童顔の鬼神は、天女の姿を目撃する。
夜中に、ラセツはふと目を覚ました。
ーーーなんだ?
自分が目覚めた理由をわずかの間だけ考えて、何かが動く気配を感じたからだ、と思い至る。
薄く目を開けて周りを探るが、殺気などはない。
獣の息遣いも臭いもなく、どうやら危険はないと判断してラセツは身を起こした。
寝ずの番をする代わりに、ヴィランが置いた魔導具が目につく。
四方を囲う、自分たち以外の存在が近づくと音を鳴らす【寝耳に水玉】と呼ばれるものだと言っていた。
名前をつけた奴はどういう物の考え方をしているのかと思うが、それはどうでも良い。
問題は、焚き火跡を挟んで寝ていたはずのヴィランの寝具がもぬけの空になっていて、その姿が見えないことだ。
ーーー何かあったのか?
横に置いていたグラムの姿も見当たらないので、ラセツは音を立てないように立ち上がった。
自分の感じられない何かの危険を察知したヴィランが動き出した……という可能性もある。
声をかけてラセツを起こせば、気取られると思ってのことかもしれないからだ。
自然の音の中から不自然さを探ろうと感覚を鋭くすると、また何かが動く気配を感じた。
温泉のほうだ。
ーーーオオグライかもな。
消えたと見せかけて、結界の罠が失敗した時のための伏兵として一度引いていたのかもしれない。
だが、ヴィランはカエルが苦手だと言っていた。
ーーーどういうつもりだ?
もしオオグライだとすれば、あの様子では太刀打ち出来ないだろう。
こっそり足音を忍ばせて動き出したラセツは、岩陰からそっと温泉のほうへ近づいていく。
そして、少し湿っている岩に背をつけたまま、ゆっくりと向こう側を覗き込むと……。
……そこに、天女が立っていた。
「……!?」
天女は、一糸纏わぬ姿でこちらに背を向けている。
真っ白な背中と、細く引き締まった体は完璧な曲線を描いており、すらりと長い足は太ももまで温泉に浸かっていた。
片手に剣を下げたままの彼女の髪を風が遊び、はらりと揺れた銀の髪が青々とした月明かりにきらめく。
髪の間から、少し尖りぎみの耳が現れた……ところで、ラセツは、見惚れていたラセツは天女の正体に気付いた。
彼女の身につけていたものが、温泉を囲う岩の脇に置かれている。
「ヴィラン……?」
声をかけると、彼女はバッと振り向いた。
紫の瞳が驚きに見開かれ、片手が胸元を覆う。
ふらりと進み出たラセツは、思わず感嘆と共に言葉を口にした。
「お前さん、めちゃくちゃ綺麗だなぁ……」
そうつぶやくと、ヴィランの顔が見る見るうちに赤く染まってゆき……。
「何を……堂々と覗いているのだ貴様はァアアアアアアアアアアアアッッ!!!」
……今までで最大の怒声と共に、温泉に刃先を触れたグラムが青い輝きを纏う。
「《魔法剣・水刃閃》!!」
ヴィランが湯に浸かった剣先を斜め上に斬り上げると、ピッ……と水が剣閃を描いた。
そのまま鋭利な刃と化した水が顔目掛けて迫るのを、ラセツは軽く体を後ろに傾けて避ける。
「……いきなり何すんだよ」
「それはこっちのセリフだ! この! この! 痴れ者が!!」
ブンブンブン、とヴィランが剣先で水面を撫でるたびに飛んでくる剣閃をひょいひょいと避けながら、ラセツは後退した。
「裸くらい別にいいじゃねーか。どうせ夫婦になるんだか……」
「誰が! 貴様のような痴れ者と一緒になるかァ! 紳士になって出直してこいッ!!」
怒りのあまり、ヴィランが耳を貸さないので、仕方なく元の岩陰に戻る。
「得したのか損したのか微妙な気分だな……」
綺麗なものを見れたのはいいが、あんなに怒られる理由がよく分からない。
「ていうか、湯浴みしたかったんじゃねーか。意地張らずに一緒に入ったら良かったのによ……」
ラセツはブツブツ言いながら、とりあえずその場に座り込んだ。
「ふわぁ……」
眠たくてあくびが出たが、いくらグラムを持っているとはいえ湯浴み中の無防備な彼女を放っておくわけにもいかない。
「……我慢するのは嫌いなんだがなぁ」
ラセツは一緒の湯浴みしたい気持ちと眠気、その両方を我慢しながらヴィランが湯浴みを終えるのを待った。




