童顔の鬼神は、女勇者に土蜘蛛のことを話す。
「ーーーこっから山を下りゃ、そこが『蜘蛛の宿場街』だ」
ラセツは、山を下る道を指差したが、ヴィランは不機嫌そうな顔をしたまま返事をしなかった。
風呂を浴びてさっぱりしたラセツがよほど気に食わないらしい。
「そんな気に入らないなら、お前さんも入ったら良かったじゃねーか」
「そういう話をしているのではない!」
えらくピリピリとしているが、正直そこまで怒るようなことでもないと思うのだが。
「頼る相手は分かってるって言ってんのに」
「それでも時間を湯浴みなどでムダにすることに呆れ返っているのだ!」
山道を下りながら鋭く睨みつけてくる彼女に、ラセツは、へん、とアゴを上げた。
「俺はそういう類いの我慢が嫌いなんだよ」
「ならば少しは覚えたらどうだ?」
「そんなこと言ってると、土蜘蛛のことは教えてやんねーからな」
わざと言ってやると、ヴィランは押し黙った。
「……」
「ま、冗談だけどな」
正直なところを言うと、ラセツは小鬼たちを捕らえることに対して関心が薄れていた。
相手の仕掛け人がネネコなら、もしあのまま襲われていたとしても村人皆殺し、などという事態にはならなかっただろうと思うからである。
あの猫耳は、根っこのところでお人好しなのだ。
欲しい分だけ食料を盗ったらそのまま逃げるか、『それを盗ったら村が飢える』と判断した場合、何も盗らずに去った可能性すらある。
と言ったところでこの生真面目な勇者は納得しないだろう、と思ったので、あえて言わないが。
悪いことは悪いことだとでも返されるのがオチである。
「土蜘蛛一家ってのは、前に言った異国の奴らと一緒に、冒険者連合を作った連中だよ」
「ほう……?」
「元は任侠連、ってヤクザ者……まぁ裏稼業とか、祭りの仕切りとか、用心棒とかそういう暴力や興業で金を稼ぐ輩なんだが」
任侠の仕事、というのは幅広い。
お上の目に触れたら処罰されるようなことも稼業の中にはもちろんあるが、お上の手が回らない隙間にある問題を商売にするのが上手いのだ。
「強い妖怪が起こした騒動だの、危険な場所にあるもんを取ってきたりだの、って仕事も請け負ってる。その窓口になってたのが、任侠連だ」
「なるほど。確かにギルドの仕事と似ているな」
ヴィランはうなずいて、以前の説明を思い出したのだろう、質問を投げかけてくる。
「だが、国が主導でやっているわけではないのか」
「西ではどうなってるんだ?」
「ギルド自体は冒険者たちが自身で発足した〝協会〟だが、国との繋がりが強いな。後ろ暗い連中も、もちろん冒険者になるが……」
彼女のいうところによると、ギルド経営側と癒着して腐敗させるのは、神の教会や金持ちの商人などらしい。
「話を聞くと、この国では正悪の基準が曖昧なんだな」
「どうなんだろうな。お上の中でもさらに上のほうの連中は気に入らないみてーでよくお触れを出してるが、ヤクザ者が取り締まりをしたりするからなぁ」
もっとも、トップであるノブナガは別にそういうことを気にしないタイプなので、周りを固める連中が気に入らないのだろうが。
「魔の国だから、というわけではないのか?」
「言っただろ。別に妖怪だからって暮らしが人間と変わるわけじゃねーんだよ。少なくともここではな」
種族同士での敵対、が主らしい西と違って、ここではどちらかといえば地域同士の対立という部分のほうが目立つ。
「国の中でもどこその出身だとか、そういうのでいがみ合ってるな」
「ふむ……それに関しては分からないでもないな。田舎者をバカにする風潮は向こうでもあるし、国同士の対立もあった。似たようなものだろう?」
