い道なんざねーしな」
必要ないものをわざわざ取り上げたところで得はない。
そしてついでに、軽く片目を閉じながら得になりそうな言葉を重ねた。
「俺はお前さんに嫌われたくねーからよ」
「なら最初から口にするな!」
「反応がめんこいのが悪いと思わねーか?」
「お、思うわけないだろう! 反応が好み、などとわけが分からんことを!」
その言い方に、ラセツは違和感を覚えた。
「反応が『好み』だなんて言ってねーぞ? 俺はめんこいと言ったんだ」
「……先ほどは、好みという意味だと言っていたではないか」
「ああ」
どうやら秘宝とやらの意思疎通は、細かい意味までは伝えないらしい。
ラセツはニィ、と八重歯を剥く笑みを浮かべると、意味を教えてやることにした。
「めんこい、ってのはな、いくつか意味があるんだよ。この場合なら」
「なら、なんだ」
「『反応が可愛らしい』ってことだ」
「可愛ッ……!?」
また、ヴィランの顔が一気に赤く染まる。
やっぱり彼女は、褒め言葉に弱い。
「もちろん、反応だけじゃなくてお前さん自身もめんこいけどな」
「きき、貴様はなんでそう、軽率に人をおだてるのだ!」
そういうのは軽々しく口にするものではない! となぜか彼女は怒りだす。
しかし視線を合わせないように顔はそっぽを向いたままで、少し尖りぎみの白い耳は茹だったように真っ赤になっている。
「なんだ、こういうことを口にしない奴が好みなのか?」
「た、他人をからかうような男が好みではないのだ!」
ヴィランが完全に横を向いてしまったので、ラセツはポリポリと頭を掻いた。
反応は楽しいが、本当にすぐにムキになる。
ほどほどにしておこうと思わないでもないが、これだけ反応がいいとついついからかってしまいそうだ。
どう声をかけるか、と考えながらしばらく黙って歩く。
するとヴィランは何を思ったのか、全然別のことを尋ねてきた。
「……今から私たちが向かうのは、魔族の村か?」
「いんや」
ラセツは、軽く否定を返した。
彼女は、まだわずかに赤い顔をこちらに向けて、上目遣いでこちらを見てくる。
そういう仕草をすると、顔立ちに似合わず表情があどけなかった。
ヴィランは、男にしては背の低い自分と同じくらいの目線である。
完全に背丈で負けていると見下ろされるだけなので、そういう表情が見られるので少しお得だ。
「なら、なんの村があるんだ?」
「決まってるだろ。人間の村だよ」
ラセツが答えると、ヴィランは表情を複雑そうなものに変えた。
「本当に、魔の国に人間の村があるのか……」
「そりゃあるだろ」
何をさっきからそんなに驚いてんだ? と顔を見ると、彼女は納得いかなそうに言い返してきた。
「……ナーロッパでは、人と魔物は敵対していた。ここは大魔王の支配する島だろう?」
なのに人が迫害もされずに住んでいるのか? という問いかけに、ラセツは頭を掻いた。
「種族同士で敵対してたりはしねーなぁ。獣も住んでりゃ妖怪もいる、だがそいつは、どこだって当たり前の話じゃねーか?」
気に入らない相手とはケンカもするが、たとえば『人だ、鬼だ』という理由で噛みつきあったりはしない。
すると、そこでヴィランはまた妙なことを聞いてきた。
「モノノケ……というのは? 魔物のことか?」
そういう言い回しも伝わらないらしい。
知り合いの異国連中は、長く島に住んでいるから知っていただけのようだ。
ーーー住んでた場所の違いってのは、おもしれーな。
そんなことを思いながら、ラセツはうなずいて説明する。
「妖怪は妖怪だよ。鬼とか、獣の頭を持つ奴らとか、人間に似た姿をした連中も妖怪の一種だ」
「では、妖怪というのは亜人のことか……?」
「人間とは似ても似つかない姿をした連中もいるよ。たとえば」
と、ラセツは道の脇にある緩やかな斜面を指さした。
「ほれ、そこにいる〝火の玉〟も妖怪だよ」
ヴィランが指の向きを追って道から外れた木々の間に目を向ける。
するとそこに、青白い炎の玉がチラチラまたたきながらいくつか宙をただよっていた。
火の玉はわりとどこにでもいる妖怪で、見た目通り火に属しているモノだ。
ヴィランは初めて見たのか、軽く目を細めてそれを観察する。
「なんだ、あれは」
「だから火の玉だよ。鬼火ともいうが、鬼とは関係ない。最下級の妖怪だな。あんまり動きも早くないし、賢くもない」
「なるほど、スライムみたいなものか」
一つうなずいて納得した彼女に、ラセツは頭を後ろで手を組みながらあごをしゃくった。
「奴らは言葉を持たねーが、お前さんの秘宝とやらを使ったら話せるのか?」
「おそらくは無理だな。秘宝は、獣より賢い頭を持つモノにしか効果を発揮しない」
「そりゃそうか」
意思を通じさせる道具だというのなら、同じくらいの意思を持つ相手でなければ通じないのは当然だった。
火の玉と意思疎通が出来るのなら、草木の声まで聞けるだろう。
そのくらい、単純な動きしかしない連中である。
「修行の一歩目だ。試しに奴らを倒してみるか?」
一応、自分相手の剣技は見たが、一度離れたところからも見てみたい。
そう思っていると、ラセツの提案にヴィランは戸惑ったような顔をした。
「なぜだ? 仲間なのではないのか?」
「奴ら山には悪さしねーけど、たまに人里に降りてきて火事を起こしたりするからなー。村に近いこの辺にいられると、ちょっと困るんだよ」
ま、それこそ獣と同じだな、とラセツが言うと、彼女はうなずいて剣を抜く。
「……一応訊くが、あれもとんでもなく強かったりしないだろうな?」
「村の子どもでもやっつけられる程度だよ」
それでもまだ疑わしそうなヴィランに、ラセツがなんでそこまで疑うかなー、と首を傾げていると。
「最初に出会った『ただの鬼の子』がとんでもない強さだったからだ!」
どうも顔に出ていたのか、彼女はそんな風にうめく。
「まぁ、俺が指先一つで倒せる程度だから、拳一発必要だったお前さんよりは弱いはずだ」
「ッ! その一言は余計だ!」
舌打ちしたヴィランはこちらを睨みつけてから、地面を蹴って斜面に躍り出た。