「多分な」
ノブナガを筆頭に国の支配層は、奉行と呼ばれる。
「そこが、街の一番偉ぇとこだ。その下に罪を犯した連中を、取り締まる奴らがいる。与力ってのと、その下に同心ってのがな。この辺までが国側の人間だ」
ひとまとめにして武士、っつーんだけどな、と告げたラセツに、ヴィランは少し考えた後に口にした。
「上流階級の、貴族や騎士のようなものか?」
「町人じゃねぇ、って意味なら、そうだと思うぜ」
そうしてラセツは、ニヤリと笑って見せる。
「で、こっから下が岡っ引きとか、手下って呼ばれる連中だ。こいつらは、犯罪者や半端者上がりが多い」
罪人として捕らえた裏の世界で力を持つ者たちを、罪を許す代わりに自分の手駒として働かせるのだ。
金も払うが、そんなに大した金額ではない。
「犯罪者が、取り締まる側に回るのか?」
ヴィランが戸惑った顔をするのに、ラセツはうなずいた。
「珍しくもねー話だよ。だが、使いやすいとは思うぜ」
なにせ、取り締まる側が裏の事情に精通しているのである。
横の繋がりとしてツテやコネを持っていることも多く、武士連中には町人が話さない事実も拾えるのだ。
「だが、身内であれば見逃したりもするだろう?」
「その辺りが、岡っ引き連中の嫌われる理由だな。誰も彼も見逃してりゃ、自分が無能扱いで牢屋に逆戻りすることもあるからよ」
逆にその権力を利用して、脅しをかけたりする者もいる。
だが元々がヤクザ者なので当然の話でもある。
「利点よりも欠点の方が多いように感じるが。話を聞く限り全く理解できん制度だな」
「国側の人間にだって腐ってる連中は多いだろうし、大して変わりゃしねーと俺は思うけどな。真面目に岡っ引きしてる奴もいるしよ」
そもそも、取り締まりをする連中の最大の目的は犯罪者を捕らえることではなく、治安維持だ。
どんな手段を使おうと、街中の規律を守らせることが出来れば、それで何も問題ないのである。
「で、その話が土蜘蛛一家とやらとどう繋がるのだ?」
「女郎のビクニは、任侠連の元締めなんだよ。岡っ引きになる奴らにも、罪人になる奴らにも顔が利く上に、商売も上手くて金も持ってる。さらに、国とも通じてるしな」
「……大商人と裏組織を合わせたようなものか」
ヴィランは、少し複雑そうな顔をした。
「そんな力のある者がいたら、国の治安が乱れるのではないのか? 下手をすると、為政者よりも権力を持っているだろう」
「そうかもな。が、今のところ乱れてねーし、そもそもそんな雲の上の話は下っ端の俺らにゃ関係ねーしな」
連中の目に止まらないように、上手いこと暮らせればそれでいいのだ。
「実質、街の支配者の一人なのは間違いねーし、下手すると国の支配者の一人って可能性もあらぁな」
土蜘蛛であるビクニは〝六大魔性〟と呼ばれる妖怪の一人にも数えられている。
「権力も腕力もある、ということか」
「そういうこった。だから追い付けなくても心配ねーのさ」
彼女に逆らおうという者は、ほとんどいないのである。
「んで、そんなビクニが海外の商売に目をつけて、持ちかけてきた異国の奴らと冒険者連合を作ったんだよ」
表とも協力できる窓口ができたことで、今まで裏稼業だったことが正式に仕事になったものも多い。
日雇い仕事であることに変わりはないが。
「そっち経由でも逃げられる心配がないのか……小鬼についてはともかく、逆にそれだけの権力を持っている相手が恐ろしくなってきたが」
「だが、会いに行かねーって選択肢はねーよ」
ラセツは頭の後ろで手を組んで、のんきにつぶやく。
「ーーーなんせ、遠見が出来る呪術師ってのがビクニだからな」




